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精霊の幸う国の古城管理人【第一部完結済み】  作者: 橘 佐和
第九章 望まぬ侵攻

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 居住棟はすでにひんやりとした空気が落ち、天井から下がるトーチライトだけが帰ってくるエレノアたちを迎えてくれた。

「メリッサ、さっきはありがとう――執務室から連れ出してくれて」

「いえいえ、あれでは軟禁ですからね。王宮で働く人はみんなああなんですかねえ。まったく、どこぞの行方知れずの画家といい勝負ですよ。エレノア様もヘンドリック様も、あとはゆっくりお休みになってください」

「ありがとう、メリッサもね。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ。失礼いたします」

部屋に戻るメリッサを見送り、その足でヘンドリックとともにソワレの部屋に向かう。男性使用人の部屋ということで中への立ち入りは止められたが、代わりに様子を見てきてくれることになった。

 現在は二階部分が使用人たちの住居になっている。上の階と比べてしまえば各部屋は狭いが、それでも個室があるのは喜ばれる。階段のすぐ手前には小さな談話スペースがあるので、エレノアはそこでヘンドリックを待つことにした。

 窓辺に置かれた木の丸テーブルと対の椅子。隅に置かれた小さな棚には、ほこりをかぶった古いボードゲームやカードゲームが無造作に並べられていた。歴代のメイドたちが食堂の囲炉裏の前でおしゃべりしている間、男性使用人たちが興じていたのだろうか。片付けさせようかとも思ったが、この城の歴史の断片のようで、惜しくなってしまった。自分が天寿をまっとうして、それでもずっとここにあり続けて――次代の使用人たちの中で広げてみる者があれば、あまりの古さに驚愕するかもしれない。そんな楽しみがあってもいいかもしれない。

(わたしの知らない使用人たちの残した息吹……わたしを知らない使用人たちがここにいる風景。……不思議な感じ)

 昔は今より使用人も聖職者などの住人も多かったという。そもそも家令を名乗るには下に数十人規模の使用人がいることが前提であったが、今のトルテュフォレではただ慣例的に、レコンフォール家の当主が名乗るだけの肩書きになっている。

 先細りしているのは感じるが……それでもあの精霊の戯れを思い出すと、絶やしたくはないと思う。「続いていくこと」を、次の世代が安心して受け取れるようにしたいと思う。

(……あのときの精霊たちも、今はお城や森のどこかで眠っているのかしら。でも、トローエルには申し訳ないことをしてしまったわ。今回は特別素敵なお庭だった――それに間違いはないもの。ちゃんと謝って、なにか埋め合わせをしなきゃ)

 椅子に座り頬杖をつきながらそんなことを考えていると、廊下の方から扉が開け閉めされる音が聞こえてきた。エレノアは立ち上がり、部屋から出てきたヘンドリックに小走りに駆け寄る。

「どうだった? ソワレは大丈夫そう?」

ヘンドリックは口の前に人差し指を立て、声をひそめて答えてくれる。

「少し前にようやく眠ったそうです。ベリンダ医師が付き添っておりましたのでご心配なさらず。スープと薬湯、苦みを抑える花蜜(ネクター)を口にして、あとはずっと横になっているそうです。少々熱があり、暑がっていたので氷室(ひむろ)から氷を少し拝借したと申しておりました」

「わかりました。アーノルド様がいらっしゃるし、少量でもちゃんと在庫持ち出しの記載をしておいた方がよさそうね。明日一番で対応しましょう。でもベリンダ先生がいてくれるなら安心だわ。一度顔を見たかったのだけれど……」

「私がいるより、家令が顔を見せた方が飛び起きて元気になるんじゃないか――などと、笑っておりましたよ。ベリンダ医師も、もう少ししたら引き上げるそうです」

「そう。その程度で元気になるくらいに、大事ないといいのですが――でもソワレ、元気になってからも大丈夫かしら? 精霊たちの方から話しかけられたり、悪戯されたりしない?」

「さて、最初のときは無視を決め込むことで回避していたようですが――ただ、やはり徐々に見えなくはなっているそうです。ソワレの場合はあの本人の繊細すぎる気質も関係していそうですが、城での生活に馴染み忙しく動き回っていれば、日々の生活に紛れていくのではないかと」

