魔女からの挑戦状
ナデットが、タカから降りると同時に、ロビンも羊から降りた。
促されるように、僕もヒラリと羊から飛び降りた。
「あの崖の周りには、魔女の仕掛けた結界が敷かれている。だれも、向こう側に行く事は出来ない」
「でも、あの時、僕は...」
言いかけた言葉を、ナデットが引き取った。
「君の言う通り、君には不思議な力がある。魔女の結界を難なくすり抜けて、あのラベンダーのお花畑に入り込んだ。そして、君の身に危険が及んだ時、僕まで呼び寄せたんだ。それを伝え聞いた魔女も、あの崖の守り主であるダグラーも、君の事を恐れ始めたんだ」
「ダグラー?」
「魔女に魂を売った、オオカミの化身だ。凶暴でとにかく危険な奴だよ」
ナデットが、吐き捨てる様に言った。
「弓の名手でもある。50メートル先のウサギを、いとも簡単に仕留める事が出来る。俺はせいぜいその半分だ...」
弓の名手であるロビンが、ため息交じりに呟いた。
「その魔女が、僕たちにこんな提案をして来た」
ナデットの話はこうだ。
今から3日後に、オオカミの化身ダグラーと、妖精の姫の結婚式を行う。
その時に、ラベンダーのお花畑で、その姫の花嫁姿をお披露目する。
その姫の頭上には、銀のプレートが取り付けられる。そのプレートを矢で射ぬけという。
もし、見事射ぬくことが出来れば、魔女はこの森から出ていく。
そして、もし射抜くことが出来なければ、この森の事は諦めろというのだ。
「そんなことは、不可能だ」
ロビンが、拳を握り締めながら叫んだ。
「私も、そう思う」
ナデットは、無表情で言った。
「お花畑までの、距離はどれくらいなの?」
僕は、ただ疑問を口にした。自分がどうこうするつもりは、毛頭ない。
「およそ、80メートル。プレートの直径は、90センチだ」
ナデットが、冷静に答える。
「言っておくけど、僕には無理だ。あの、ダグラーにだって無理だよ。難題を突き付けて、諦めさせようとしてるんだ」
ロビンが、大きく首を横に振った。
「私が知る限り、ロビン以上の弓の使い手は、ここにはいない」
ナデットの、抑揚のない声がした。
「ナデットは、何の名手なの」
僕は、ナデットの事が知りたかった。
「ロビンは弓の名手で、僕は、ちょっとだけ、魔法が使える」
「その魔法で、矢を命中させることはできないの」
「無理だ。僕に出来る事といえば、せいぜい、ちょっと風を止めることくらいだ」
「魔女に、邪魔されたりはしない?」
「妖精たちが磨き上げた矢だ。魔女に、手出しは出来ない」
「いつまでに、返事をしなくちゃならないの?」
僕の質問が続く。
「返事は必要ない。どんな返事をしても、3日後の結婚式は、強行されるだろう」
「でも、どうして急に、そんな話になっちゃったんだろ?」
「恐らく、君が目覚めるのが怖いんだと思う。君が、自分の持っている不思議な力に目覚め、その力に磨きを掛けられるのが、怖いんだよ」
「僕の持ってる不思議な力...? そんなもの、持って無いと思うよ、僕」
「君は、まだここに来て1日しか経つてない。自分では、まだ気付いてないかも知れないけど、この森の妖精たちは、何かの変化に沸き立っている。それは、妖精たちだけではなく、魔女にとっても同じだ。君がこの森に大きな変化を起こすことを恐れてるんだ。こんなこと初めてだよ。これは、間違いなく魔女から君への挑戦状だ」
「うそだっ。僕は、特別な人間なんかじゃないよ」
「どう思おうと、君の自由だ。だが、これはロビンではなく、君の役目だ」
「僕も、そう思う」
ロビンも、僕の方を見て言った。
「他に、方法は無いの?」
僕の質問に、二人は首を振った。
「本当は、結婚式は明日やるって言われたんだ。だから、僕は3日後にしてくれと頼んだ。タックン、君が学ぶための時間だ」
「無理だよ。弓なんか、触ったこともないんだよ」
「これでもか?」
ナデットが、一枚の写真を僕に突き付けた。
「こっ、これって」
その写真には、一人の女の子が写っていた。
桜木マリナ・・。
「それが、妖精の姫だ。3日後に、野蛮なダグラーの妻にされる。お前は、ロビンが失敗するところを横で見たいのか?」
ナデットの突き放す様な言葉が、胸に突き刺さった。




