森の秘密
「ロビン。状況を説明してくれないか?」
「イェーッ・サーー」
頼りになるのは、ロビンだけだ。
彼の説明は、こうだった。
深い森の中、一人の美しい少女が、先祖代々から引き継がれてきた小さな泉を守っていた。
彼女の家には小さな畑と果物の木々、そしてラベンダーのお花畑があった。
その泉の水からは豊かな作物が育ち、その水で育った果実はとても美味しく、ラベンダーはとても良い香がした。
そこに住み着いた妖精たちはとても元気で、病気とは無縁だった。
ところが、その噂を聞きつけた悪い魔女が、少女を牢獄に閉じ込めて、その泉を独り占めにしてしまったのだ。
その後、妖精たちはそこを追い出され、次第に元気を失っていった。
ラベンダーという言葉が、僕を正気に戻した。僕にとって、それは、甘さと苦さをあわせ持った言葉だった。
「その女の子は、妖精じゃないんだよね」
いつの間にか、いつもの自分に戻っていた。
ラベンダーを守っていたという少女に、とても興味を覚えた。
「その通りです。ただ、その美しさと、自然に備わった気品のせいで、妖精たちからはプリンセス・オブ・フェアリーと呼ばれていました」
ロビンが日本語で答えた。しかも、まともな話しかただ。何が起こったんだ?
「プリンセス・オブ・フェアリーって?」
「妖精たちの姫という意味です。これはとても特別なことです。これまで人間でありながら、妖精たちから妖精のお姫様と呼ばれたのは、彼女ひとりだけです」
「妖精のお姫様?」
「妖精達にとっては、彼女は何物にも代えがたいとても大切な人です。命に代えても救わなければなりません」
ロビンの顔が、とても真剣になっている。
ロビンの後ろには、ベンジャミンとヒヨ子が、ボーーッとした表情で立っていた。
「ステイ(ここで、待て)」
と、2匹に命令すると、ロビンが僕を木の後ろに誘った。
「魔女の森を見に行きましょう」
ロビンは、そう言うと、ふさふさの指を起用に使って指笛を鳴らした。
ピューーッ。
すると、近くの木陰から2頭の羊が現れた。1頭は白で、もう1頭はまだらな灰色だった。
大きさは、ロバくらいだろうか。背中には、可愛い鞍がのっていて、手綱もちゃんとついている。
ロビンは、僕を灰色の羊に乗せると、自分は白い羊に跨った。
ハッ。
ロビンの掛け声とムチに、羊が走り出した。僕の羊も同時に走り出す。
うわっ。
僕は、必死に羊の首にしがみ付いた。手綱を掴んでいたけど、それではとても不安定だった。
羊は次第に加速して行く。草原の時は、そうでもなかったけど、森を抜ける時は、木が飛ぶ様に過ぎていった。
「タックン。あれだよ」
ロビンの声に、僕は顔を上げた。ちょうど、森を抜け出たところだった。
羊のふさふさの毛の向こうに、島の様なものが見えた。
僕は、もっと良く見ようと背を伸ばした。羊は相変わらずのスピードで駆けていたけど、もうふら付くことはなかった。
20メートルほど先に、崖があった。
メエーーーエッ。
僕は何の躊躇いもなく、手綱を引いた。羊が、飛び上がる様にして止まった。
ドウ、ドウ、ドウ。
僕は、右手で羊の首を撫でた。いつの間にか、羊を自由に操っていた。
よく見ると、それは島ではなかった。断崖の先にはあのラベンダーのお花畑。
そして後ろには、鬱蒼とした森とゴツゴツとした岩山。それらが、白い霧の上に浮かんでいた。
そう、僕のいる森と魔女の住む森の間には、深い深い渓谷があって、その渓谷は、まるで海の様な白い霧で覆われていたのだ。
「どうやって、向こうに渡るの?」
僕の質問に、ロビンは答えなかった。ただ、黙って空を見上げた。
なにっ?
僕も同じように上を見た。
一羽の大きなタカが上空を漂っていた。
やがて、そのタカが急降下を始める。そして、僕とロビンの前に舞い降りた。
「その質問には、僕が答えよう」
タカの背中に乗っている、ナデットが言った。




