変身
現地時間、二千十八年七月二十六日、午前一時三分。
鳴海カンパニービルは、明治時代に創業した鳴海産業グループの所有する、六十階建てのタワービルである。
一般公開のされている展望フロアや、鳴海産業グループの企業オフィス等もあり、秋音市の名所としても有名だ。
最上階は、鳴海カンパニーの最高取締役である鳴海収蔵が普段使用する階であるが、現在は無人であるはず。
しかし――そこに三人の女性がいる。
鳴海収蔵がコレクションしている年代物のワインを開け、作法など知らぬと言わんばかりに注ぎ口から直接飲むサニス。
七海の頭に触れながらも、何か中継機器の様な機材に彼女から吸収した虚力を注ぎ続けるカリス。
そして、座り心地の良い椅子に腰かけつつも、縛られて動けない七海。
「あは、サニス見てよ! ナナセナナミってば、こんだけ大量の虚力を奪われてんのに、すっごいピンピンしてる! 足りない分がどんどん作られ続けてるよ! バケモノだよバケモノ!」
「ふふ、神霊とは本当に恐ろしい」
無邪気に笑うカリスと、そんな彼女を見てほほ笑むサニスの二人に向けて、七海は何か皮肉の一つでも言ってやりたくなった。
「アンタら、楽しそうだね」
「楽しいさ。何せこれから、この街どころか、世界中が我々のモノになるのだから」
酔った様子もなく、サニスがワインを楽しんでいる。
「何とも分かりやすい悪役。さっきカリスの言葉を聞いた時の印象とは大違い」
「大本の理由は変わらんさ」
「にしてもアンタら、あのエルスってロボットだけで本当にこの世界全部支配出来ると思ってんの?」
「あれの燃料がガソリンだったりしたら、私も難しいと考えただろうな。しかし、お前の虚力があれば可能と踏んだ。神霊へと昇華を果たしたお前が持つ、無尽蔵の虚力があれば、な」
七瀬七海は、本来普通の女子高生である筈だった。
しかし彼女は、この街に住む人間に「女神の様な女性」として信仰を受け続けた結果、神霊へと昇華され、更には肉体にヴァンパイアの始祖・フォルネスの血を注入された事により、肉体もヴァンパイアとして生まれ変わっている。
故に彼女は死ぬことはなく、また神霊として虚力を無尽蔵に生み出すことが出来る。
「秋音市の支配位で我慢したら? アメリカとか本気で敵に回したら恐ろしいわよ。核ミサイルでも撃たれたらたまったもんじゃないわ」
「ああアレか、ヒロシマとナガサキに落とされた。まぁ少々面倒だが平気さ。我々は何時でもミューセルへ避難する事が出来る。核を撃たれようがな。放射能汚染も我々アリメントには影響がほとんどない。まぁ、問題は兵力だな、エルスの大量生産を進めなければ」
「そんな力があればエネミーに後れを取る事もないでしょ。さっさと自分の世界に逃げて、防衛の戦力確保に急ぎなさいよ、戦争下手め」
「それはさっき言ったじゃん」
飽き飽きしたよ、と言わんばかりに、カリスがため息をついた。
「その通り、カリスが言った通りだ。どうして貴様らが我々の世界を犯さんと考えられる?
