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精霊の幸う国の古城管理人【第一部完結済み】  作者: 橘 佐和
第八章 嵐のガーデン・ティーパーティー

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 エレノアの言葉とともに、各テーブルに使用人たちが一人ずつ付いて、ガラスのティーポットを準備していく。

 大きめのポットの中には、あの夜と同じように様々なものが詰められていた。小花のドライフラワーや苺やベリーのドライフルーツ、ほんの少しのスパイスと蜜砂糖。減らされた蜜砂糖の分は、果物の汁で着色された小さな砂糖菓子コンフェイトが足されていた。乾燥した花やスパイスの赤みを帯びたブラウンと、砂糖菓子コンフェイトのワイン色の取り合わせがなんとも秋めいている。

 エレノアはガルニエ侯爵家の着いたテーブルで、丸く閉じた大きなドライフラワーが二つ入った小箱を開く。たった今、工房から秋用のコサージュが届いたのかと思うほど丁寧に収められているそれを、シュガートングを使い最後の仕上げとして丁寧にポットに入れる。

 客人たちは皆、各々のテーブルで不思議そうにそのポットを眺めていたが、お湯が注がれるとあちらこちらから感嘆の息が漏れ、あるいは子供たちからは純粋な感動の声が上がった。

 秋の澄んだ空気が、まるで花蜜ネクターに浸ったように一斉に甘く、華やかになる。そこにシナモンやカルダモンなどのスパイスが奥行きを付け加え、客人たちの五感にますますの刺激と期待をもたらしていく。

「わあ――すごい、綺麗だね……!」

「はい……こんなにも美しいお茶、わたくし初めて拝見しました……!」

 ポットの中で寄り添いながら、ゆっくりとほころんで色を取り戻していく花。やわらかにたわむ絹織物にも似た花びらが、大きくふんわりと開いていく。それは徐々に皆が見慣れた形になり、クラウスとアリーチェも二つ並べられたその花がなにを意味するのか理解して、はにかみながら目配せした。

 薄いべにを溶かした、暁の空の色を宿すロゼッタの花。花がほころぶにつれて、ポットの湯もうっすらと赤紫色に染まっていく。少しポットを揺らせば花たちもゆらゆらとたゆたって、いっそう色濃く変化していった。

 そこでエレノアは、脇に置いてあったレモンの乗った小皿を二人の前に進める。

「どうぞ最後は、主役であるお二人の手で。あまり搾りすぎると、酸味はもちろんですがスパイスの苦みが目立ってしまいますので、ゆっくりと」

「味の想像がまったくつかないな。ドライフルーツも入ってるし、ストロベリーティーみたいなかんじかな」

「ええ――でもこの蜜砂糖。きっと、甘いお茶なのでしょうね。いただくのが楽しみです……!」

「アリーチェは蜜砂糖の欠片を舐めながら仕事するくらい、甘い物が大好きだもんね」

「まあ、蜜砂糖をですか?」

「もう、クラウス様――それではわたくしが、おかしな味覚の持ち主のように思われてしまいますわ。難しい書類を見続けていると疲れてしまうので、そんなときに、お白湯さゆと一緒にちょっといただくだけです」

 驚くエレノアに、アリーチェはばつが悪そうに答える。が、クラウスの微妙な表情を鑑みるに、どうやら「ちょっと」の量ではなさそうだ。だがそこは流し、エレノアも悪戯っぽく同調する。

「でしたらきっと、こちらのお茶もお気に召していただけるかと存じます。わたくしも甘いものに目がなくて、城のコックにそそのかされて齧ってみたことがありますから」 

「エレ姉様も? ――ほら、やっぱりおかしなことではありませんわ」

「そう、だね……」

アリーチェはなぜか得意気に、くし切りにされたレモンをつまみクラウスを促す。クラウスは苦笑いをしていたが、レモンを取ると気を取り直したようにアリーチェと寄り添い、小さく「せーの」と囁きあって指先に力をこめた。

 他のテーブルでも、同じように選出されたメンバーがレモンを手におそるおそるポットを覗いている。子供たちはまだ手遊びでその役を競っていたが、他のテーブルの大人たちの歓声とともにその動きを止めると、慌ててテーブルに戻って早くレモンを搾るよう親たちを急かした。そしてその焦った声は、すぐに勢い余るほどの歓声に変わる。

