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夢想家タックンと妖精たちの森  作者: マーク・ランシット


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18/22

決戦の日

 静かに目を開くと、霧の上にラベンダーのお花畑が浮かんでいた。

 その中央に、恐ろしい顔のオオカミが立っている。狼の化身ダグラーだ。


 結婚式だというのに、戦闘用の鎧を身にまとっていた。彼の周りを武装した犬の化身達が取り巻いている。


 ダグラーは、僕から受けた傷をあの鎧で隠している。僕は勝手にそう思った。

 僕はと言えば、白い着物に黒の袴の弓道衣を着用し、頭にはおじいちゃんの鉢巻きを巻いている。


「君の射的が成功しても、奴は素直にあの地を引き渡したりなどしないだろう。ただの茶番だったと言うことだ」

 ロビンが、腕組みしたまま吐き捨てた。ロビンの横では、ナデットが難しい顔をしている。見渡すと、こちら岸にも沢山の妖精の騎士たちが、武器を手にして立っていた。


「やるだけ無駄だ。失敗すれば姫を奪われ、成功しても得られるものは何も無い」

 ロビンが繰り返す。ナデットを説き伏せているのだろう。


「どう思う?」

 ナデットが、僕に聞いた。


「射的に成功すれば、結界は解かれるのか?」

 大人の弓を弾ける為に、僕の身体はお父さんくらいに成長していた。それに引き摺られて、声も言い方も大人のそれになっている。


「あのプレートを破れば、結界も破れる」

「だったら、遣ろう。それを合図に、一斉に攻撃を開始する」

 

 ロビンが、驚嘆した顔で僕を見た。ホンの3日前の一之瀬卓也とは、全く違っていた。

 


「出来るのか?」

 ロビンは、まだ信じていない。


正射必中せいしゃひっちゅう

 老師に頂いた言葉を口にした。

 指導中、プレッシャーに負けそうな顔をした僕に、老師は力強くそう言い放った。

 正しく射れば、必ず当たるという意味だ。


 僕の言葉を待っていた様に、ナデットが右手を上げた。射的を行うという合図だ。


 向こう岸のダグナーが、勝ち誇った様にほくそ笑んだ。

(引っ掛かったな、一之瀬卓也)ダグナーの合図で、まるで十字架の様な装置が運ばれて来た。


 白いドレスの女の子が、Tの字に手足を縛られ、頭の上に、銀のプレートが固定されている。

 少女は、悲しげに下を向いていた。


 僕は、その少女を知っていた。

 しかし、今は何も考えなかった。ただ、あのプレートを射抜くだけだ。

 白と黒の弓道衣が、僕の心を不思議なくらい落ち着かせてくれている。


 弓は、あの大弓を左手に持っていた。ナデットが指を弾くと、ダックスフントの妖精が、2本の弓を口に銜えて持って来た。妖精たちに依って磨き抜かれた矢だ。


 僕は、それを右手に持った。


 足元を見ると、一畳分の畳が敷かれている。

 僕は、足袋の裏で安定具合を確認した。問題がないと判断すると、弓を構える方向に姿勢を正した。

 そして、ゆっくりと目を閉じた。


 まず最初に、周りの妖精たちの、息遣いを感じた。

 やがて、遠くの鳥のさえずりを近くに感じた。その感覚は、やがて向こう岸のダグナーの心臓の響きまでも感じ取った。


 しばらくすると、それらが混然と一つにまとまり、ただの雑音になっていく。


 僕は、それらが収まるのをまって、静かに目を開いた。

 そして、ゆっくりと足踏みを行った。下半身を安定させると、胴造りをし、弓構えで漠然とプレートを眺めた。


 引分けの時に、突然、的であるプレートが僕に囁き始めた。

「お前には無理だ。お前には無理だ・・・」


 魔女の魔法かも知れないし、僕の心の乱れかも知れなかった。

 両肩に力みが生まれた。はっきりと震えも感じた。このままでは失敗すると思った。


 僕は再び目を閉じた。


 ウイーーーン。

 頭の中のコンピュータが、老師のデータベースにアクセスした。

 そのイメージをベースにして、的までの距離や方向のデータ、現時点での僕の筋力などを計算し始めた。


 チーーーーン。

 心の目を開けると、辺りは暗闇だった。

 遠くに満月が浮かんでいる。まるで、一人でポツンと真夜中の草原に立っている様だった。


「会は、永遠の引き」

 データベースの老師が囁いた。その言葉の通り、僕は満月に向かって、矢を引き続けた。


 ギシ、ギシ、ギシ。

 弦がしなる音が続いている。しかし、矢じりの先は、微動だにしない。


 一瞬、弓手の先で風が止まるのを感じた。


「放てっ」

 老師の声がした。僕は、一気に矢を放った。


 ヒューーーーーー。

 闇を切り裂く音がした。残心ざんしんの姿勢のまま、僕は何も考えず、何も期待しなかった。


 永遠に、時が止まった様に思えた。


 パーーーンという、小さな音がした。


 うおおーーーっ、という歓声が僕を包んだ。


「進めーー」

 ナデットと、ロビンが、声を振り絞った。


 ドドドドドーーー、という地響きが、ワーーっという歓声とともに辺りにこだました。


 夢から目覚めた様に目を開けると、あの岸へと続く道が出来あがっていた。

 羊に跨って駆けてゆくロビンが振り返った。指笛をピューーっと鳴らすと、ついて来いと手招きをした。


 メーーエ。

 青い耳の羊が駆け寄って来た。僕は残っていた1本の矢と弓を左手に持つと、羊に飛び乗った。


「ハッ」

 羊の腹を蹴ると、メーーっと、一鳴きして全力で走り出した。

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