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精霊の幸う国の古城管理人【第二部完結】  作者: 橘 佐和
tea time

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 二階の窓から手を振るワーグテールに応え、王宮の方へと足を向ける。そのまま上を向いて歩いていれば、鳥たちが示し合わせたかのように集まり、森の方へ飛んでいく。どこかから、煮炊きの野菜や穀物がほころぶ香りが漂ってくる。

 秋の夕暮れは足が早い。アレスティアもいるので途中馬車を頼み、室長が長を務める魔法研究所の方へ回してもらう。そちらはやはり特殊な場所であるからか、廷臣や文官武官問わず行政官もあまり立ち入らない。

 とはいえ交流がないわけではなく、特に魔力のある人間はその血を絶やさないことが何より求められるので、周囲の植物園や図書館を使い逢引きする恋人たちもいた。

 王宮は街より一段高い、整地された台地に荘厳にそびえている。やはり長い年月をかけ建て増しも何度もされてきたようだが、百五十年ほど前に行われた大改修で全体の外観が統一され、省庁も廷臣たちの居住域も整備されて一気に広がり、今の姿の原形が造られたらしい。

 また当時はクローマチェスト固有の獣や鳥が周囲の森に放たれていたというが、今の王都では目にすることはできない。

 王国の歴史も伝統も、おそらくはトルテュフォレの方が受け継ぎ、守り抜いているのだろう――と今のアーノルドは、心が宙に浮いたような、不思議な心地になる。

 黄葉樹に囲まれ、秋の色に染められた古城。おそらく記録にある正式な建国年以前からあの場に建ち、あの呑気な女主人の祖先たちが連綿とその意思をつないできたのだろう。

(……おじいちゃんは、そんな卑劣な人間じゃありません……か)

 馬車が王宮の敷地に入ると人通りはほとんど失せ、代わりにあちこちに配備されている騎士や、行き交う行政官たちの姿がまばらに目に入ってくる。

 ちょうど人の目が絶えたところで降ろしてもらい、アーノルドは歩きながら右手の温かい感触を握り直す。なぜこれがアリーチェにできなかったのだろうと自嘲し、どこか歪んだまま来てしまった家を想いながら、呟いた。

「――これはひとりごとなのですが……」

「……」

「実は私は(くだん)の城について、王家との癒着や確執を疑っておりました。あまりに簡略的に大金の送付が行われていたので、そこに何か不正があるのならば、イラーリア家の人間としてそれを暴き、正さなければならないと躍起になっていました」

「ほう。それで、暴いて何かいいことがあったかね」

相槌は左側からもたらされた。アーノルドはちらりとそちらを窺うが、室長は前を向いたまま、表情ひとつ崩さない。

「いえ……ありませんでしたよ。それどころか、滞りなく送金を行うよう指示していたのは……私の曾祖母だったようです。生きている限りは、と」

「ふむ。正規の手続きを取っていたなら不正といえるかどうかは微妙だが、つまりなんだね、君は王家とその城を疑いながら、その実、自分の身内の監査に勇んで行ったわけか」

「どうにも……情けないというよりは、その気持ちが理解できてしまったことの方が自分でも不思議で、どうしていいのかわからずじまいでして。――亡き曾祖母は、非常に厳格な方でした。その曾祖母が便宜を図っていたとは、という驚きとともに、きっと曾祖母も私と同じような経験をしたのだろうなと……あの燃えた手紙を読んでいて、ずっと考えていたのです。手紙には、……ああいう場所や人は、そっとしておくのが一番いいと、不思議な書き方がされていました。まるで――先の室長の言葉と同じように」

「だから言っただろう。君のひいばあさんは、感覚的にそれを感じ取ったのだろう」

「ええ。そしてできることならば――この手紙を読んだイラーリア家の者に、自分の意思を継いでもらいたいと」

 ふ、と右手の感触が離れる。赤みを増した夕焼け空の下、風がさやりと吹き、気付くと目の前には愛らしい少年と精霊の姿があった。

 マントを取り払った名残の風に、紅霞(こうか)を宿した白銀の髪が揺れる。

 最悪――王家への背信にもなりえた事態に、目を合わせるのも少し気まずい。しかし少年は、悪戯そうに目を細め、口を開いた。

「愛するイラーリアの子よ」

「……!」

「ここへやってきたということは、日々真面目に、誠実に職務に励んでいるようですね。もしかしたら、余裕がないとか遊び心がないとかいうのかもしれませんが。……わたくしがそうだったのです。わたくしは退官を前に、最後に何か大きな仕事を成し遂げたいと思い、各地の領主貴族の城、邸宅、聖堂などをしらみつぶしに調査し、このトルテュフォレ城を見つけました」

「殿下――」

「――これを読んでいるあなたはどうかしら。わたくしと同じように、年を重ねて最後のひと花を咲かせようとしているのか、あるいはまだ若くて、手柄を立てようと血気盛んにこの地に乗り込んできたのか。どちらにしても、これを読んでいるということは、すでに監査も終わり、城の住人たちとも、何か特別なつながりのようなものができたということなのでしょう。……結果はもはや、わたくしが語る必要もないものに思います――でしょう?」

