最後の誉れ
“マ”の討伐を終えて宗則達が帰還した日の夜…
トン…トントン…
トン…トントン…
静かに宗則の家の戸が叩かれる
宗則を看病をしているトヨは誰が来たのかすらわからぬまま戸を開けると、そこにはエミが居た…
「エミ…あんた村に来て大丈夫なの?」
その昔にエミが村人達から酷い仕打ちを受けていたのを止めたのはトヨである
当時の傷は癒えても心の傷は癒えてはいないはずなのに、何故?
エミを心配するトヨは、エミがそれでも来なければいけない理由があるから来たのだと気づくと、周囲を見渡し素早くエミを家の中に招き入れる。
「どうしたの?」
なるべく穏やかな口調でトヨはエミに尋ねると、
「明日の夜、宗則さんを連れて行くと矢作が言ってます。
宗則さん…自力で歩けますか?」
何故?なんで宗則を矢作が連れて行くの?
トヨには傷を受け苦しむ宗則を山に連れて行くなんて無謀だと思うと
「エミ、それはダメよ。
宗則さんは動けないの、安静にしていないといけないのよ」
迂闊に動かせば、それこそ命に関わるとトヨはエミにわかってもらおうと説明をしたのだ
しかし…
「明日の夜、宗則さんを連れて行く事は決定なので…
自力で歩けないのなら、戸か何かに寝かせて運びますから。」
「!?
ちょ、ちょっと待ってエミ…どういう事なの?
なんでそんな強引に宗則さんを連れて行くの?
決定?決定ってなによ?」
いつものエミらしからぬ、淡々とした口調で告げられた内容に納得行かずにトヨはエミを問いただすと
…すっ
と、エミは無言で懐から短刀を取り出した
「えっ?ちょっ…ちょっと?エミ?どうしたのよ」
まさか…悪い考えが一瞬だけトヨの脳裏をよぎる
だがエミは無言で懐から取り出した短刀の柄に彫られた紋章をトヨに見せる…
そこには、朝廷からの命令を伝える者に渡される印が施されていた。
そして、
「朝廷からの下された命です。
拒む事は叶いません。
宗則さんを助けたいのは私も同じです。
お願いトヨ、わかって」
トヨの頭は混乱していた…
エミが何故、朝廷からの命令を受けているの?
連れて行く事が助ける事なの?
どこに連れて行くの?
宗則さんは何をされるの?
様々な考えが巡るが答えはでなく…
「エミ…教えて
宗則さんは助かるの?」
トヨにはそれしか言えなかった。
そしてエミはトヨの目を真っ直ぐ見つめながら
「必ず助かるわ…信じて」
そう言うのであった。
しばらくの葛藤の後にトヨは心を決めると、
「…宗則さんをお願い」
と、言うのであった。
翌日…辺りが暗くなる頃
トントン…トントン…
トントン…トントン…
宗則の家の戸が叩かれた
◆
昨夜、エミが帰った後にトヨは宗則にエミから言われた事を話していた
短刀に刻まれた印の事も…
全てを聞いた宗則は
「なるほど…どうりで
全て合点がいった。」
と、謎が解けたような顔をした
彼らモノノフは妖刀を授かる時に“守り人”の存在を朝廷から聞かされていたのだ。
そして、何時から居るのかわからないくらい自然に村の近くに住んでいた矢作達
更に矢作やエミ達の常人離れした知識や技量等に常々『何故』と思っていた事が1本の線で繋がったのだ
やがて宗則はトヨの手を軽く握ると
「トヨ、安心なさい
矢作達は俺を悪いようにはしない」
トヨを安心させるように言う
そして、
「宗次には伏せておきなさい。
ただ、治療に行く…とだけ言えば良い」
と、言うとトヨに翌日の準備をさせていた。
◆
宗則の家の戸が開かれると矢作達がいた
矢作はトヨの顔を見ると
「宗則を」
と、言って宗則の寝ている床まで向かう
「…コレを」
トヨは昼間に宗次に手伝わせて家の戸を張り合わせて簡易的な1人が横に成れる程度の床を使っていたので、それを矢作へと渡し宗則を皆で協力して乗せると前を矢作、後を篤史が持ち宗則を運び出した。
矢作達は森の中へと入ると彼らしか知らない道を通り森の中を奥深くまで入って行く…
「…ありがとう」
不意に宗則が矢作へと礼を言うと矢作は歩みを止めて宗則を見ると
「まだ…だ」
と、再び歩き出した。
朝廷は矢作達狩人を“守り人”と呼ぶ
「もりびと」と発音する為、多くの者達がいつも森の中に居るから、「森人」と言っていると勘違いしていた
彼ら守り人の“守る”物は森を守る事の他に朝廷にのみ知られている“秘湯”がある
彼らは朝廷からの命令により“湯守衆”と言う組織を作り全国の“秘湯”の管理をしながら、朝廷の目となり耳となっていたのだ。
何度か休憩をはさみながら矢作達は森の中にある“秘湯”にたどり着き宗則を湯に入れた
…すると
驚く事に宗則の体を蝕む“ケガレ”こそ癒えないものの、打ち身等の軽微な傷はみるみるうちに治癒していく
「…これは凄い」
戦いによる疲労が抜けるのを感じながら宗則は湯を堪能していた…
さすがに骨折は簡単には治癒せず、その日は疲労回復と軽微な傷の治療に終わる
矢作は宗則を秘湯近くにある簡単な雨風をしのげる程度の場所を拠点にすると毎日宗則を秘湯に入れ、時折篤史を君彦の元に行かせ護符を預かって来ては宗則に護符を貼った。
秘湯の効果は凄まじく、数日後には宗則は自力で歩ける程度まで回復していた
だが、
「ケガレは落ちぬか…」
宗則は己の体に残るケガレを見るとつぶやいた
さすがの秘湯であってもケガレは取れずに残り、宗則の体を蝕み続けていたのだ
宗則の体を冷静に観察していた矢作はある決断をすると朝廷に一つの連絡を入れる
『赤城山のモノノフは、もう“マ”を斬れぬ』
…と
それから数日後、折れた骨も繋がり以前のように動ける様になった宗則は山を下りて村へと帰って来た
帰って来た宗則を見たトヨは驚き、そして喜んだ。
しかし、何やら思い詰めたような宗則の様子に疑問をもち、宗則に尋ねた
「なんだか浮かない顔だね?何か気になるのかい?」
トヨは宗則の体に後遺症でも残ったのかと不安になりながらも宗則の返事を待った。
やがて宗則は己の心を決めるかのようにトヨへと告げる
「もう、“マ”を斬れぬかもしれない」
と…
それほどまで宗則の体はケガレに侵されているのだった。
だがトヨは
「“マ”を斬れぬとて、おまえさんは立派な武士ではありませぬか
これからは武士として皆を守ってくださいまし」
そう言って宗則を励ました
宗則も複雑な表情をしながらも
「そうだな…」
と、答え悔しそうに拳を握りしめていた…
宗則が体の治療を終え村へと帰って来てからしばらくの月日が流れたある日の昼過ぎ
村に朝廷からの使者が訪れ宗則の家に来ると使者は宗則に朝廷からの命令を告げる
『一つ、朝廷に妖刀「白波」を返上する事
一つ、これまでの功績により“山上”の姓を授ける
以後は山上宗則を名乗ることを許可するものとする。』
…と




