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夢想家タックンと妖精たちの森  作者: マーク・ランシット


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15/22

おじいちゃんといっしょ

 お父さんとの約束では、ケチをつけた田中さんだったけど、射的の動作が始まると、場が息を飲んだ様に静まり返った。

 九州の大会でも優勝した経験を持つ田中さんの所作は、簡潔にして美しかった。


 射法八節しゃほうはっせつとは、射の基本動作を8つの節に分けて説明したものだ。


 的に向かって両足を踏み開く、足踏み(あしぶみ)から始まって、矢が放たれた後の姿勢である残心ざんしんまでの8節を言う。それぞれに、意味があり、極められた美しさがある。


 みんなが見ている前で、田中さんはその基本動作を2度繰り返した。

 田中さんの弓から放たれた矢は、パーーンという音を立てて、18メートル先の的に打ち込まれた。


 社交ダンスクラブの淑女たちは、矢が当たると大きな歓声を上げた。

 よく聞くと、その声にはキャーだけではなく、ギェーーーや、ゴッホッホの様な未知の声も混ざっていた。


 卓也は、田中さんの所作の一つ一つを、目に焼き付ける様に見つめていた。

 恐らく、彼の頭は高速で回転し、バーチャル空間の中で、何度もシミュレーションを繰り返していたに違いない。その証拠に、身体が小刻みに震えている。


「卓也くん。ちょっとやってみようか」

 田中さんが、正面で見ていた卓也に声を掛けた。


「はい」

 卓也は、弓を持って立ち上がった。


 おおーーー。地鳴りの様な歓声があがる。と、同時に、大丈夫なんかなーー、という不安の声もあちこちから聞こえた。いくら天才って言ってもまだ、あんなちっちぇー身体だもんね。


 ここから見る限り、卓也の顔に不安の表情は見えない。


「はい、そこでゆっくりと足を開いて・・」

 田中さんの指示に従って、射法八節の基本を行っていく。その動きに、ぎこちなさは見えない。


「初めてには、見えねーなー」

 誰かの言葉に、皆が頷く。

「ありゃー、ホントに天才じゃねーのか」


 パーーン。

 卓也の放った矢が、18メートル先の的の真ん中を貫いた。直後の、残心の姿も美しい。


 おおおーー。

 驚嘆の声は、その後も繰り返された。


「テレビが決まったら、こちらにお電話下さい。この不肖、田中重道が全力でサポートさせて頂きます」

 練習が終わって車に乗り込もうとしていると、後ろにいた田中さんが、お父さんに名刺を差し出した。



 その夜、僕はおじいちゃんと二人きりだった。

 お父さんは、昔の仲間との同窓会に、おばあちゃんは、カラオケの集まりに出かけて行った。


「凄い素質だって、岩見沢先生から電話があったぞ。噂では、卓也はIQ200の天才って事になってるらしいな」

 おじいちゃんが、相変わらず焼酎を飲みながら言った。お父さんのついた嘘を、むしろ楽しんでいる様に見えた。


「田中先生から、テレビ局の名前聞かれたよ」

 僕は、おじいちゃんのさきいかをクニャクニャと噛みながら言った。


「なんて答えたんだ?」

「チャンネル秩父」


「そんなテレビ局あんのか?」

「知らない。お父さんが、そう言えって」


・・・。しばらく、沈黙があった。


「弓道は、どうだ?」

「凄く楽しいよ。的に中てるために、一つ一つの動作を積み重ねていく。その過程が、なんていうのかな、雑念をそぎ落としていくっていうか、最後には、心が無になってるって感じ」


 ・・・。しばらく、沈黙があった。


 こいつ、子供か・・・? 

 おじいちゃんのつぶやき声が聞こえた。


 ・・・。かなりの間、沈黙があった。その間、クニャクニャという、さきいかを噛む音だけが聞こえている。


「おじいちゃんは、どうやってナデットに出会ったの?」

 僕は、ずっと心に引っかかっていた事を、口にした。


 フーーッ。おじいちゃんは、深く息をした。

「どっから、話そうかの」 


 ・・・。しばらく、沈黙があった。


「今から、40年も前の頃かな。ワシは都城高専という学校に通っとった。高専は、普通の高校と違って、5年制の学校で、機械工学を勉強していた。そこにインドからの留学生が入って来た。父親が政府の仕事で、日本各地の農業なんかを学んでいたらしい。


