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その後のガーデン・ティーパーティーは、少しずついつもの空気を取り戻していった。
メイドたちは手際よくカップの回収やティーフーズの補充を繰り返し、トローエルは熱心な客人に庭の案内や植物の説明をし、ウィシュカはロングテーブルを訪れる子供や紳士淑女たちと軽快なおしゃべりを楽しみながら、お茶やお菓子をおすすめする。
客人たちも一丸となって花開くお茶を楽しんだおかげか、纏う空気も朗らかで――寡黙な人が会話のきっかけにして行き会った人と話し込んでいたり、普段は話さないような人同士が話していたりと、皆口にはせずともその愉快な雰囲気を堪能しているようだった。
アリーチェやクラウスと年の近いご令嬢、ご令息たちはこぞって二人のテーブルに向かい談笑し、職人組合の親方たちも街の有力者たちの元で挨拶や営業を行い、有力者たちも贔屓の職人には日々の働きのねぎらいやお礼の言葉をかける。カルロ夫妻もまたガルニエ侯爵や警備隊の運営元に属する人間の元を回り、仕事や子供の話をしていた。
ただ先の一件は、おかしなふうにリンを目立たせることになってしまったようだった。
「凛々しくて勇ましくて、とっても素敵でしたわ、リンお姉様……! 私、思わず見とれてしまいました」
「まさしく男装の麗人……いいえ、レコンフォール様をかばい悪漢の前に立ちはだかるお姿は、物語に登場する美しい女騎士のようでした……!」
「なに? 姉様ってなに?」
年若い令嬢たちに囲まれ、途中からそれに辟易したリンはパトリックに乞うて茶会のマナーを教えてもらったらしく、わざわざアーノルドから一番離れた休憩用の椅子に座り、しばらくはお菓子とサンドイッチを食べることに専念していた。
そんな一連のやりとりに耳をそばだてつつ、エレノアもパトリックの元を訪ね、うなだれるように頭を垂れる。
「せっかくお招きさせていただいたのに、先生には情けない姿をお見せしてしまいました……申し訳ありません」
「とんでもない。君が自分で言ったとおり、君の人生はまだまだこれからじゃないか。人が育つには、時間と善き言葉が必要だよ。亡きお祖父様や君を大切に想ってくれる人たちの、真摯な助言と愛情を取りこぼさないよう、少しずつ進めばいい」
「そう、ですね……。時間と言葉と――さらに何かを為そうとするなら、わたくし自身も身の内に確たるものを持っていなければならないのだと、今日は痛感いたしました……」
それが何なのか、今はまだ上手く言葉に表せない。しかしパトリックは穏やかに笑みながら深く頷き、肯定してくれた。
「それを知るか知らないかで、君の家令としての人生も随分と変わるはずだよ、エレノア君。良き学びを得たようだね。それにしても――今日は素晴らしい時間を本当にありがとう。君のその学び続ける姿勢も、美しい祝い茶の心遣いも――なにから自慢すればいいのかわからないくらい、素敵な時間だった」
「パトリック先生……ありがとうございます」
やはり先生も、いつまで経っても先生だった。
エレノアは約束どおり引っ越し先の住所を控えさせてもらい、その後はヘンドリックとソワレを伴って、先のお詫びと新たな城の住人の紹介を繰り返しながら、街の主だった面々を訪ねていった。
そしてここでようやく渡り鳥商会の支部会長と対面を果たし、それとなく先の隊商の話も聞くことができた。
「先日も郵便で一報が入りましてね。事務方の話では無事すべての積荷がさばけたようで、私も一安心です」
「そうでしたか――」
その一言で、エレノアも肩の荷が下りる思いだった。思わず顔が緩んでしまったが、アーノルドの目もあるのでそれ以上は問わず、他の客人に接するように接する。
「それはなによりでございました。またぜひお城の方にも、お土産話と一緒にいらしてください」
「お土産話と言わずに、ぜひお土産も。質のいい毛皮や毛織物をたくさん仕入れたそうでしてね。冬山越えになる前には戻る予定ですので、お城の皆さんの冬支度にでも――そうだ、新しくいらしたという旅の画家さんにいかがですか。どちらからいらしたか存じませんが、お城の冬は慣れぬ者には少々お辛いかもしれませんから」
「そうでしたわ――思い返してみれば、拝見したスケッチは温暖な地域の雰囲気のものが多かったような。舟でものを売る男性や、ビーズ細工の衣装を纏った老年の女性の絵がありました」
「ああ、それならやはり南方の出のお方でしょうな。でなければクローマチェストを出て、大陸の端までお訪ねになっているかもしれません。旅慣れている方でも、やはり山近いシセラスの冬はそれなりの支度が必要でしょうから」
「はい。でしたら――ソワレの分も含めて、男性物をいくつかお願いしてもよろしいでしょうか? ただ画家様の方は、物に対して変に知見が広く、見る目も厳しいので……ご面倒をおかけするかもしれませんが」
「面倒だなんてとんでもない、商人としては腕が鳴りますよ。やはり芸術家というものは、鋭い感性や本質を見抜く力をお持ちでしょうから。お任せください」
と、冬前に一度城に上がってもらうことを約束し、支部会長とはそこで別れる。孔雀の羽根とエレノアとの思い出話をここぞとばかりに語り、ついでに商会や仕入れた品の宣伝をしていく姿は、たくましいとしか言いようがない。
「お城の冬は、それほどお寒いのですね……」
「それは、トルテュフォレに限ってかもしれないわ……」
その背を見送りながらこそりと話しかけてくるソワレに、エレノアは片手を頬に当て、困ったように答える。
「隙間風と広さと、石が冷気を溜め込むのと……。多分、ここにいる皆さんのお家の方が、暖かいでしょうね」
「そんなに違うのですか?」
「それでも今は、ほとんどの窓にガラスが嵌めこまれているから……多少はましになっているはずなのよ。内装に手を加えるのはどうしても本丸や客間優先になるし、さすがに命の危機を感じるようなときには対処するけれど、慣れるまでしばらくは耐えてちょうだいね。――でも大丈夫よ、なにを置いても食糧と、薪や燃料になる花蜜の蓄えはあるし。あとは冬の精霊にお祈りするだけだから」
「そうですか……頑張ります」
(あら?)
