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精霊の幸う国の古城管理人【第二部完結】  作者: 橘 佐和
【第三部】第十章 ただいま!

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「フェイリムの手紙、これからだったのね。プレゼントも。……ヴァイスのは読んだんだ」

「ええ、一番最初に」

「えへへ、そっかぁ」

 クロシェットは嬉しそうに笑う。やはり自分の分身ともいえる、ヴァイスのものが一番に選ばれたことが嬉しかったのだろうか。

「でも、なぜクロシェット様が先にお帰りに? お手紙には、何か変わったことがあったとしか書かれていなくて」

しかしヴァイスからの手紙を取り、それを見せるようにして問うた途端、可愛らしい少女の頬がぷうっとふくれあがった。

「そうなのよ! 途中までは、全然そんな気配なかったのに――エレノア。あなた、猫はお好き?」

「え? ええ……幼い頃に、飼いたいと駄々をこねたくらいには」

唐突な質問にエレノアが頷けば、クロシェットは「やっぱり!」と続けて唇を尖らせた。

「今ね、ヴァイスの隣には新しい精霊がいるの。青い瞳の白猫の姿をしてるのよ。ヴァイスったら、『こいつは俺とエレノアを結んでいてくれる猫だから』って、その子ばっかり可愛がっちゃって、その子もヴァイスからぜんっぜん離れないの! あなたの名前が出てきたってことは、きっと、あなたがヴァイスかヴァイスのものに何かしたものから産まれたんじゃないかしら。なによぅ、先にエレノアの友達になったのはあたしだったのに。失礼しちゃう!」

「青い瞳の白い猫……あっ」

エレノアの脳裏に、ふとあのむりやり描かされた落書きの絵が過る。青の色鉛筆で、輪郭と顔だけ描いた猫。

「あー! やっぱり心当たりあるのね!」

「はい……。実はヴァイス様のスケッチブックに、落書きを……」

「それだわ! ヴァイスもきっと大切にしてたんだわ」

「でもあのときは、散々に(けな)されたのですが」

そういえば、帳簿の猫の集合住宅も下手だと言われた。絵心がないことは重々承知しているが、それでもちょっと傷付く。エレノアがため息をつけば、アレックスが小首をかしげた。

『しかしそうなるとそれは、落書きの精霊になるのでしょうか? なんとも珍妙な』

「そうね。わたしも描いたときは特に何も考えていなかったし……。そんなこともあるのね……」

 ただ、先の手紙を読んだ後であったので、ヴァイスの言葉には少し胸が痛んだ。

 旅先で、帰る場所としてトルテュフォレを思い出してくれるときがあったのだろうか。もしあったのなら……あるいはその気持ちが、あの落書きに宿ってしまったのかもしれない。トルテュフォレとともに時を重ねてきた、自分の描いた絵であったからこそ、結びついてしまったのかもしれない。

「――でもわたくしは、クロシェット様がお戻りになってくれて嬉しいです。きっとウィシュカやクラヴィスも張り切っているだろうし、今夜は楽しみですね」

「ええ! ちゃんとみんなそろってのご飯にしてよね、あたしの『おかえりなさいパーティー』なんだから!」

 頷くエレノアの肩に、クロシェットが揚々と座り込む。ヴァイスからの手紙を置けば、自然と最後の残された一枚に目がいった。

「お待ちを、エレノア様」

「え?」

その純白の封筒を手に取ろうとすれば、しかしヘンドリックが静かにそれを制止する。

「今までの手紙でプレゼントの件が誰にも触れられてこなかったということは、こちらはフェイリム殿下より贈られたものでしょう。エレノア様にはお小さい頃の、あの月待鳥(つきまちどり)の羽根ペンの件もございます。ですのでどうぞ、そのお手紙とプレゼントは思い出とともに、エレノア様がお一人のときにゆっくりと」

