二つの旅路
篤史が宗次を追いかけて旅立っその頃、宗次は碓氷峠の手前へとたどり着いていた
上野國から東山道で京の都を目指すならば最初に訪れる難所、碓氷峠
宗次は碓氷峠を越える途中で雨に降られぬかるんだ道に足を取られ思うように進めずにいたのだが、
そこは武士として鍛え方が違うのと、旅を始めたばかりで体力に余裕があった宗次は、
体力に物を言わせて強引に碓氷峠を越えるのであった…
無事に碓氷峠を越えた宗次は東山道の正規の道を確認しながら信濃へと入り
信濃と上野國を結ぶ碓氷峠の信濃側にある長倉の駅へとたどり着く
正式なモノノフでは無い宗次には宿など用意されてはおらず、手頃な民家を訪ねると雨風がしのげる場所を借りて少し早めに休息を取ることにしたのだった。
◆
宗次を追いかけて旅立った篤史はその日の内に和田の狩人の家を訪ねた
「山越えなら妙義山の狩人に道を聞きなよ
アイツなら碓氷峠を使わない道を知ってるから」
篤史が東山道で京へと向かう事を聞いた和田の狩人は篤史にそう伝えると、篤史を家に泊め保存食と旅の装備を用意すると翌朝早くに篤史を妙義山へと送り出すのだった
篤史は和田の狩人に礼を言うとその足で妙義山へと向かい歩き出した。
すると和田の狩人は『旅人が通過中』と言う意味の“狼煙”を上げた
赤城山からこの“狼煙”を見た矢作とエミは篤史が無事に和田を出た事を知り
妙義山の狩人は篤史が来る事を知る
“狼煙”を見た妙義山の狩人は篤史の為に新しい履物や山越え用の装備を用意しはじめ、
和田からの距離と雨の影響から篤史の到着が翌日の日が落ちる頃になる事を察すると篤史の分の食事と寝床を支度するのであった。
妙義山の狩人の予想通り雨が降った影響で速度が落ちた篤史が妙義山の狩人の家に着く頃には日は落ち辺りは暗くなり始めていた
コンコン…コンコン
コンコン…コンコン
篤史が戸を叩くと中から妙義山の狩人が姿を見せ篤史を家に招き入れると篤史に温かい夕食を食べさせながら旅の目的等を聞く
篤史から話を聞いた妙義山の狩人は、
「なら、長倉までの道を教えてやる
…覚えろ」
と、篤史と面識の無い長倉の狩人の家までの山越えに道案内として同行してくれる事となった。
帰りは自力で帰って来なさい、と言う意味でもある
そして日が昇る頃、妙義山にも『旅人が通過中』の“狼煙”が上がる
狼煙を見た長倉の狩人は篤史の為に保存食と新しい旅の装備を用意するのであった…
◆
朝の日差しが農家の軒下を借りて夜を明かした宗次の顔を照らし宗次は目を覚ます
思いのほか疲労が溜まっていた宗次が四肢を伸ばして体をほぐすと塩と交換で軒下を借りた時に一緒に頂いた野菜をかじり胃に収めると農家の人に礼を言い東山道を歩き出す
宗次は初めての長旅に苦戦しながらも東山道を進んだ
日が落ちる前に人の居る場所まで進めていれば雨風がしのげる場所で寝る事が出来たが基本的には野宿である
更に食料も持参した物を少しずつ食べ、時には農家と交渉し野菜を手に入れて空腹をしのいでいた。
そして何日か街道を進むと保福寺峠へとさしかかる
宗次はここでも体力に頼り力任せな山越えを行い、必要以上に食糧を消費してしまい保福寺峠を越える前に持参した食糧が尽きてしまっていたのだった。
そのせいで保福寺峠を越えたころには空腹を紛らわせる為に水を飲み過ぎ水すらも無くなっていた。
しばらくの間空腹に耐えながらも意地で歩き続ける宗次
やがて宗次の前に瓜がなっている畑が現れる…
『瓜を取って食べたい』
と言う衝動が宗次を襲うが武士の矜持がそれを拒む
『…この程度』
武士としての矜持が宗次の折れかけた心を支え再び歩き続ける
やがて幸運にも畑作業をする農夫を見つけ
「すまぬが、この塩とあなたが育てた野菜を交換してもらえぬか?」
と交渉し野菜を手に入れる事が出来たのだった
宗次は手にした瓜をまるで味見でもするかのように行儀よく丁寧に頬張り咀嚼するのだが
久しぶりの食事と新鮮な野菜の美味しさで不覚にも涙を流す
「うまい…うますぎて涙が出てきたぞ」
ガツガツと食べたい気持ちをおさえ、いかにも味を楽しんでいるように食べながら野菜を提供してくれた農夫に礼を言う宗次。
その様子をうかがっていた農夫はそっと宗次に水を差し出すと
「あの…もしよろしければ
今夜は私の家に泊まって頂けませんか?
