霧と煙の先に
五助と共に雨境峠の古道を進み、覚志駅手前にある狩人の家までなんとかたどり着いた篤史であったが、さすがに初めての土地の峠道を進む事で精神的に疲弊していた…
雨境峠の古道は標高も神坂峠にも劣らない高さなのだが、最大の難敵は“霧”であった
普通の旅人ならばこの霧で道を見失い崖から落ちたり、道に迷い森を彷徨うのだ
だが、この辺りを守る狩人の五助には歩き慣れた場所でしかなく、“霧”の有無などは足元に少し意識を割く程度の差でしか無かった。
「自分の家で夜中に水を飲みに行く時、道に迷うか?それと同じだよ」
五助は霧の中を歩きながら篤史に話す
声を出す事で互いの位置を確認しながら歩き、声の調子で互いの体調を確認するのだ
普段から赤城山の険しい山で生活してる篤史にとって山道を歩く事や山越えは苦にはならないのだが…
滑るのだ
雨境峠の古道は霧のせいで至る所で足が滑り、油断するとぬかるんだ道に足を取られる
3歩先が見えぬ霧の中で意識を足元だけに集中する訳には行かない篤史には肉体以上に精神的な疲労が蓄積されていた。
なんとか雨境峠の古道を越えて覚志駅手前に住む狩人の家へとたどり着いた篤史を覚志駅の狩人は温かく出迎えてくれた
「デカい猪が捕れたんだ、五助も今日は泊まって行け」
狩人はそう言うと篤史達に血抜き中の猪を指差した
結局、皆で手分けして日が暮れるまでに猪の解体を済ませると新鮮な猪肉を使った彼らにとってのご馳走を堪能しながら今後の事を話すのであった。
「その宗次とか言う武士もそろそろ覚志駅に着く頃合いでは無いか?」
五助は何気ない会話の中で宗次も覚志駅辺りまで来てるのでは無いかと言い出すが
「いや、わからん
その武士が順調に進んでいたら宮田駅辺りまで先行してても不思議では無い」
覚志駅の狩人がそれに異を唱える
「そうだな、途中で“馬”を使ったら宮田駅辺りまでは行くな」
自分達が徒歩なので見落としがちな事を五助が思い出す
「最も手堅いのは阿智駅でその武士を待つ方法だな」
と、東山道で最大級の難所である神坂峠を越えるにしても、神坂峠を迂回する木曾路を行くにも必ず訪れる阿智駅で宗次を待つ事を勧める。
先輩狩人が各々に意見を出し合い最適解を探す会話に篤史が何気ないひと言を発する。
「この辺りの陰陽師かモノノフに聞けば宗次が通ったかどうかわかるんじゃ無いかな?」
だが、この言葉は覚志駅の狩人によって否定されてしまう
「彼奴等に聞いても無駄だよ…」
先ほどまでの明るい表情が消え、少し怒りにも似た感じで五助も続ける
「篤史、陰陽師と仲がよいのは矢作達だけなんだよ…
皆がおまえ達のようにモノノフや陰陽師と家族ぐるみで仲がよい訳では無いのだ…」
「…そうなのか?」
篤史は自分の口から出た言葉に対しての周りの反応に驚く
「まず、あの陰陽師って連中がいけすかねぇ
…いつもいつも便利屋扱いしやがって」
覚志駅の狩人は覚志駅の陰陽師の文句を言い出すと
「この辺りは陰陽師の勢力が強いからな…
それに、幸いこっち(雨境峠)のモノノフは“まとも”だが覚志駅のモノノフは気位が高すぎて困るだろう」
と、五助が覚志駅の狩人を慰める
ここで篤史はようやく自分達が特別だったと気づく
“マ”が見えぬモノノフと対になる“マ”を見つける狩人と、単独で“マ”と対峙出来る陰陽師
特に陰陽師とモノノフとの間には組織同士の確執があり、陰陽師の中には狩人を軽視し見下す者も少なからずいたのだ
