おじいちゃんは弓師
「タクちゃん。もう起きなさい」
目を開けると、おばあちゃんの笑顔があった。
「もう、朝なの?」
「お父さんも、おじいちゃんも、タクくんのこと待ってるわよ。早く、顔を洗って来なさい」
おばあちゃんは、そう言うとドアを閉めて出て行った。
僕は、机の上のナデットを見た。昨日の夜の事など、無かった様な顔をしている。
よしっ。僕は、ベッドから起き上がった。僕に残された時間は、あと3日。3日後の夜には、魔女との対決が待っている。兎に角、動き出すしかなかった。
「おじいちゃん。ボク、弓が習いたい」
ご飯を食べ終わった後、お茶を飲んでいたおじいちゃんに言った。
言い忘れてたけど、おじいちゃんは弓を作っているんだ。
都城大弓っていう、有名な弓らしいよ。家の裏には大きな竹林があって、そこの竹を使って作るんだ。
「ほおか」
おじいちゃんは、僕の顔を見たあと、お父さんの顔を見た。
お父さんは、手を横に振って、自分が勧めたんじゃないと言った。
「卓也は、自分で弓を習いたいと思ったのか」
「うん。どうしても、80メートル先の的に当てなきゃいけないんだ」
「80メーターか。それは、驚いたな」
おじいちゃんが、楽しそうに笑った。
「80メートルって、もともと弓じゃ、届かないんじゃないかな?」
お父さんが、おじいちゃんを見ながら言った。
「何をいってるんだ、弓道家が大弓を使えば、400メーター以上飛ばせる」
「えっ、弓ってそんなに飛ばせるの」
お父さんが、心底驚いた声を上げた。
「弓師のセガレが、何を驚いちょるんじゃ。もっと勉強せい」
おじいちゃんは、お父さんを叱ると、僕には優しい視線を向けた。
「いつまでの、宿題なんだ?」
「3日後」
ほおーーっ、とおじいちゃんは笑った。そして、手のひらでオデコをパチンと叩いた。
「それは、参ったな。魔法でも使わん限り、3日じゃむりだぞ。テレビゲームじゃないんだから、チョコチョコって練習したからって、出来る訳じゃない。第一、卓也にそんな覚悟は有るのか?」
「うん。命に代えても」
ガッチャーーン。
台所で、茶碗の割れる音がした。
「卓也、ちょっと付いて来なさい」
おじいちゃんに言われて、僕とお父さんは、その後に従った。
おじいちゃんの作業場は、家の離れにあった。
教室くらいの広さだった。一面が板の間で、奥には、竹製の弓が立て掛けられていた」
「ちょっと、手を出してみな」
僕は、言われたとおりに手を出した。
「ほお、案外と大きな、しっかりした手をしてるんじゃな」
そう、言いながら、僕の手の平のいろんなところを触った。
「身長は、140センチか、思っていたより大きいな。今度はちょっと、手を広げてみてくれ。顔は横をむいて...、指は伸ばして...」
すべてが終わると、おじいちゃんはノートに色々な数字を書き込んだ。
「よし、弓は、三寸詰で大丈夫だな。卓也、そこの一番端の弓を持って来なさい」
僕は、壁に並んでいる弓の中から、言われた弓を取り出した。想像していたより、大きかった。
「弓をこう持って、弦を引いてごらん」
僕は、言われたとおりに、弦を引っ張った。
うっ、重い。
じゃあ、今度は隣の奴だ。どうだ。
た、たぶん、大丈夫。
そうか、それじゃ。左手の握ってるところを見せてごらん。
おじいちゃんは、うん、うんと頷きながら、指の関節の状態とかを確認した。
もう一度、こんなふうに握ってみてくれ。
そうだ。しっかりと、力が入るか?