「ヘンドリック……」

見上げた執事の顔は、まるで孫か娘を見るかのように穏やかな、一人の老人のものになっていた。

「……いいの?」

「もちろんです」

短い返事に、ありがとうの意をこめて頷けば、優しいまなざしが返ってくる。

 エレノアはヴァイスの手紙だけを封筒に戻し、未開封の封筒と重ねてプレゼントとともにまとめると、もう一度ヘンドリックを見上げた。

「残りのお手紙は、あなたにも目を通してもらっていいかしら。わたしでは気付けない機微や、わたしの知らない暗黙の了解みたいなものがあるといけないし……レオンシュバンツ様ご本人からは何も届いていないのよね。それも少し気になるし。何かあったときのために、細かいところまで共有していてもらえると助かります」

「かしこまりました。読み終えた後は、鍵付きのレターケースの方で保管いたします。割り符の方は、金庫で保管なさるのがよろしいでしょう」

「お願い。それにしても……なんだか今日は、朝からどっと疲れたわ。心臓が頭の先から爪先まで、体中で跳ねて暴れたみたい」

『それでいて、まだ何ひとつ終わっていらっしゃらないのがなんとも』

「本当ね」

これには苦笑いするしかない。

「ヘンドリックには申し訳ないけれど――明日からの調停もお願いね」

「はい。まずは相手方の言い分を聞き、今後の出方を見て対処していきましょう。こういうことはむやみに動き回るより、刺すべきところだけ刺しておく方が効果的かと存じます」

「そうね……。変にじたばたするより、その方がわたしも気疲れしなくていいかも」

「待って待って! 調停ってなんなの!? 誰か何かされたの!?」

「……あ」

 肩から響く甲高い声に、エレノアはヘンドリックと顔を見合わせる。

 始まる前から、また嵐の予感が二人の胸中を過ったのだった。


   ・◆・◆・◆・


「かんぱーい!」

 宵の口――その日の食堂は、久しぶりに賑わいを取り戻していた。

 特別にワインやシードルが開けられ、テーブルには肉料理と魚料理がいっぺんに並び、野菜や豆をふんだんに煮込んだスープ、卵料理、焼きたてのパンやパイ、デザートのお菓子や果物がたっぷりと盛られた。

「待ってください。これもしかして、精霊のクロシェット様はお召し上がりになれないのでは?」

 途中、メリッサが気付いたときにはもう遅かった。ウィシュカとクラヴィスが張り切ったテーブルはすでにごちそうが並んでいたし、キャンドルやお花、壁のガーランドの飾り付けも完璧だった。

 だがガーデン・ティーパーティーを無事乗り越えた使用人たちへのねぎらいや、監査中の気張った空気の払拭という(てい)で、珍しくヘンドリックも了承した。

 ということで、自ら「おかえりなさいパーティー」のセッティングをして回ったクロシェットと、まんまとそれに乗せられた城の住人たちは、明日からの倹約をヘンドリックに誓い、(まれ)の宴に興じたのだった。

「えーっ!! エレノア様がご結婚!?」

「うそうそ! ウソよねエレノア、そんなのまだしないわよね!?」

「え、ええ……、多分……。まだお話をいただいただけですから……」

 そして少々酒が入った使用人たちが、真っ先に食いついたのがその話題だった。花蜜(ネクター)しか飲んでいないはずのクロシェットも、同じボリュームで詰め寄ってくる。

「そうか、家令もいよいよ年貢の納め時か……人生の墓場にならんよう、祈るだけ祈っておこう。――それで、相手はどんな男だ。我々が旦那様と呼べるほどには程度のよい男なのだろうな?」

『それはもう、いずれも名高い名家の次男三男四男に、仕事に明け暮れ年だけとった、商家や資産家のミドルがよりどりみどり。年頃のご令嬢がいらっしゃるお家ならば、喉から手が出るほど欲するであろう名簿でしたよ』

「ええー! 私たちも見たいです~! エレノア様~!」

「み、見せ物ではありませんよ!」

 主人の結婚話に盛り上がるメイドたちを、さらにベリンダとアレックスが煽る。そしてその隣には、酒も飲まずいつもと変わらない姿であるのに、笑顔でくだを巻いているリュカがいる。