「……」

呆気に取られたアーノルドは、何を答えることもできない。だがアレスティアは構わず続けた。

「申し訳ありません、なんだかひどくお悩みのようだったので……机にいるときに、内緒で後ろから一緒に読んでしまいました」

「……それを一言一句、覚えているのですか!?」

「そうですね。それでどうするかなあとは、ちょっと思っていました。アーノルドさんは――どうしたいですか? このままひいお祖母様の跡をお継ぎになりますか?」

「……」

アレスティアはいつもと変わらぬ様子で、やわらかい笑みを湛えたままそれを問うてくる。

 王都に戻ったアーノルドは、父にも伯父にも言えずにただ手紙を見つめ悩み続けてきた。せめて曾祖母が生きている間に話ができていたらと、同胞に感じる親しみも難題を寄越された恨みがましさもないまぜにして悔いてきたが――ただやはり、行き着く先はいつも同じだったような気がする。

 それでも悩んでいたのは、あの城の住人たちにじかに接し、その決断に罪悪感のようなものを抱いてしまっていたからだ。あの呑気な女主人の安寧を、自分が壊してしまうと思ってしまったからだ。

 しかしこのことを王家の人間に告白し、知られてしまった以上、決断を先送りすることはできない。

 もしかしたら、何かきっかけが欲しかっただけなのかもしれない――そう自分に言い聞かせるようにして、アーノルドは苦渋に顔を歪め、声を絞り出す。

「……私には、できません」

「まあ君ならそうなるだろう。余裕もなければ遊び心もないつまらん男だからな」

「は?」

が、即座に返ってきたのは左隣からの慣れ親しんだ暴言だった。

 それに対してアレスティアが困ったように笑い、室長を諫める。

「アーノルドさんはただ、職務に対して誠実で実直なだけですよ。こういう方が一人でもいてくれるということは、僕たちにとって大変ありがたいことです。――でも残念だなあ。僕はせっかく、共犯のお誘いがあるかと思ったのに。僕もなんとなく、そのお城には……このまま、残っていてほしいなと思っていたので」

「殿下――」

「それで、これからどうしますか?」

悩んでいたことが嘘のように進んでいく中、アーノルドは今度こそアレスティアをまっすぐ見つめ――答える。

「もちろん王家直轄の城として、送金を止めることはいたしません。あの城に、王国が失いつつある財産が、有形無形問わず受け継がれていることはたしかですから。ただ少しずつでも、正規の手続きに戻すべきかとは思います。それでもあの女主人なら――大丈夫でしょう。彼女には優秀な使用人も後見となる領主も、慕ってくれる人民も心清き友人もついています。多少の困難では、決してひるまないと――そう信じます」

「そうですか……加えてここには、理解ある行政官もいますしね」

「ええ。その代わり――今と変わらぬ誠実な城運営を続けるよう、それだけをしっかりと求めます。私や曾祖母がさせてもらったような経験を――やがて訪れるイラーリア家の後進たちが、得られるように」

「ふふ――それでいいと思いますよ。アーノルドさんらしくて。あなたにあの手紙を預けた方も、きっとわかってくださると思います」

「……だといいのですが」

一癖も二癖もある老いた執事の顔を思い浮かべ、どうだろうかと苦く笑う。それでも、自らの信念を曲げることは――アーノルドにはできなかった。

「そういえば……殿下は、花編箋(はなあみせん)というものをご存じですか?」

「一応、知識としては知っていますよ。でも僕は贈ったことがないんですよね。クローマチェストらしい文化だったとは思うのですが」

「お若いですしね」

 立場上、今は贈ることはできない。ただもし自分が曾祖母と同じように年老いて、役目を終えたときは――せめてもの気持ちを作り物の花に託して贈ろうと、なぜか今、思いついた。

 それが彼女たちが担うものに対し、少ないとはわかっていても――あの友と、同じように。


 ふと言葉が途切れたところで、遠くの方からアレスティアを捜す女たちの声が聞こえてくる。アレスティアにも聞こえたのか、苦笑しながら肩をすくめた。

「母周りのメイドたちかな。すみません、父が亡くなってから、母も少し不安定で」

「仕方のないことです。それだけ愛情深かったということでしょう。お体にも障りがなければよいのですが」

「何かあれば私の方でも、良いハーブや薬を用意させますよ」

「ありがとうございます。気に掛けてくれる人間がいると知れば、母もきっと喜びます。では――」

アレスティアはマントをぐるぐると巻き取るようにしてたたむと、グリと二人ぺこりと頭を下げる。それから小走りに先の小径(こみち)を行くと、角を曲がる直前で振り向いて、大きく手を振ってきた。

 アーノルドがそれに応えればアレスティアは嬉しそうに顔をほころばせて、まだ声変わり前の少年らしい高い声を張って、奇をてらうことのない、素直な別れの言葉を告げてくる。

「今日はありがとうございました! また面白い話を聞かせてくださいね、アーノルドさん――()()()()()さん!」

それに樹のような男が、軽く手を上げて、笑んだ。


【第二部・完】


ここまで、長いお話にお付き合いくださり本当にありがとうございました!

途中ストックがなくなってしまい焦りましたが、なんとか無事に書き上げることができてほっとしています。

またよろしければ、評価、ご感想などいただければと思います。励みになります。


第三部はまた変わった切り口でこの世界を描くとともに、何か一つ大きなイベントが入れられたらいいなと考えています。

またゆっくりと更新していきますので、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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