ソワレが不安にならないよう努めて明るく言ってみたのだが、とても頑張る雰囲気の声ではない声で返事をされる。だが、こればかりは致し方ない。それに寒いことも、悪いことばかりでもない。
それからも機を見てはなるべく多くの客人たちと言葉を交わしていくが、特にこの地で生まれ育ち、人生の折り返し地点も過ぎた年配の客人たちは、皆エレノアをねぎらうように声をかけ、ヘンドリックやソワレにもしっかり支えになるようにと言い重ねていた。
「気にすることはありませんよ、エレノアさん。あなたのお祖父様、そしてご両親は、非常に素晴らしい方々でいらっしゃいました。その精神は、しっかりあなたにも受け継がれていますよ。ヘンドリックさんもよく仰ってくださいましたね、胸がすく思いでしたよ」
「まったくです。今のシセラスがあるのは、トルテュフォレの多大なる貢献あってこそ――誰に何を言われようとも私たちは、子供や孫たちにこの偉大な城の歴史を語り継いでいきますから。あの無粋者を除けば、本日はいつにも増して良い催しでした。ソワレさんも、これからお願いいたしますね」
その途中から、良く言えば引き締まった、悪く言えば難しい顔になってしまったソワレ。ちょうど波が途切れたところで、ソワレはエレノアとヘンドリックの前に歩み出ると、なにか思い詰めた表情で訴えかけてきた。
「あの――エレノア様、ヘンドリック様。私から一つ、お願いがあるのですが」
「どうした」
ヘンドリックが応じれば、ソワレはまっすぐに二人を見据え言葉を続ける。
「エレノア様に代わり、パーティーの終わりのご挨拶を私にさせていただきたいのです」
「まあ――」
ソワレの申し出は、エレノアに取っては驚きを伴うものだった。あまり積極的でないたちのソワレが、この大勢の中で一人舞台に立つという。なにか思うところあってのことだろうが、それを口にしたことに相当な決意が感じられた。
「ソワレ、急にどうしたの?」
「エレノア様――私は今日一日を経て、あなた様とこのトルテュフォレにお仕えすることの重さや深さを、改めて知ることができたように思うのです。ですが今の私では力不足で……ヘンドリック様のように知であなた様をお守りすることも、ご友人のように心であなた様の前に立ちはだかることも、できませんでした」
「ソワレ――けれどそれは、あなたの落ち度ではないでしょう? わたくしと同じ、これから一緒に学んでいけばいいし、その気持ちだけでわたくしも救われるのですから」
「ですが、やはり……ああいった場面で何をすればいいのか、わからなかった自分が情けなくて。……ただ、そんな今の私であるからこそ、一つだけ確実にできることがあるのです。……機会をいただければ……」
ソワレは眉や口元に苦みを刻みながら、声を噛みつぶすように答える。
「……どう思う? ヘンドリック。さすがにホストであるわたくしがご挨拶をしないのは失礼に当たりますから、その後に新たな城の住人として、もう一度ご挨拶の時間を設けるというのは」
まるで花がひしゃげるように痛々しいその面持ちに、ヘンドリックを窺えば、手を顎に当てなにかを考える素振りをしていた。それからちらりとウィシュカが控えるロングテーブルの方を見遣ると、再びソワレに向かい合った。
「ソワレ、まさか――いるのか?」
「――はい」
「そうか……」
「お願いします、ヘンドリック様。一瞬でも貶められたこのトルテュフォレの栄誉、私が必ずや取り戻してご覧にいれます」
「待って、なにをしようというの?」
「エレノア様」
慌てるエレノアを、ヘンドリックが止める。
「私が口で説明をするよりも、一度実際にご覧になった方がよろしいでしょう。それに――本日は少々、エレノア様にもお辛い想いをさせてしまいましたので。わずかばかり、心のよりどころになるものをご覧に入れてもよろしいでしょう。そしてそれは、私には叶いませんが、ソワレには可能であるというだけのこと。ご参列の方々にも、悪さは致しませんかと」
「それって……ちょっと待って、考える」
心臓がどきりと一度大きく波打つ。先程のヘンドリックの視線と言葉に、あることが頭に浮かぶ。しかしそんなことが可能なのだろうか。エレノアの知る限り、人間でそれができるのは――遙か古の建国譚や英雄譚で謳われるような、おとぎ話の人物だけだった。
「……嘘じゃないのよね? わたしの思い込みや間違いでもないのよね? でもどうして? 赤ちゃんのうちは見えるとか、稀に成長してもそのままの子がいるとは聞いたことがあるけれど、大抵は大人になるにつれて見えなくなるって……ソワレは違うの?」
エレノアがロングテーブルをちらりと覗き見れば、ヘンドリックはそれを肯定するように頷き、それからソワレに短く告げる。
「任せる。後のことは気にしなくていい」
「――はい!」
ロングテーブルに、最後の銀盆が並べられる。メリッサがお土産の花束の準備を始めると、客人たちも名残の雰囲気を感じ、今日の所感を語り合ったり明日からの日常を憂いてみたりと、会話に変化が出てくる。
ガーデン・ティーパーティーも、終盤であった。