粗末な物しかお出しできませんが…」
と、必死に痩せ我慢する宗次を労うのであった。
結局その日は農夫の世話になり
旅に出て初めて温かな食事とまともな寝床で寝る事が出来た宗次は心身共に回復する事が出来たのであった。
翌朝、久しぶりに熟睡出来た宗次は足取り軽く東山道を進む
途中で遠くの山に煙が上がるのを見たが
『朝食の準備で火を使ったのだろう』
その程度に解釈した宗次は特に気にもせずに歩き続けた
やがて錦織の駅に着いた宗次は、民家を回り僅かな食糧を手に入れると次の覚志の駅へと歩き出す。
◆
長倉の狩人の家まで案内してもらった篤史は、ここでも旅の理由を聞かれる
「なら雨境の古道を通る方が早いよね?」
「だな、保福寺峠を越えるよりも1日早く覚志駅に着く」
長倉の狩人は東山道を素直に通るよりも、険しいが近道である雨境峠を越える道を勧める
「ちょうど雨境峠の狩人に用事があって、明日にでも行く予定なんだ」
そう言うと篤史の返事も待たずに雨境峠越えが決定してしまうのであった。
翌朝『旅人が通過中』と言う意味の“狼煙”を篤史に上げさせると長倉の狩人は
「一度で覚えろよぉ」
と、ここでも帰りは自力で来いと間接的に言われるのであった。
雨境峠の古道手前にある狩人の家に着いた篤史達…
長倉の狩人は家の手前で狩人と思われる男性と何やら話し包みを渡すとさっさと帰ってしまう
そして篤史が男性に連れられ家の中に入ると男性の妻と思われる女性が近くに来ると篤史に話かける
ここでも旅の理由を聞かれるのだろうと思っていたのだが…
「あら、あんたが篤史?エミ姉さんは元気かい?」
と、どことなくエミに似たような雰囲気の女性の出迎えを受けた。
『エミ…姉さん?』
篤史が戸惑いながら返事を考えていると
「まさか矢作みたいに無口なのかい?」
と、返事をする間すらもらえずに質問攻めにあう
「おいサクヤ、篤史が困ってる…少し落ち着け
…篤史、よく来たな
俺は五助でコイツはサクヤ…矢作の妹だ」
五助と名乗った狩人はサクヤを落ち着かせると五助達がなぜ篤史の事を知ってるのかを教え始めた
矢作とサクヤは実の兄妹でサクヤはエミの弓の腕前に惚れ込みエミの事を“姉さん”と呼び慕っているとか…
エミに雰囲気が似てるのはサクヤがエミを真似てるからのようだった。
なんとなく家に帰って来たような雰囲気で落ち着いた篤史は、ゆっくりと旅の目的と宗次達の事を話し始め
五助とサクヤは篤史に陰陽師の本山からの帰り道や関所の事など自分達が知る限りの事を伝えるうちに日が暮れるのであった。
翌朝、五助と共に篤史は雨境峠を越え覚志駅近くの狩人の家へと向かい
「帰りも寄っていきなよ〜!」
そう篤史に言うとサクヤは『旅人が通過中』の“狼煙”を上げた。
こうして篤史は宗次よりも早く覚志駅近くに着くのであった。
しかしこの時、
篤史は宗次がどの程度まで進んでいるのかを知らず
宗次は篤史が追いかけているとは知らなかったのである