「それはそれで……ちょっともったいない気もするわね」

「エレノア様」

笑って言えば、ヘンドリックにたしなめられてしまった。が、そのヘンドリックさえ笑みを隠しきれていない。それだけ昼間の光景は、人々の心を動かしたのだろう。

「それにしても今日はいろいろありすぎてしまって、わたしもどっと疲れたわ……。こんなだから、あなたもリュカ様も、そりゃあいっぺんには教えられないわよね……」

「あなたの成長は、日々感じております。いっぺんに成長して、年寄りの楽しみを奪わないでいただきたいものです」

「それなら、うんと長生きしてもらわないと。――ヘンドリックもよく休んでちょうだい。明日――いえ、夜明けからはまた忙しくなりそうですし、なによりあなたは、アーノルド様のお気に入りだものね」

「ご冗談を」

ふっと笑い、エレノアを上の階へと促すヘンドリック。短い階段を登り、エレノアが自室の扉の前まで進めば、そこで足を止めて見送ってくれた。

「それじゃあ、ちょっとだけおやすみなさい。それから――わたしやリンを助けてくれて、ありがとう」

「当然のことをしたまでです。おやすみなさいませ」

礼を取るその姿は、常と変わらず洗練されて――けれどその瞳はいつにも増して穏やかで、髭の下にはやわらかな笑みが湛えられていた。エレノアも笑みながら片手でちょっとスカートを持ち上げて礼を返し、扉を閉める。

 嵐のような長い一日が、ようやく終わった。


   ・◆・◆・◆・


 翌朝――。

 見事に満開すぎるジャンティアナの花と、池や小川に浮き、あるいは小路(こみち)に散らばる黄葉樹の葉。その隙間には赤や青の木の実、どんぐりなどがぱらぱらと落ちており、まさに子供が好き放題遊んだあとのようだ。

 改めて庭園を目にして唸るエレノアの隣で、トローエルがため息とともに肩を落とした。それに気付いたエレノアは慌てて口を開く。

「こ、これはあれね。ありのままの自然の風景がもっとも尊ばれるべきという、自然礼讃(らいさん)派のお庭みたいね。なんていうか……飾らなさというか、ナチュラルで……、……手が入ってないというか……」

「いやまあ、儂も昨日は楽しませてもらいましたからね、お庭はいいんですよ。また整備すれば。まさかあんな光景が見られるとは、夢にも思いませんでしたから」

「そうね……とても美しかった。でもあなたの造った素晴らしいお庭があったからこそよ。他のお客様にも見せてあげたかったわ。本当よ」

「そりゃもう、今日からのお客様も、事情を説明すればきっとわかってくれるでしょう。でもねえ……トローエルの爺さんが耄碌(もうろく)したなんて噂にならないか、心配で心配で。ついに庭仕事もできないくらい、足腰が立たんくなったんじゃないかと」

「そんなことないわ。そうそう――昨晩も、アーノルド様とアリーチェ様があなたをお褒めになっていたのよ。ほら、あなたがずっと前に植えたコクワの実! あれはオリエンスブルーの由来になったお国が原産の植物なのね。輸入品扱いで、とても珍しいものだって。うちには珍しい果物があるって、王都の社交界でも自慢できるほどですって。あの庭園といい、優秀な庭師を抱えているようだなって、仰ってくれたわ」

「ああ、昨日あの方たちがお()でになった最初の頃の庭はね――よくできてたよ。本当によくできていた――」

「それはもう、あのときいらしたお客様ならみんな知ってるわ。だからお願いよ、元気出して。そうだ、もしあなたが気になるお花や苗木があるなら、言ってちょうだい。どんなものでも――よその国のものでも。わたくしから渡り鳥(ミグラテール)商会の支部会長さんにお願いしてみますから」

「――本当ですか? いやこりゃありがたい!」

「あ――もうっ、トローエルったら!」

エレノアがわざとらしくむくれてみせると、トローエルもからからと笑い出す。

「いやいや――すいません。あまりに一生懸命になってくれるもんで、つい」

「つい、じゃありません」

すねたふりをして、ちらりと庭を見る。決して見られないわけではない、秋の風景といってしまえば通るかもしれないが、それでもトローエルの連日の地道な作業と苦労、昨日の見事な庭を知っているエレノアは、眉を下げて詫びた。

「でも……本当にごめんなさい」

「とんでもない、エレノア様に謝っていただくようなことじゃあありませんよ。儂らのような自然を相手にする人間は、どうしたって精霊のご機嫌うかがいをしていかないといけないしねえ。昨日は――それはもう、実に楽しそうでよかった。ソワレ君も、もっと早くに言ってくれればよかったのになあ。そうしたら、()()()()の庭を完璧に造ってみせたんですが」