 ――ポットの中の少し黒みを帯びた赤紫色は、レモンを搾るとそこからあざやかに発色し、最高級のルビー色へとみるみるその色を変えていく。

 エレノアが庭を見渡せば、各テーブルの使用人たちも皆にこやかな笑みを浮かべている。そして主役の二人も、心から今の時間を楽しんでくれているようだった。

「なんて素晴らしい計らいですの、こんなの初めて――まるで魔法みたい! 中のロゼッタの花も、いっそう色付いて見えますわ……!」

「本当に――これはすごいよ、エレ姉さん! 王都にだって、こんなお茶を出してくれる場所はないよ!」

「喜んでいただけたようで何よりです。お二人の未来が、このロゼッタの花のように明るく華やかでありますように――トルテュフォレの者一同より、ささやかではありますが、お祝いの気持ちをこめてご用意させていただきました。目でも舌でも、ぜひご賞味ください」

蓋をポットに戻し、同じくガラスのティーカップに少しずつ注ぎ分けていく。改めてお茶をカップに注げば、湯気とともに芳醇な香りがふわっと鼻孔をくすぐった。

 エレノアからカップを受け取ったアリーチェは、カップを軽く空にかざし、きらきらと光を宿して揺れる水面に目を細める。それからクラウスと二人、やはり同時にそれを含めば――途端に満面の笑顔になって、その顔のまま互いに見合わせた。

「すっごく甘い――やっぱりこれは、アリーチェ向きだ」

「ふふっ、そうですわね。でもすっきりとしていて、甘酸っぱくて美味しい。それにこの、ふくよかな香り……なんだか、幸せを溶かしたものを口にしているみたい」

「そっか――なら、今の僕たちにぴったりのお茶だ。だって僕、今すごく幸せだからね」

「もうっ、クラウス様ったら……! ……わたくしもですわ」

 若い恋人たちの戯れは、常の社交界であればはしたないと揶揄されるような光景なのかもしれない。しかし今は、老若男女まるで童心に返ったかのように目の前の不思議な花のお茶を楽しみ、甘い空気に浸りながら無邪気な笑みを満面に湛えている。

(よかった……)

 予定よりタイミングは早まってしまったが、エレノアはほっとして肩の力を抜いた。先程までの険悪なムードは、今は微塵も感じられない。

 一足早くカップを空にしたアリーチェは、エレノアにおかわりをもらいながらカップを見つめる。

「でもどうしてこちらの街では、ロゼッタの花がこんなにも好まれるのでしょう? たしかに見目よく香りよく、美しいお花ではありますけれど……」

「ああ、それはね――」

「およしなさい、クラウス」

言いかけたクラウスを、母であるガルニエ侯爵が制止する。しかしその声は先程までと比べるとどこか頼りなく、居心地が悪そうだった。

 息子であるクラウスは形をすくめながら、こっそりとアリーチェに語りかける。

「母さんの左手の薬指を見てごらん」

「ええ――結婚指輪かしら。中央の花蜜石ネクターストーン、とても素敵なお色ね。そういえば、少しこのお茶の色に似ているような……」

「そう。母さんのあの指輪は、父さんが育てたロゼッタの花から採れた花蜜石なんだ」

「まあ――そうでしたの。夫婦が愛の誓いを立てて、精霊に祈願して花を育てる風習があることは存じていますが……それが叶った話はなかなか聞きませんから、お義母かあ様と亡きお義父とう様は、本当に心から愛しあっていらしたのですね……」

「そうだね――僕はあんまり覚えてないんだけど気性も穏やかな人で、意地っぱりで気が強い母さんにはぴったりだったって、お祖父様やお祖母様が未だに言ってるよ」

「クラウス、聞こえていますよ」

ガルニエ侯爵はため息とともに、左手の薬指に視線を落とす。

「その呑気な人柄だけを買われた親の決めた結婚で、生まれつき体の弱い一代貴族の次男なんか、ちっとも好きじゃありませんでした。家柄も釣り合わないし。でもあの人はいつもにこにこして、わたくしが冷たくあしらっても、しばらく経てば何事もなかったかのように接してきて――うっとうしかったので、言ってやったのです」

 ――わたくし、ロゼッタの花が好きですの。もしあなたの育てたロゼッタの花から採れた花蜜石ネクターストーンで指輪を作ってわたくしにくださったなら、わたくしもあなたを夫として認めます。

