交渉-03
「自己紹介は必要かな?
私はバルキリーの一人・サニス。そして、今この姿は――
プリステス・ヴィヴィット・サニス、とでも名乗ろうか」
立ち上がるカリス。彼女は志木のスーツから、自身の押収されていたアルターシステムを奪い、指に装着しなおした。
「サニス、来るの遅すぎだよ」
「バカ言うな、北太平洋からここまで来る事がどれだけ大変か、知らないだろう」
「知んない。それより、行こ。ナナセナナミは捕まえたし、コイツらになんか用は無いよ」
「ふむ――そうだな」
志木の身体を離したヴィヴィット・サニス。
彼の身体はベッドに倒れ、シーツを血で染めていく。
彼の姿を見据えながら、七海は乱雑にポケットを漁り、一番近くにいた美咲へと、何かを投げる。
「美咲ちゃん、それナオに渡してッ!」
「七海さんっ」
「お願い! それがあればアイツは」
最後まで語る前に。
カリスと、ヴィヴィット・サニスは、病室の窓から、どこかへと去っていく。
その姿を、ただ見ている事しか出来なかった全員。
優奈は「くそっ」と悔しさを吐き出し。
荘司はベッドに倒れる志木の傷を確認しながら綺麗なシーツで押さえて出血に対処し。
志斎はナースコールを押す事で看護師を呼び。
シャルロットは着弾コースから狙撃ポイントを確かめ。
美咲は、手に投げられた物を見据えた。
「コレ……」
数個のカプセル剤が入ったケースだった。どこにでもある様なカプセル剤なのに、どこか力の様な物を感じて、ゴクリと息を鳴らす。
そんな病室に、直哉と花江が入室した。
「何があったのよ!?」
「七海、七海は!?」
状況の呑みこめない花江、その場にいない七海の事を問う直哉の言葉に、全員がなんと言えばいいかわからないと言わんばかりに、口を閉じている。
志斎の襟元を掴んだ直哉の「七海はどうしたって聞いてるんだよッ!!」と金切り声に、志斎も小さく「すまない、連れていかれた」と事実だけを述べる。
「う……っ」
撃たれた腹部を抑えた志木が、今ようやくうめき声をあげて、生きている事を示す。
「おいオッサン、動くな、喋んな!」
「あぁ……しかし、今、言わねば」
荘司が動かない様に指示するも、志木は荒い呼吸を正しながら、しかし言わねばならぬ事があると、全員に薄れた視線を向けた。
「なぁ……君たちには、色々と……戦う事情がある。
誰かの為……自分たちの為……守りたい、人達の為……理由なんか、どうでも、いい。
けれど、戦う理由は、様々でも……その為に、君達が……力を合わせれば、どんな事だって……出来る、だろう?
彼女達が、どんな願いを叫んでも……成さねばならんなら、それを、成せ。
その為の、力を、示せ。
――戦え、アルタネイティブ達」
そこで、志木は意識を失った。
看護師が一人その場に駆けつけ、何があったかを確認する前には、応援を頼みながら荘司の行っていた止血を受け継ぎ、輸血パックを用意したまま担架で運ばれていくまでの間――全員は、その場を動かなかった。
「俺には、戦う事情がある」
一番最初に口を開いた人物は優奈。
彼女は強く拳を握る事で爪が肌に食い込み、血を流していた。
「そうだな。俺にもある」
荘司が続く。
彼は病院の壁を軽く殴り付け、ヒビを入れた。
「ボクには無かった筈だけど、出来たよ」
直哉も続く。
掴んでいた志斎の襟を離し、グッと握りしめた拳の行方を探している。
「己は、ただ戦うのみだ」
志斎も続く。
乱れた襟を正し、直哉の隣に立ち、彼の振り込まれた拳を掌で受ける。
「……こんなにされて、黙ってられるわけ、ありません」
美咲も続く。
七海から授かったケースを大事に抱き締め、唇を噛みながら、悔しさを堪えている。
「正直、アタシにゃ状況が掴めてないけど、面白くない事態って事は、確かだよね」
花江も続く。
美咲の身体を抱きしめ、彼女の哀しみを受ける様にした彼女は、怒りを露わにしている。
「私たちは、散々な目に遭わされました。――そのお返しを、してやらなければ」
シャルロットも続く。
彼女は制服のポケットに入れていた七つのBluetoothイヤホンマイクを取り出し、全員へ一つずつ渡した。
優奈がそれを受け取りつつ、携帯電話で友人に声をかける。
「白兎、どうせ見てたんだろ?」
『見てたよ。今彼女達は、駅反対側ホームにある、鳴海カンパニービルの、最上階にいる』
岩瀬白兎だ。彼は自身の持つ情報網からサニスとカリスの場所を特定し、それを優奈へ伝える。
「サンキュ、今度セイントのおっぱいも触らせてあげる」
『ふふ、楽しみにしておこうかな』
「む。己の胸だと?」
「ユーナがセイントのおっぱい売った!?」
「だから優奈、人の胸を売るな」
「というか何でその人は場所を知ってるんでしょう……?」
「細かい事気にしないのー美咲」
「この秋音市に監視カメラが多い理由が分かりましたわね」
それぞれがBluetoothイヤホンマイクを装着すると、全員の声がクリアに聞こえた。
優奈がフゥッと息を吐いた後に、病室の扉に手をかける。
「――行くぞ。【アルタネイティブ・クロス】」
全員は返事をしない。
その必要が無いと、知っているから。




