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「あっ……あなたたち、いつから――」
今しがたのことで頭がいっぱいになっていたエレノアは、素っ頓狂な声を上げる。
現れたのは、あのエスタシオン家の使者を名乗る男たちだった。
「後から来たのはあなたたちですよ、エレノア様。俺たちも四六時中あんなキラキラした部屋ん中にいたら、気が滅入っちまうんでね。いやーそれにしても、やっぱり本物のお貴族様たちは怖いですねえ」
「……」
「だいたいこの件に関しちゃ、はなっから変な出来事でしたからな。こっちだってお偉い方々に好き勝手利用されて、キナ臭い話に巻き込まれるのはご勘弁、なわけですよ。――ま、俺たちみたいな小悪党がいっときでもこんな城に住めて、美味い飯もたらふく食わせてもらったってだけで上等か。そろそろ潮時ってことだな」
ひょいとバスケットからサンドイッチをつかみ、各々で分け合う男たち。最後だけ口調を変えた「子分の中で一番偉そうな人」に、エレノアは眉をつり上げた。
「経緯はどうあれ、一度貴族にお仕えになったのならば、その方についてお支えしていこうという気はないのですか――ギルバートさん」
名を呼べば、「子分」ことギルバートは心底意外そうに、目をむかんばかりに丸くした。
「まさか名前を覚えてくださっていたとは――驚きですよ。エレノア様」
「一通り書類に目は通しておりますから、覚えていて当たり前です。そちらのお二方も。――オスカーさん、キースさん」
ギルバートと煉瓦の山に隠れるようにしてサンドイッチを口に放り込んでいた男たちも、一瞬固まりエレノアを見上げる。
「言っておくが、俺たちはギルバートについていくだけだからな。別に貴族に仕えてるわけじゃねえ」
一人はぶっきらぼうにそう言い捨て、もう一人は野良猫のようにエレノアを睨みながら、サンドイッチを頬張っている。
ギルバートは菓子をひとつ摘まみバスケットごと二人に差し出すと、そのまま回り込んできてエレノアとラヴィルの間に割り入り、煉瓦に寄りかかった。
「俺たち三人はガキの頃、〝黒き精霊の瘟〟で親どころか住む町までなくして、以来行く当てもない浮浪者生活だからな。ひとところにはなんの思い入れもないし、トンズラこくのもお手のもんよ」
「ま――町を、なくす?」
にわかには理解しがたい語句に、エレノアはおうむ返しに問う。
「ああ、お嬢様くらいの年じゃ知らねえか。俺らの住んでた都市は、領主のクソじじいが食糧囲って籠城決め込みやがってな。飢えた領民が武装蜂起した。そっからは俺もあんまり覚えてねえな――ただ、どいつもこいつも気が狂ったみてえに鎌だの斧だの振り回して、見境なくして人も町も血塗れだったよ。火もつけられて領主のじじいもどうなったか知らねえが、最後は鎮圧に王国騎士団が出張ってきたんじゃなかったか。あのやかましい大臣も、騎士団にいたんなら知ってるかもな」
「……それは、おいくつのときの話ですか?」
「さあな、多分十くらいだろ。覚えてねえ」
「……」
各地の有力者の対応にも、かなりの差があったと――以前ヴァイスが語っていたことを思い出して、エレノアはみるみる渋い顔になる。
凄惨な暴動の影。それ以来、幼子が三人身を寄せ合って、悪事を働きながら生きてきたのか――しかしそれは、完全悪と呼べるのか。十の子供がひもじさからパンをひとつ盗むのも、老いた権力者が我が身惜しさに食糧を接収するのも、同じ罪といえるのだろうか――。
平等を掲げるにしても、それでは、あまりにも――。
泣き出す直前の子供のような顔になってしまったエレノアに、ギルバートはふてぶてしく鼻で笑う。
「そういうところが、いかにも温室育ちで世間知らずのお嬢様らしいってんですよ。そんな話は世の中にごまんと転がってるのに、いちいち気にしてたら切りがない。気をつけないと、口の上手い悪い男にコロッと騙されちまいますよ。いやー惜しかったなあ。俺もあと十若かったら、ここで同情を誘うような甘い言葉のひとつでも吐いて、あの廃墟の城の王様にでもまんまと収まってたのに」
「な――なんてことを! そんなことは、万が一にもあり得ません!」
一転。エレノアは先程よりも眉をつり上げて声を荒げる。言うに事欠いて――という思いも、相手にいとも簡単に見破られるような、安っぽい同情をしてしまったことに後ろめたさのようなものもあり、上手く処理できなかった。
ギルバートの視線から逃げるように体の向きを変えれば、反面、当の本人は平然とした調子で続ける。
「まあそういうこともあって、貴族なんてろくでもないと思ってる俺にさえ、わかっちまったんでね――あんたらと比べたら、きっとあの男爵じゃ先は長くないんでしょう。沈むのがわかってる泥舟に乗る気はないし、なんなら今ここで乗り換えたっていいくらいですよ。――どうです、エレノア様。俺らを雇いませんか? 荒事やちっと人に知られたくない仕事なら、いくらでもお引き受けしますよ」
「……そんなものはトルテュフォレには無用です」
「でしょうね――いやー残念残念。成金で態度のでかいおっさんよりは、生意気で口の減らないお嬢様にお仕えした方が、多少は仕事にも張り合いが出るかと思ったんですが」