「まあ……」

アリーチェは丸く目を見開く。それは社交界で女性が男性をふるときによく使う、お決まりの文句だったからだ。花はなんでもいいが、花蜜石の希少性は誰もが知っている。だから男性も、普通はそれを言われたら潔く諦めるのが作法のように考えられているところもある。

「でもお義父様は、諦めなかったのですね……」

「ええ。雨の日も風の日も。裏庭の片隅に植えたたった一本のロゼッタの苗木を、庭師にあれこれ聞きながら毎日一生懸命、世話していました。可能性を高めるなら何本でも植えればよかったのに、馬鹿正直に。――それでわたくしも、情が移っただけです」

「情って――まったく素直じゃないんだから」

クラウスは困ったように笑う。

 その夫が持病で亡くなった後、ガルニエ侯爵は裏庭一面にロゼッタの花を植えさせた。それからは両親がどれだけ勧めても頑として再婚せず、忘れ形見のクラウスを大切に育ててきた。肖像画の前で幼いクラウスを抱きながら、亡き父の誠実さや愛情の深さを語り、「お父様のように、賢く優しい男になりなさい」と何度も説いた。そして毎年命日には、裏庭のロゼッタの花を自ら包み、大きな花束にして夫の墓に参っている。

 エレノアもよく知る、ガルニエ侯爵夫妻にまつわる話だ。

 その話はすぐに社交界に伝わり、特に若い夫婦などが好んでロゼッタの花を邸宅に植えるようになった。それはもちろん、目には見えない深い愛の象徴として。やがてそれは庭師や職人を通して少しずつシセラスの住人の間に広まり、今ではごく当たり前に庭先や玄関先、公共の場などにロゼッタの花が植えられている。

 花の街と謳われるシセラスは、ガルニエ侯爵の不器用な愛情と、亡き夫の一途な愛情が育んだ街だった。

「ブライアおば様にとって亡きご主人は、大樹を優しく包んでくれる風のような、その頑強な根を穏やかに受け入れてくれる大地のような、そんなお方だったのでしょうね」

「素敵ですわ……そしてそんなお二方の、愛情深いご気性を受け継いだのが、クラウス様ですのね」

ガルニエ侯爵はなにも答えず、目を閉じて甘いお茶を口にする。ただその頬にはほんのりと、ロゼッタと同じ色が差していた。


 そしてその間、アーノルドはといえば相変わらず不機嫌そうな顔で、木陰に用意された休憩用の椅子に座していた。そこへエレノアがカップを届ければ、露骨に迷惑そうに対応される。

「アーノルド様もぜひ」

「いや、結構だ。マナー違反だぞ、トルテュフォレの女主人」

「もちろんわきまえております。ですが、妹さんのお祝い事ですから」

休憩用の椅子にいる間は、原則として使用人以外は話しかけない。それも体調を伺ったり、水やお茶の要不要を問うときだけ。それでもアーノルドは渋々カップを受け取り、舐める程度口にする。

「なんだこの甘い茶は……」

「お口に合いませんでしたか? でしたら、冷たいレモネードを」

「……いや、いい」

無言のまま、再びカップを傾けるアーノルド。どうやら兄妹そろって甘いものが好きらしい。こちらが落ち着いて接すれば、実直と評されるぶん非常にわかりやすかった。

「――ああ! やはり頭を使うお仕事をなさっているからかしら。疲れたときには、やっぱり甘いものですものね。なにかお菓子もお運びいたします」

「なにを一人で納得しているか知らないが、これから監査を行う場所で菓子など食していたら接待を受けたように見えるだろう。それこそ買収や忖度を疑われる」

「お茶とお菓子で買収できるようなお方ならば、わたくしどもにとっても大変結構なことではございますが……でしたら、単価の高いお菓子からいくつか並べてお持ちいたしましょうか? 本日の収支会計もしっかりと記載いたしますから、調査の一環ということで」

「そ――いや駄目だ、その手には乗らんぞ。いいか、トルテュフォレの女主人。このお茶もあくまでも妹アリーチェのためであって、私が所望したものではない。いいな」

「……損な性格でございますわね」

「君も失敬だな」

「エレ! そんなヤツほっときなさい!」

「……」

遠くからのリンの野次に、アーノルドは無言のまま固まる。しかしすぐに目を逸らすとカップの中のお茶を飲み干し、おかわりを要求してくるのだった。

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