うん。大丈夫。
「弓と矢は、おじいちゃんが手配する。2日だけ待ってくれ。それまでは、弓道場の道具を借りて練習しなさい。隆、オレの知り合いの先生が...」
「あのーー」
僕は、おじいちゃんの言葉を遮った。
「あの大きな弓に触ってもいい?」
おじいちゃんは、僕の指さした方を振り返って怪訝な顔をした。
「もちろん構わんが、あれは七尺七寸(233㎝)で、卓也の背丈では使い切れんぞ」
僕は、その大きな弓を手に取ると、さっきやったみたいに、その弦を引いてみた。
「うっ、うっ・・・。重い・・・」
弓は硬く、弦はまるで針金の様に感じた。
「そりゃ、無理だ。弦のつよさが23キロもある。今の卓也には、10キロがせいぜいじゃな」
おじいちゃんが、無茶するなという感じで、首を振った。
「卓也、危ないから、もうよしなさい」
大きな弓にふらついていた僕から、お父さんが弓を取り上げた。
「おじいちゃん。ちょっと、聞いてくれる?」
「なんだ?」
僕は、覚悟を決めた。魔女の決めた結婚式は、まじかに迫っている。
大人に今起こっていることを話しても、分かってくれるハズはない。でも、遠回りしている時間は無かった。
だから、正直にすべてを話すことにした。彼女を救い出せるか、出せないか、僕には分からない。
でも、どちらにしても、やり遂げなければならない。
出来るだけ丁寧に、自分に起こった事を説明した。ナデットやロビンや、他の妖精たちのこと。
そしてあの魔女やダグラーや妖精のお姫様の事も・・。
「こりゃあ、たまげたなーー」
おじいちゃんは、ドオッと床の上に座り込んだ。お父さんは、何かを考える様に突っ立ったままだ。
あれっ、と僕は思った。
僕は、二人が笑い出すだろうと予想していた。そうなったとしても、なんとか二人を説得しようと、覚悟していた。
戸惑っている僕に、おじいちゃんが言った。
「昨日から、周りがザワツイとると思っとったんじゃが、ナデットはもう動き回っとったのか?」
「えっ、おじいちゃんは、ナデットのこと、知ってたの?」
僕とお父さんが、同時に声をあげた。
「ここだけの話じゃが、ナデットの名づけ親は、ワシなんじゃよ」
おじいちゃんが、思いがけないことを言った。
「ばあちゃんには、内緒だぞ。3人の秘密じゃ。分かったな」
「は、はい」
お父さんと僕の声が重なった。見ると、お父さんの顔もビックリ顔になっている。
いつの間にか、3人はおじいちゃんを囲むように座っていた。
「卓也の話は全て信じる。卓也と妖精の姫の関係は、ここでは不問じゃ」
僕は、ドキリとした。おじいちゃんには、すべてが見抜かれている。
「おいっ」
お父さんが、眉をひそめて、僕の顔を見た。僕は、首を振って、チガウって顔をした。
お父さんは分かったって顔で、頷いた。
(お父さん、オヌシはまだ若いのう・・・)
僕は、心の中で、そう思った。
「卓也の考えている通り、ワシが子供用の弓や道具を揃えても、あの世界には持っては行けない。むしろ、イメージの方が大事じゃ」
「僕もそう思います」
お父さんが言った。恐らく、お父さんも、あの世界の経験があるのだろう。
「相手が凶暴なオオカミなら、卓也もあの世界では、成長した卓也のイメージで闘う方が得策だ。それには、あの大弓の方が良いだろう」
「あのー-、戦闘服のイメー・・・は?」
言いかけた、お父さんの言葉を、おじいちゃんは無視して続けた。
「あとは、実射のイメージを作る必要がある。今から、ワシの知り合いの先生に電話で頼んで見る。確か、早水公園の弓道場にいらっしゃる筈だ。隆、そこに連れてってやれ」
「あのー-っ、闘う時の服装も・・・」
「ああっ、岩見沢先生でいらっしゃいますか。大変ご無沙汰しております。一之瀬でございます」
おじいちゃんは、電話をしながら、右手でお父さんに、早く出発しろとけしかけた。
「戦闘服については、後で考えるか」
お父さんは、残念そうに言った