 来日して5年目で、日本語もペラペラじゃった。しかし、今と違って外国人の少ない時代だったから、みんなから相手にして貰えなかった。


 ワシは、違うクラスだったが、何人かにイジメにあってるという噂を聞いたんじゃ。ワシは、小さい頃から空手をやっていたから、イジメた奴をやっつけてやった。


 感激した彼は、ワシを家に連れて行って、両親に合わせてくれたんじゃ。

 ご両親は、ワシの事を物凄く歓迎してくれて、長い付き合いが始まったんじゃ。


 2年後に、彼はインドに戻る事になった。その時、彼がくれたのが、あのぬいぐるみじゃ。


 彼は、こう言った。このぬいぐるみには、不思議な力がある。大事にして欲しいと」


「その人の名前がナデットだったの」

「その通りだ。その時ワシは、もう17歳じゃったから、ぬいぐるみなんて恥ずかしかった。しかし、大事にすると彼に約束した。だから、親に隠して机の中にしまって置いたんじゃ」


「あっ、それともう一つ。そのぬいぐるみは彼のお婆さんが日本に行く孫の安全を祈って、彼の家の昔からの守り神であるベンガル虎の毛を編んで作ったそうだ。つまり、ナデットはネコではなく虎の子供という事じゃな」

「えっ、そうなの。僕、ずっとネコだと思ってた・・」


 おじいちゃんは、のどが渇いたのか、焼酎をゴクリと飲んだ。


 ・・・しばらく、沈黙が続いた。どこから話そうか考えているみたいだった。


「その年の秋に、クラスの仲間に学園祭に行かないかと誘われた。どこだって聞くと、聖ドミニコ学園だと言われた。ワシは断った。ワシは、硬派じゃったからの」


 硬派? コウハってなんだっけ?


「一生のお願いだと言われたが、ワシが断ると、自殺すると開き直られた。ワシは仕方なく、行く事に同意した」

「もしかして、女子高なの?」


 おじいちゃんは、僕の質問を無視した。焼酎の所為か、顔がすこし赤くなっている。


「仕方なくついて行くと、そこはまるでお花畑の様じゃった。ワシは、過去の2年間を無駄にしたと後悔した」

 おじいちゃんは、やけ酒でもあおる様に、一気に焼酎を飲み干した。


「とあるお汁粉屋さんで、ワシは天使に出会った。その笑顔が、目に焼き付いて離れんかった。ワシを誘ったクラスメートの目的も、彼女だった。気が付くと、周りには大勢の他校の男子生徒が集まっていた。その視線の先には、あの天使がおったんじゃ」


「おじいちゃん、もしかして、それっておばあちゃんのこと?」


 おじいちゃんが、物凄い目で睨んだ。

「カーーツッ、射法八節。物事には順番がある。事をせいては、仕損じるんじゃ」


 ペシッ。

 おじいちゃんの噛んでいた、するめの破片が、僕のオデコにくっ付いた。


 酔っている。焼酎と自分の話に・・・。


 こうなったら、最後まで聞くしかない。


「その日から、ワシの脳裏から天使の笑顔が離れることは無かった。寝ても覚めても、彼女の事を考えていた。ある日、ワシを誘ったクラスメートが青ざめた顔で報告した。彼女は、泉の野球部のエースと付き合ってると。泉とは、都城で一番の進学校である泉ヶ丘高校の事じゃ」


(そんなローカル情報、要らなくなくねっ?)

 僕は、心の中で舌打ちした。


「ワシは初めて、涙で枕を濡らした。虚しさに打ちひしがれた。ナーンモ手に付かなかった・・」

 おじいちゃんは、またもや焼酎を一気に飲み干した。


 ・・・しばらくの沈黙。


「その夜の事じゃった・・」

 おじいちゃんは懐かしそうに、目をつぶった。


「ジャン、ジャ、ジャーーン。夢の中に、ナデットが現れたんじゃ!」


 僕は、頭を抱えた。あの音は、僕のオリジナルじゃなかったんだ。


 継承。ケイショウってなんだっけ?


 僕は汚れた血の継承者だったのかも知れない。


「ナデットは、言いよった。諦めてはいけません。私が何とかしてあげましょうと。そして、運命のドラマが幕を開けたんじゃ」

 ここでおじいちゃんは僕にニッコリと微笑んだ。


 パチ、パチ。

 僕は、仕方なくゆるい拍手をした。そうしなければならないという、脅迫観念からだった。


「ただいまーー」


 おばあちゃんの声だった。僕にとっては、正に天使の声だった。


(おじいちゃん、天使様のお帰りだよーー)


 僕は、心の中で言った。声に出したら、拳固を貰いそうな気がした。

 

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