「だ、誰が、生意気で口の減らない――」
「そうやってすぐむきになって反応するから、男が面白がってからかってくるんですよ。ねえ、学者先生?」
ギルバートは薄ら笑いを浮かべながら、ラヴィルに視線を遣る。
「からかうだなんてとんでもない。我が国の人間は男女に関係なく、本心からの賛辞しか述べません」
が、ラヴィルは優美な笑みとともにさらりと流し、改めてエレノアとギルバート、二人に向かい合った。
「それよりも、せっかく当事者であるお二人がいらっしゃるのですから、件の嵐の晩の話をお聞かせ願えませんか。私と父は、法務省の書類上の話とこの数日のやりとりで得た情報しか知りません。しかし、それでは足りない」
「は、そんなもの今さら必要ないでしょう。お嬢様があの場で威風堂々、さっき話してた内容を盛大にぶちまけりゃ、あの大臣ごと始末できる。見せしめも兼ねればバカなこと企む奴も減るでしょうし、何よりその方がスカッと気分も晴れるでしょう。俺も厄介ごとから解放されて、万々歳だ」
「それは……」
一理はあるかもしれない。
ただ、それはそれでエレノアの心には何か引っかかるものがあった。
(……もしそれをすれば、ブライアおば様がまず間違いなく動くわ。侯爵からの告発とあっては、事態はただでは済まない……法務省どころか王政派も市民議会派も、きっと大騒ぎになる)
暴動とまではいかなくとも、騒擾の気配は感じる。アーノルドも双方ようやく落ち着いてきたと言っていなかったか。数年の時を経て得たものを、短絡的かつ私的な感情で壊してもよいのか。
(それに王国騎士団にいた人間ならば、ライオネル大公殿下やレオニクス様とも面識があるかもしれない……)
大公家は今現在、中立の立場を守っている。そこにこの話が持ち込まれたらどうなるだろう。
(大公殿下はフェイリム殿下や弟君の後見もなさっている……。だめだわ――重すぎる。わたし一人じゃどうにもならない。いえ、そもそもあの大臣が何を考えているか、すべて想像でしかないんだもの。直接問い詰める? 二人きりで会って話せるかしら? でも相手は元騎士。万が一のとき、わたし一人じゃどう頑張っても敵わない。どうしたら――)
言いよどんだエレノアに、ギルバートが呆れたように短く息を吐く。
「面倒くさい女だな、お嬢様は」
「……いろいろ、考えることがあるんです」
「それで自分をがんじがらめにして、重石背負って沈んじまってたらなんの意味もねえ。――ま、俺が知ったこっちゃないが」
「……どうしてもお護り申し上げたい方が、王都にいらっしゃるので。その方のお心を、これ以上わずらわせたくないだけです。でも……そうですわね」
エレノアはぺちりと自らの両の頬を叩く。気分は晴れなかったが、悩んでいる時間もあまりない。がんじがらめになって、重石を背負って――あちらこちらで渦を巻く川を、渡りきらなければならない。
「やはりまずは、あなた方との調停を済ませてしまわないと……。大臣の思惑がどうあれ、そこがすべての、最初の根元なのですから。こういうことは根っこごと引き抜いた方がいいと、城の年長者も申しておりましたし。……お力を――貸していただけますか」
おそるおそるラヴィルを見上げれば、優しい光を宿した宝石の瞳が、頼りない自分を受け入れてくれる。
「喜んで。慈悲深く高潔なあなたが憂えることのないよう、私も力を尽くします。ただ、あなたにはいろいろと動いていただく必要があるかもしれないのですが――よろしいですか」
「もちろんですわ」
「結構です。では改めて、そのときのお話を聞かせてください」
「――って、負かさなきゃならねえ相手の前で、その負かす方法を話し合うのかよ」
そこで、何かに気付いたかのようにラヴィルがはたと手を打つ。
「あなたも先程おっしゃっていたでしょう。口も態度も悪い権力者より、何かを守ろうとひたむきに立ち上がる貴婦人を助けた方が、心にも張り合いが出ると。というわけで、大人しく乗り換えてください」
「言ってねえよ!」
「そうですか? なにぶんクローマチェスト語はまだ勉強中の身でして、多少ニュアンスが違ったのならご容赦を」
「見え透いた嘘ついてんじゃねえ、ペラッペラだろうが。だいたい誰が貴婦人だ、こんなヒゲ付きとうもろこしみたいな色したちんちくりん――それにな、俺たちにはなんの得もないだろう」
「ち……!?」
「厄介ごとからは解放されます。それに、私が大それた悪事を企むなら――それが露見することも考えて、捨てやすい身代わりを用意しておきますが」
「……」
恨めしそうに睨むエレノアの隣で、ギルバートは短く舌打ちする。
「学者先生ってのは、女だけじゃなく男を口説く文句にも長けてるんだな」
「当然です。特に私たち現場に立つ法学者においては、これこそが本分ですから」
「口の減らねえ者どうし、あんたらお似合いだよ。仕方ねえ――お前らもいいな」
煉瓦の影からこちらを覗いていたオスカーとキースは、一度意外そうに顔を見合わせ、頷く。
(……何これ……何これ?)
そしてエレノアもまた、初日同様、頭に疑問符を浮かべながらも一応了承した。




