ダグラーの襲撃
その夜。
夢の中で、僕は妖精たちの森の中にいた。
30メートルほど離れたところに、木があった。
その木にはウサギの妖精、ベンジャミンが括りつけられている。そして、彼の頭の上には30センチの的。
スパーン。
僕の放った矢が、その的の中央に突き刺さった。
「ズゲーー・・」
僕のすぐ横にいるヒヨ子の野太い歓声があがった。
ベンジャミンの目が、手裏剣の十文字に変わった。彼が驚いた時の表情である。
「タックンはんは、たった一日でこんなにウモーなりはったんどすなー。うち惚れてしまいますドスエー」
ヒヨ子が、クネクネと近寄って来る。
ブサッ。
僕は、弓の下の方でヒヨ子のお腹を押した。
あーれー-。
ヒヨ子は重心を崩して、数回転がった。
「僕の集中の邪魔をするな。ベンジャミンの頭を打ち抜いてもいいのか?」
「ベンちゃんは、ああ見えて不死身なんドスエー。なんならいっぺん、頭を狙ってクダサンショー」
「なんじゃ、そのクダサンショーって?」
「オクンナマシーの事で、おじゃるよ」
なんだ、そのオクンナマシーって?
「あー、うるさい」
怒った僕は、1メートルの距離にいるヒヨ子の頭に狙いを定めた。
ギョッ。
ヒヨ子は黒目だけの瞳を、3倍に膨らませてフリーズした。
「ベンジャミンが不死身なら、ヒヨ子も同じじゃないのか?」
僕の質問に、ヒヨ子はどこにあるのか分からない首を右側に捻った。
通常の3倍の大きさになった黒目が、額の中央部に向かって移動していく。
どこから引っ張り出して来たのか、羽毛だらけの額の中央に、困った時に出来るシワが浮き上がって来た。
「ワチキニハ、分からんことでオジャリますドスエー」
自分の命が掛かっているというのに、なんという大胆不敵さ。
あっぱれという思いと同時に、僕はいっぺん試して見たい衝動に駆られた。
しかし、例え夢の中とはいえ、友達のヒヨ子を打ち抜くなんて出来なかった。
その時だった。
グサッ。
まさにヒヨ子の脳天に一本の矢が突き刺さった。
いでー--!
ヒヨ子はそう叫んで、地面にゴロンと倒れ込んだ。
赤い血が噴出し、ヒヨ子の白い額を流れ落ちていく。
「誰だ?」
僕は、矢の飛んで来た方向を向いた。
40メートル程向こうに、毛むくじゃらの野獣がいた。丁度、弓を弾き終わった姿勢をしていた。
狼の凶暴な顔。血走った目。牙の間から垂れ下がった長い舌。
不思議な事に、橋すらない渓谷の空間の上に立っている。
「ダグラー・・?」
「一ノ瀬卓也。ロビンの吹かせた風に助けられたな。次はお前の脳天をぶち抜いてやる」
ダグラーは、素早く次の矢を引き抜き、射的の姿勢をとった。
しゅるるるー-。
鋭い矢が、僕の頬をかすめた。
ダグラーの射程能力は30メートル。40メートル先からではやはり精度は落ちる。
「タックン、撃ち殺せ」
ロビンの声がした。
僕は、言われるがままに、矢を放った。
ぐさっ。
胴を狙った矢はわずかに外れ、ダグラーの右の太ももを貫いた。
グエッ。
ダグラーの毛むくじゃらの足から鮮血が噴出した。
歪む顔。たった一日で、これほどの腕に・・・。
勝ち目がないと、犬の背中に跨る。
逃げ出す、ダグラー。
一ノ瀬卓也から50メートル離れたところで、ヒュルヒュルと自分を追いかけて来る矢の風切り音。
グエッ。
左の脇腹に突き刺さる矢。
一ノ瀬卓也から60メートル離れたところで、ヒュルヒュルと自分を追いかけて来る矢の風切り音。
グエッ。
左の肩に突き刺さる矢。
恐怖に引き攣るダグラーの顔。
一ノ瀬卓也から70メートル離れたところで、ヒュルヒュルと自分を追いかけて来る矢の風切り音。
キャイイイイーーーン。
乗っている犬の後ろ脚に突き刺さる矢。
ぐあー-。
霧に包まれた空間に放り出されるダグラー。
別の犬に跨るダグラー。
もう追って来る矢は無かった。
「70メートルか。もう一歩だね」
いつの間にか横に立っていたナデットが言った。
「こっちの森には来れない筈だよね」
「魔女の企みだろう。君を動揺させる為にダグラーに狙わせたんだろう」
僕はラベンダーの草原をヨタヨタと逃げていくダグラーの姿を見つめていた。
「結果的には、動揺したのはあっちの方だったけどね・・」
僕は、ハッと我に返って後ろを振り返った。
ヒヨ子は依然として、地面に転がっていた。
ヒヨ子の方に歩き出そうとする僕に、ナデットが言った。
「放っておいて大丈夫だよ。いい気持ちで眠っているだけだから・・」
やっぱり、ヒヨ子は不死身だったんだ。と僕は感心した。




