表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の幸う国の古城管理人【第二部完結】  作者: 橘 佐和
第十一章 少女エレノアの棺

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/71

 翌朝、エレノアは久しぶりに外出用の帽子(ハット)とケープ、手袋をクローゼットから取り出していた。

 秋らしいアンティークカラーの小花と小さな青い実があしらわれたコサージュを帽子に付け、髪を巻き込むようにしてハットピンで固定。襟のついたケープを羽織り、内側にある細いサテンリボンを結んで胸元が開かないように形を整えたら、襟の飾りボタンを留める。光の当たり方によって、艶めいた青や緑、藍や紫が浮かぶ孔雀貝(アバロンシェル)でできた飾りボタンは、特にエレノアのお気に入りだ。

 ダークブラウンの帽子とケープには、浅い萱草(エンデメモリア)の花色をした糸で植物モチーフの幾何学模様が刺繍されている。

 これはもともと、父が仕立て刺繍を施した、父の持ち物だった。父と同じ髪色をしているからか、吸いつくように馴染む。瀟洒(しょうしゃ)なデザインで、落ち着いた雰囲気が()()()()()には合っていると思う。

(忘れ物はないわね。……元気が出るよう、朝ごはんもいっぱい食べたし、洗濯物もちゃんと運んだし)

 クロシェットのことだけが気になるが、結局あの後はクラヴィスのところで過ごしていたらしい。クラヴィスは詳しい事情を知らされていないようだったが、とにかく朝は泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。

(お可哀想なことをしてしまったわ……クロシェット様が気に病むことではないのに。ウィシュカに美味しい花蜜(ネクター)を頼んでおいたけれど、召し上がってくださるかしら……。後でまた、お話しできるといいのだけれど)

 鞄を持ち居住棟を出ると、湿った空気と薄もやが辺りを包んでいた。土や葉の匂いが混ざった、雨の匂いがする。

 渡り廊下の先では、同じく準備を済ませたヘンドリックと、小さな花束を抱いたトローエルが迎えてくれた。黒の中折れ帽とダブルブレストの外套(コート)を身に着けたヘンドリックと、いつもと同じトローエル。なんだかちぐはぐで、つい笑みがこぼれてしまう。

「やあ、エレノア様も久々のおでかけですな。目的が楽しいものなら、なお良かったんですが」

「本当に。でもフィオレロ様とリリアン様の件は、何よりでしたね。あなたは特に関わりが深かったし――」

「そうですなあ。フィオ君もお嬢さんも、このまま面倒なく、平穏に生きていければいいんですが」

トローエルはその行く先を想うように、遠い山々の方を見上げる。

「こんなことになってしまって、もしかしたらエレノア様は気に病まれるかもしれませんが――儂らも後悔はしていないんですよ、フィオ君やお嬢さんのこと。二人を助けたことは、絶対に間違ってなんかおりません。儂らには調停とか法律とか、難しいことはわかりませんがね――それだけはわかります。城の人間は誰も迷惑だなんてこれっぽっちも思っとりゃしませんからな、どうかエレノア様も、それだけは知っとってやってください」

「トローエル――ありがとう。その言葉だけで、うんと気持ちが楽になります」

「そうそう。こういうことは、みんなで乗り越えていけばいいんですから。――ヘンドリック様も、頼みましたよ」

「ああ、任せてもらおう」

年齢の近い二人は、それ以上の言葉を交わさずにただ頷きあってその心を交わす。

 それからトローエルは、思い出したように手にした花束をエレノアに差し出した。

「ああそうだ、お花を。なんせ庭もまだこんななんで、下郭のものも合わせてなんとかいいのを選んでみたんですが。――今年は夏からいろんなことがありましたから、きっとお祖父様も、よくやっていると褒めてくださいますよ。爺からしたら、孫娘が笑って元気でいることが何よりの幸せですから」