「私は絶対にあんなもの許しませんよ。ソワレ君もそう思いますよね?」

「えっ、あ、いえ……私は、エレノア様がお幸せならばそれで……」

「正直に言いなさい、ソワレ君。聖職者の前で嘘をつくことはないのです」

「そ、そうでしょうか……。では、……私だってエレノア様には、愛ある豊かで幸せな人生を送っていただきたいです! 愛のない政略結婚なんて、絶対嫌です!」

「そうでしょうともそうでしょうとも」

 おかしな絡み方をされているソワレを気の毒に思いつつ、エレノアはもそもそと食事を続ける。

(……やっぱり、政略結婚になるのかしら。でもそうよね、もしお婿さんに来てくださる方がいらっしゃるとして、そしたらその方のご実家ともお付き合いしていかなきゃならないのだし。王家直轄の城の管理人――いえ、男性なら城守とか総督とかお呼びした方がお喜びになるかしら。その肩書きは、やっぱりまだまだ名誉だもの)

それにもし資産家の男性と結婚したなら、万が一王政が撤廃されたとき、この城を――自分にとっては〝家〟を手放さないといけなくなったとき、助けてくれるかもしれない。

(でも……愛のない結婚では、そんなこと到底お願いできないわ……。想像だけで、とても惨めな気持ちになっちゃった……)

誰ひとり名前を覚えていない名簿を思い出しながら、バターとチーズのとろけるオムレツを一口、シードルをほんの少し。

(それに、お城も大事だけど……わたし一人の問題じゃない。何よりここにいるみんなをないがしろにしない人、軽んじない人を見極めないと。……わたしたちはあくまでも王家にお仕えし、このトルテュフォレ城を預かるだけの人間。その信頼と権威を勘違いして、偉そうに、傍若無人に振る舞う人は、いくらお金持ちでも絶対にだめよ。ブライアおば様のように、わたしが主人としてしっかりしないと……)

 顔を上げてテーブルを見れば、皆、笑顔だった。ここにいる皆は絶対に今のまま、笑顔のままでいられるよう――護らなければならない。

 スープを口にすれば、野菜の甘い旨味がいっぱいに広がった。大きめの扁豆(レンティル)もほくほくとして美味しい――美味しいお料理のはずなのに、紙一枚はさんで食んでいるような、舌の感動が頭に伝わらない。

 エレノアが少しがっかりとした様子でいると、ウィシュカがそのたくましい両手を上げて、皆をなだめてくれた。

「まあまあ、皆さん。ひとまずは明日からの調停と倹約のために鋭気を養いましょう。ほら、お肉のローストを切り分けますよ、冷めないうちにね。それにたとえどんな方がいらしたとしても、我々がお仕えするのはまずはエレノア様であることに変わりはないのですから」

「そうそう。儂の目の黒いうちはどんな若造が来ようと好きにはさせんよ。もし城やエレノア様に悪さをしようものなら、ピッチフォークでつついてやりますよ。こう、こうね」

フォークを持ち替え空気をつつくトローエルに、メイドたちも続く。

「私たちにはほうきやモップがあります!」

「冬場は洗濯の水でもかけてあげましょう」

「タオルを濡らして、振り回して凍らせたのもどうでしょう~、きっと痛いですよ~」

長い柄を持つふりをしたり、腕をぶんぶん回すメイドたちに、テーブルに笑いがあふれる。エレノアも、つい嬉しくて噴き出してしまった。

「――これじゃあ結婚しても、お婿さんにはすぐに逃げられてしまうかもしれませんね」

「この程度で逃げ出すようなら、それまでの男です」

ようやくにっこりと笑って一番大きな丸パンに手を伸ばすエレノアに、ヘンドリックも安心したようにほほえみながら、丁寧にナイフとフォークで魚のフライを切り取り口に運ぶ。

 その後はエレノアもスープをおかわりし、ハーブとスパイスたっぷりの肉のローストもマッシュルームのソースでいただく魚のフライも、またデザートの梨とカスタードのタルトまでしっかりとお腹に入れた。

 晩餐も終わり間近になり、皆が食後の紅茶とお菓子をつまんでいる中、メリッサが風呂に湯を張ってくれ、エレノアはヘンドリックに後を任せると皆に先立ち食堂を後にした。

 それにそっと、ピンク色の光が続く。

 お湯をいただいて歯をみがき、寝着に着替える。そのまま自室に戻れば、エレノアの久しぶりの――夜の時間だった。

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