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夢想家タックンと妖精たちの森  作者: マーク・ランシット


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弓の修行2

「いやあ、驚きました」

 田中さんが、練習を見ていた一ノ瀬隆のところに近寄ってくるなり、こう言った。よく見ると、顔色がわるい。


「長年、初心者の指導をして来ましたが、卓也君ほど素質のある子は見たことがありません」

「そうですか・・・」

 隆は、言葉ではそう言ったが、心の中では違う事を考えていた。田中さんの表情に不安を感じた。


「弓師のお孫さんですから、もともと才能はあったんだと思いますが、あの呑み込みの早さは驚異的です。私の説明を、深いところで理解している気がします」

「深いところ・・・」

 田中さんの遠回しの表現が気になった。

 

「はい。弓道に限りませんが、初心者には、基本の基本を教えます。その基本には、後になって初めて気付く真理が含まれています。どんな人間でも、最初はそんなことは分からずに、言われた通りに真似するだけです。そして、遣っていくうちに、ボンヤリと、その意味に気が付いて行くわけです。つまり、何度も経験することが、絶対的に必要なんです」

「なるほど」

 だから、何が言いたいんだと思った。


「しかし、卓也君は一つポイントを指摘すると、その意味を・・・」

 田中さんは、そこで言葉を切った。


「シミレーションとでも言うんでしょうか。頭の中で・・。そう、バーチャル。バーチャルでの体験を行っている印象なんです。それも何度も、何度も。・・・頭の中で」


 隆は、その言葉に、ちょっと戦慄を感じた。ナデットの事が、頭に浮かんだ。


「どうして、そう思うんですか」

「アドバイスの後、卓也君は、目を閉じて何かを考える仕草をします。そして、その直後に手や、肩が小刻みに振動を始めるんです。初めは、それが何なのか、全く理解出来ませんでした。しかし、今思うと、それはバーチャルで経験を繰り返しているとしか考えられないんです」


 田中さんの顔は、青ざめていた。恐らく、卓也に恐怖を感じているのだ。

 そう、あの森で自分が感じたのと同じ恐怖を・・・。

 しかし、ナデットの魔法を知らない彼には、仕方のない事だ。ここは、嘘で誤魔化すしかなかった。


「ここだけの話ですが・・・」

 隆は、小声で囁いた。


「息子のIQは、200以上あるみたいなんです・・」

「えっ、IQってふつうは100くらいですよね」

「はい、日本人の平均が103です。それでも、世界3位です・・・」


「それが、200って言うと。ものすごい、天才って事になりませんか?」

「それを聞きつけたテレビ局が、おやじが弓師って事もあって、弓道を遣らせたらどうなるのかという企画を持ち込んで来たんです」


「テレビ局って、テレビ宮崎ですか、それともMRTですか?」

「いや、宮崎のテレビ局ではなくて、関東のテレビ局なんですけど・・・」


「えーー、全国放送ですかーー」

「まだ、本決まりって訳ではなくて、企画の段階なんですけども・・・」


「いや、いや、いや・・・全国放送ですかーー」

「いや、まだ、決まった訳ではない・・・」


「分かりました。この不肖、田中重道、全身全霊で指導させて頂きます」

「申し訳ないんですが、このことは誰にも言わないで頂けないでしょうか」


「も、もちろんです。誰にも、話しません」

 よっしゃーー、と自分に気合をいれると、田中さんは卓也のところに戻って行った。



 午後、近くのレストランでの昼食を終えて弓道場に着くと、田中さんが玄関で待っていてくれた。


「さっ、こちらへどうぞ」

 もともと、優しい人だが、今の田中さんの態度に、異変を感じた。


「あの、お金を払わないと・・・」

 受付を通り過ぎようとする田中さんに、お父さん私が言った。


「いえ、結構です。既に、この不肖、田中重道が済ませております。さ、その様なことはお気に為さらずに、弓道場に参りましょう」


 はあ? お父さんと僕は、不吉なものを感じた。


「卓也くん、がんばってねーーー」

 受付の女性二人が、卓也に笑顔で手を振った。


「くそっ。テレビ局のこと、みんなにバラシちゃってるな」

 お父さんは軽率な嘘を反省した。しかし、こうなった以上、続けるしかない。


「あれっ、この部屋じゃないんですか」

 お父さんの言葉を無視して、田中さんはそのまま、摺り足気味の歩き方で進む。


「午後からは、卓也くんの為に、広い場所を確保して置きました。通常は社交ダンスクラブの方が使用されているんですが、無理を言って空けて貰いました」


「きゃーーー、タクちゃーーーん」

 部屋に入るなり、歓声が上がった。


 部屋の中央に、ダンスの為の派手な衣装を身にまとった人たちがいた。

 よく見ると、ほとんどがおばあちゃんと同じくらいの年齢で、年齢と不釣り合いなお化粧をしていた。


 お父さんは、目の前を歩く笑顔満面の田中の肩に手を掛けた。そして、耳元に小声で言った。

「田中さん。誰にも言わないって、約束しましたよね・・・」


 田中は、みんなに笑顔を振り向きながら、やはり小声で答えた。

「あっ、大丈夫です。知っているのは、この人たちだけですから」


「この人たちだけって・・・」

 お父さんは大きくため息をついた。ダメだコリャ。


「みなさん、ご紹介しましょう。こちらが、天才少年の一之瀬卓也君です」

「きゃーーー、タックン。かわいーーーい」


 僕は、呪いの様な声援に、しかたなく笑顔で手を振った。

 少し顔がこわばったけれど、もう前の僕じゃない。

 ナデットの魔法の所為かも知れないけれど、成長している自分を感じた。


「すいませんが、中央は空けて頂けますかね」

 田中さんは、シッ、シッと言いながら、みんなを端の方に寄せた。すると、なんとそこには、弓道場さながらの的が現れた。


 オッホン。田中さんは、一つ咳をした。

「近的場にはおよびませんが、的までの距離が、18メートルあります。的の大きさは36cm。今日はここで、この不肖、田中重道が、射法八節しゃほうはっせつを徹底的に叩き込みたいと思います」


「きゃーー、シゲちゃーん。素敵ーーー」

 田中さんは、ご高齢の淑女たちに丁寧に頭を下げた。


 日本の精神的な武芸文化と、西洋の男女のみやびな文化が、イビツな形で絡みあおうとしていた。

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