「そうかな。じゃあ空元気でも、とびきりの笑顔を見せてまいります」

ヘンドリックに促され、エレノアはそこでトローエルと別れ玄関に向かう。フロントガーデンにはすでに、侯爵家が手配してくれた馬車が停まっていた。

「エレノア様、ヘンドリック様」

 対応に当たってくれていたソワレが、こちらに気付いて居住まいを正す。

「ソワレ、留守を頼むぞ」

「――はい。お任せください」

「本当は、後学のためにあなたも連れていきたいのだけど……今日の様子を見て、可能そうならお窺いを立ててみます。わたくしたちも初めてのことで、慌ただしくしてしまってごめんなさいね」

「いえ、とんでもありません。エレノア様も――どうか、あまりご無理をなさいませんよう」

「ええ――ありがとう」

 少しだけ憂いを含んだ笑顔で、ソワレは頷く。相変わらず――秋雨に触れる花のような、しっとりとした美しい笑み。今も精霊の女の子たちが、彼の周りにはいるのだろうか。

 そんなソワレに見送られながら、ヘンドリックにエスコートされてステップを踏み馬車に乗り込む。

 今日から始まる調停を前に、祖父や両親、そしてレコンフォール家の先祖たちが眠る墓地へと、エレノアは向かっていた。


   ・◆・◆・◆・


 ――今年はたしかにいろいろなことが起きる。

 墓地へ参るのも毎年この時期の恒例であったが、今年はそういったものが少しずつ日にちがずれている。

 丘を下り街に出れば、もう物売りたちが道を行き交い声を上げていた。野菜や花、食品、小間物。露店の準備をしている者も多い。

(子供の頃は、露店に憧れたわね……)

学校への行き帰りは、ヘンドリックかリュカが付き添っての馬車移動が常だった。だから間違っても買い食いなど許されなかったエレノアの目には、スコップでざくざくと包み紙に詰められるようなまん丸の揚げ菓子、果物や花の汁で色付けされ練られた七色の花蜜飴(ネクターキャンディ)など、小さな露店で売られている小さなお菓子が宝物のように見えたものだ。

 もう少し時間が経ち昼ともなれば、通りはもちろん市場などもいっそうの賑わいを見せるだろう。シセラスの街は今、秋市(オータムマーケット)や収穫祭が催され、もっとも活気にあふれた時期であった。

「……今年はみんなにお休みを取らせてあげられるかしら。特にメリッサたちは、毎年秋市を楽しみにしているのに。今年は郊外の農家さんが開催している、お花の摘み放題に行きたいと言っていたわ。規格外のお花やハーブが、バスケットいっぱい摘めるんですって。運がよければお野菜も」

「トルテュフォレの品位に関わることは極力控えさせますが――それはともかく、使用人たちの数少ない休日ですから、なんとか日程調整できればよいのですが」

「そうね……ソワレもすごく頑張ってくれているし、街の行事を知ることもトルテュフォレの執事として必要なことだもの。一度、息抜きも兼ねて街に出してあげたいのだけれど」

「ソワレは――まだ息抜きには早いでしょう」

「ヘンドリックったら、またそんなこと言って。さっきあなたに留守を任せられて、ソワレ、すごく嬉しかったと思うわ。それだけ仕事も覚えられて、信頼されているんだって」

「朝礼で申し送りもいたしましたし、何かの際にはリュカもおりますので」

「まあ、偏屈ね」

エレノアは肩をすくめ、再び外に目を遣る。

 景色は街から少し外れ、側面に林を備えた田舎道に変わる。車輪の回る音が聞こえる。体に伝わる振動も変わり、花を包む紙がかさかさと鳴っていた。

「……手紙のこと、何も訊かないの?」

その音に紛れるようにエレノアがぽつりと呟けば、ヘンドリックは静かに目を閉じ、かすかに笑みながら頷く。

「エレノア様は幼い時分より、考査で満点を取れば嬉々として自らそれを広げ皆に見せて回り、満足のいくものでなければ拗ねて部屋にこもり、後からリュカを伴いお祖父様や私の元を訪れたものでした。叱られれば、翌日からは生まれ変わったかのような凛々しいお顔と居住まいになられて――そのようなお方でしたので、私からはあえて何も申し上げません」

「……そうだったかしら?」

自分ではまったく身に覚えがなかった。そういう癖を見極められる人間がいるというのは、幸なことか不幸なことか。

「……悪いことばかりではなかったのよ。ただわたくしも、もう次の道に進まなければと思うきっかけになっただけ。でも……もしかしたら、リュカ様には叱られてしまうかもしれませんね」