更に狩人と対になるモノノフのなかにも狩人を“四つ足”を食べる卑しい者達…と見る者達も居るのだ
「そうなのか…」
皆で力を合わせて“マ”と戦うのが当たり前だった篤史に突き付けられた他の地域の現状であった。
「で、どうする?とりあえず宮田駅辺りまで行くか?」
五助が篤史に尋ねた
しばらく悩んだ末に篤史がだした答えは
「とりあえず覚志駅近くで宗次を待つ…
半日待っても来なければ阿智駅まで進む」
篤史の返事を聞いた五助達は篤史に阿智駅まで行く途中にある狩人の隠し拠点を教え、次の駅付近に住む狩人の家の場所を教えるのであった…
夜が明けて五助達と別れ、一人で覚志駅まで進む篤史の背後で『旅人通過中』の“狼煙”が上がる
篤史は覚志駅へと向かう東山道がよく見える場所を探すと木に登り、街道に目を凝らし宗次を探し始めた。
◆
錦織駅を出た宗次は覚志駅へと向かう途中で空腹に襲われていた…
体の大きな宗次故の苦労である
宗次は荷物袋の中身を確認しながら食べ物を取り出す…
錦織駅で頂いた“里芋”を手にした宗次は、とりあえず里芋を一口ほどかじり
「…!?」
余りのえぐみと口を刺す痛みに悶絶し吐き出した
『やはり焼かねばならないか…』
里芋は加熱しないと強烈なえぐみがある事は宗次も知ってはいたのだ…
だが空腹の余り、つい口に入れてしまったのだった。
もう少し行けば覚志駅だとはなんとなくわかるが、それでも空腹に勝てない宗次は道を少し外れると火を起こし里芋を焼きだす
里芋が焼けるまで待つ宗次の腹が鳴るが、先ほど生で食べた時の痛みが強く宗次は何度も口の中を洗い痛みが引くのを待った
しばらく里芋を焼いていると、ほのかに焼けた里芋の匂いが宗次の鼻を刺激する
ぎゅるる…
また宗次の腹が鳴る
試しに芋里芋に串を入れるがまだ里芋は硬く、もう少し時間がかかるようで
「腹減ったなぁ〜」
つい宗次は口に出して言ってしまう。
「何やってんの宗次?」
「なっ!えっ?」
突然、宗次の背後から声をかけられ慌てて振り返る宗次は目の前の篤史に驚く
「篤史…なぜここに?」
状況が理解出来ず軽く混乱していた宗次に篤史は干した大根を宗次に渡してここに来た経緯を話し出す
「覚志駅の手前で宗次をまってたら、街道に煙が上がってたから見に来たら宗次がいたんだ」
篤史は淡々と説明する
「そうか…
じゃ無いっ!
そもそも、なぜここに居る?」
うっかり納得しかけた宗次が再び篤史がここに居る理由を聞くと
「あ、そっちか」
宗次が知りたい事を理解した篤史は、美羽を迎えに行く事
宗次に追いつき2人で美羽を迎えに行きたい事などを宗次に話し出した…
「美羽が?…そうか」
宗次は篤史から全ての話を聞くと嬉しそうに笑いながら
「ありがとう篤史」
と、大根をかじり友へ感謝を伝えるのであった。
やがて里芋が焼けると篤史にも里芋を分けて二人で食事を済ませた宗次達は一路京の都を目指した…
篤史と合流した宗次は
『今までの旅路が何だったのか?』
と、思うくらい順調な旅路を進む事が出来た。
それくらい宗次にとって篤史の存在は大きかった
まず道…
篤史が先に歩き、道を案内してくれてるだけなのだが不思議と不安がないのである
次に食料である
篤史が野草や樹の実、野鳥などを手に入れて来てくれたので、宗次が空腹で倒れる事は無くなったのだ。
そして一番は話し相手がいる事だった
一人で見知らぬ場所を旅するのよりも、幼い頃からの友と共に歩く事は宗次の心を軽くしたのである
やがて二人は東山道で最大級の難所である神坂峠へと向かうのであった…