トローエルは愛用の褪せた黄緑色のキャスケットの位置を直しながら、庭園を見回す。

「大丈夫、これはこれでどうにかなりますよ。木の実なんか子供らも喜んで拾って帰るでしょうし。儂らが落ち込んでいたら精霊にも申し訳ないし、たまには街の人たちにも違った楽しみ方をしてもらいましょう。なんなら昨日の一件も、もう噂になってるかもしれませんよ」

「それは……たしかにそうかもしれませんが」

「うん、謝るよりはリュカ君にお願いして、なんかこう、お礼の儀式みたいなのをしてもらった方が彼らもまた喜んでくれるんじゃないかなあ。冬の牡鹿祭(ソール)を、今年は特別豪華にするとか。儀式とは別に、またお席を作ってやったらどうでしょう。持ちつ持たれつ――クローマチェスト人は、気付かずともずっと精霊と一緒ですから」

「うん――うん、そうね」

顔のしわを深めてにかっと笑うトローエルに、エレノアも安堵して頷く。

 まだ先にはなるが、冬に行われる牡鹿祭(ソールケルウス)は、毎年使用人たちも楽しみにしている冬至の祭だ。ソールと略して呼ぶのが一般的だが、花樹鹿(かじゅろく)の神話から連なる祝祭で、春分にある祭は牝鹿祭(ウェールケルウス)、あるいは単にウェールという。

 この二つはそれぞれ太陽と春を意味する言葉で、牡鹿祭(ソール)は白の鹿の王が司る太陽の再生を祝う祭日だ。この日を境に、少しずつ日が延びていく。

 牡鹿祭(ソール)の日は誰もが休日となり、日中は各々が自由に過ごせる。夕方から夜にかけては居間や窓、扉などを飾り付け、太陽に力を与える火を灯し、精霊たちにも一年の感謝を捧げて家族とそろって豪華な晩餐をいただく――というのが大方のクローマチェスト人の慣例だ。

 シセラスのように寒い地域では感謝の言葉とともに冬や雪の精霊を讃え、「ともに静寂を愛し、心穏やかに過ごしましょう」と呼びかける歌なども歌われる。街の広場では丸太を組んだ大きな焚き火を燃やし、翌朝の太陽を迎えるまで入れ替わりで飲んだり歌ったり、踊ったりして過ごすらしい。

 雪害による被害を減らしたいという豪雪地帯に生きてきた人間たちの願いと、来たる春に向けての喜びの気持ちが組み合わさったお祭りだ。

 またエレノアのように上に立つ人間は、使用人たちにも贈り物を用意して、同じように一年の感謝を伝える。毎年の贈り物はなかなか悩みどころではあるが、楽しい悩みでもある。加えてエレノアは毎年贈り物に添えて手紙を書いており、皆、眠る前に読んでくれているようだ。広場でも同じように、街の富裕層から寄付された酒や食べ物が貧民にも振る舞われ、毎年トルテュフォレからも様々なものを贈っている。

 日照時間も少なく冷え込む季節の中にある、万人にぬくもりが与えられるべき、祝福された日。それが牡鹿祭(ソール)だった。

 そこに招待されたなら、精霊たちも喜んでくれるかもしれない。

「どちらもすごくいいアイディアだと思うわ。あとでリュカ様に相談してみます。ありがとう、トローエル」

「いえいえ。儂のお願いもお忘れなく」

「あら。その様子だと、もう気になっているものがあるのね?」

「ええ。それこそフィオ君の昔の家――エスタシオン家が編纂した古い図鑑で見ただけなんで、栽培なり品種改良なりしてあったとしても、今はどうなってるかもわからんのですが――もし苗木が手に入るなら、そうだなあ」

トローエルは目を細めて庭園を眺め、いくつかの場所を指差しながら嬉しそうに語る。

「あの辺かあの辺……それか、思い切って下(ベリー)に。そのオリエンスブルーの国では特に珍重されてる樹だそうでして。春になると山々を白く染め、樹齢数百年を経た大樹は自らの重みで枝がしなるほどの花を咲かせるんだとか。あちらでは神霊の()る樹といわれているそうで、これは一本育ててみたいなあ、と」

「へえ……それはまたすごい樹ね。おとぎ話や神話の中に、いくつかそういう特別な樹の話があるのを知っているけれど――クローマチェストに来てくれたら、春の精霊の住処になるのかしら。なんていう名前の樹なの?」

「ええと、たしかその国の言葉で……神様がサ、()する場所がクラだったかなあ。それで神霊の依る樹、と。だから、そうそう。――サクラという花木です」

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