「叱るより先に、哀しまれます。あなたにしか背負えぬものがあることは、私たちも理解はしております。しかし――やはりエレノア様。あなたが幸せであることが、我々の一番の願いでもあるのです。それはきっと、お祖父様も同じであったはずです」

「……」

 でも、それより大切なものがあると言ったら、やはり哀しまれてしまうだろうか。

(幸せになることって、こんなにややこしかったかしら。……まだわたくしも、怖がりね。政略結婚なんてある程度のお家であれば普通のことだし、ブライアおば様のように、後から心を通わせることだってできるかもしれないのに)

世の中、そんなに悪人ばかりではないと思うのは――まだ幼い自分がどこかに残っているか、それとも、そう信じたいだけなのか。

(いっそ、アーノルド様のご提案を素直に受ければよかったのかしら。いえ……でも、無理よね……。アーノルド様の仰ったようにすべてが上手くいって、城と土地を賜るにしても……この辺り一帯はガルニエ家が代々守護し、長い年月をかけて開拓してきたもの。ブライアおば様やクラウスの前でそんな浅ましい真似をするくらいなら、わたくしはやっぱり今の道を選ぶわ)

 結局変わらぬ答えに、自嘲気味に笑んで続ける。

「――他のお手紙はどうだった?」

「……大公家からのものは、少々の違和感を覚えました」

「違和感?」

「はい」

ヘンドリックもまた、何も訊かずエレノアに答える。

「アーノルド様の物言いと手紙でのご様子に、少々乖離(かいり)があるのではと」

「それは……ちょっとわかるかもしれないわ」

エレノアは改めてヘンドリックと向き合うと、声を潜めた。

「実を言うと……アーノルド様のお話を伺っているとき、大公家は、王家に成り代わろうとしているのではないかと思ってしまったの。でも大公殿下とご子息のレオニクス様は、後継者争いから身を引いているご様子……それにあのお手紙から窺えるお人柄で、そんな恐ろしいことを企むとはとても考えられない」

「家として、上手く立ち回りすぎている――という感はあります。現状ライオネル家は、王政派、市民議会派とも関係を持ち、どちらに時代が移ろおうと無事な立場ではありますから。ですので、もしかしたら――完全なる王政派というわけではないのやもしれません。その点においては、古より王家にお仕えしてきたイラーリア家とは明確に異なります」

「血統よりも、家を……いいえ。()()を取ったのかも……とは、ヴァイス様がいらした頃より少し思っていたけれど。……でもだとしたら、わたくしはお手紙以上の深入りはできませんね……。ご次男である、レオンシュバンツ様はどうなのかしら……」

「家族仲はよろしいようにお見受けいたしましたが――自らご商売をなさるなら、もしかしたら王政派の方に利があるかもしれません」

「え? どうして?」

意外な言葉に、エレノアは目を開く。市民議会を構成する層は、商人や自宅店舗を構える職人が圧倒的に多かったからだ。そして今までは貴族しか持てなかった諸権利の拡大や譲渡、あるいは撤廃を求めている。

 ヘンドリックは静かに続ける。

「王政の介入を撤廃し完全なる自由商売になれば、まず間違いなく各都市の領主貴族が領内に抱える街道や河川、あるいは関所や壁門に高額な通行税や荷税を設けます。そのぶん仕入れ値や売り値が上がることはもちろんですが、その額は都市によって異なるでしょうから税の安い方に人も物も流れ都市の格差が広がりますし、流通も偏るか滞り、品不足になったり逆に過剰分が出たりと物価も不安定になり、結果として都市内部で店舗を構える商人にも影響が現れます。今は王国法により通行税などが定められているはずですから、王政によって経済が保護され、均衡が保たれている状態ともいえるのです」

「うーん……自由すぎるのも、案外不自由なのね」

 エレノアが頷いたところで馬の(いなな)きが聞こえ、馬車が停まる。二人はそこでいったん話を切り上げると、馬車を降りた。

 空を見上げれば、シセラスの墓地の象徴でもある、独特な造形の古木の大樹が目に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