知恵を得た者は、他者を犯し、蹴落とし、そうして生を謳歌する。
故にいずれ起こり得る戦の火種を根絶やしにする事が、どうして否定される?」
「それは侵略者の考え方よ。――そして、弱い奴の考え方だから」
「何?」
「いい? 私一人を捕えた程度で、いい気にならない方がいいわ。
アンタらだけなら、レッドとヴァンプと乱舞が倒せる。
もしエルスの大群を放とうものなら、その時はブルーとセイントが一つ残らずぶっ壊すわ。
そして災いやヴァンパイアの援護を期待してるなら、その時は炎武やクラージュ、聖堂教会の有するプリステス達が居る」
「あの連中がまとまるとでも?」
「アンタら、本気で分かってないみたいね。
――アンタらは、アイツらの【誇り】を踏み躙ったんだよ。
レッドとブルーの【正義】としての誇り。
ヴァンプとセイントの【大切な人を守る】っていう誇り。
そして乱舞、炎武、クラージュの【絆】っていう誇りを、こうして踏み躙った。
だからアイツらアルタネイティブは、アンタらを許さない。
アンタらを殲滅する為、それこそミューセルに逃げようが、追いかけて、追い詰めて、倒してやる。
その怒りが、アイツらの虚力を高めてくれる」
七海の目は、強かだった。
捕らえられ、自由を奪われ、成す術も無いはずの、力無い少女が――サニスとカリスという、強大な力を持つ者を前に、毅然としている。
「お前、面白くないな」
虚力の収集を行うカリスを止め、サニスは先ほどの病室で行ったように、彼女の首を掴んだ。
殺す為に首を絞めるも、しかし彼女はピンピンしている。
「アタシは神霊になったんだよ、その程度じゃ死にはしない」
「なら、死ぬほどの恐怖だけでも与えてやるよ」
彼女の首を掴んだまま、サニスは彼女をぶん投げた。
鳴海カンパニービルの最上階にあるガラスへと彼女の体を投げつけ、そして――七海は落ちていく。
ビルの最上階から、ワインを片手に彼女の落ちる様を見る。
「さあ、泣き叫び、恐怖を口にし、そして醜く地に落ちろ。
それでもお前は死なないが――死に近い場所にいる恐怖位は感じるだろう?」
七海にサニスの言葉が届く事は無い。
しかし――そんな彼女の言葉を、まるで聞いているかのように。
地へと落下していく七海。
椅子に縛られ、身動きの取れぬ、神ではあるが力のない少女が……
今もなお、恐怖の表情一つなく、サニスとカリスの両名を睨んでいる。
「アタシは、怖くなんてないよ」
口の動きで、そう言っていることが、サニスには分かってしまう。
「アタシにはあいつ等がいるんだ。――アルタネイティブ達がっ!!」
瞬間。
七海の体を拘束する縄が、刃の様な風の力で切り離され、僅かに空を浮いた七海を、誰かが抱きかかえた。
「よく言った、女」
「確かに、私たちが来ました」
菊谷荘司と、神崎美咲だ。
荘司は七海を抱えると美咲へと視線を送り、美咲は全身から放出する豪風を三人にまとわせ、着地による衝撃を緩和させた。
それでもなお、着地の勢いは強く、荘司が両足でしっかりと着地を行うと、地面に亀裂を走らせた。
そんな三人を出迎えるように。
五人の男女が、横並びでそこにいた。
今、荘司と美咲、そして七海を迎え入れ、サニスとカリスを睨む、その者たちの名を、二人は知っている。
「アルタ、ネイティブ……ッ!!」
七海を除く全員は、それぞれが指輪を所有している。
それは装飾品ではない。
戦うための力だ。
久野優奈が、耳元のBluetoothイヤホンマイクに声を吹きかける。
「アイツらが現れた影響か、ヴァンパイアや災いとかも出現してるって聞いてる。そっちは炎武とクラージュに任せていいか?」
全員が同型を取り付け、彼女からの通信を聞いている。
「問題なし。エネミーとやらは出てきて無いんだよね?」
「エネミー観測班からの連絡はありませんが、混乱に乗じて、という事はあり得ます。注意を致しましょう」
「俺、ヴァンプ、乱舞の三人は、混乱の大本、サニスとカリスを討つ。それでいいよな、二人とも」
「うん、むしろあのサニスは僕一人でやらせて欲しいくらい」
「それは全員同じ気持ちです。手が空いた人でやりましょう」
「よし――じゃあブルーとセイント、二人のマッチョにお願いがある」
「マッチョって何だよ」
「ふむ、聞こう」
「単純だよ――とにかく暴れろ。
あいつ等が二度と攻めてこない様に、完膚なきまでに、目に入った敵を片っ端から、叩き潰せ。
全員、分かったら声を挙げろ!!」
七人が、アルターシステムを、構えた。
久野優奈が、赤色のアルターシステムを掌に押し付ける。
「変身!!」
光が放出され、身体を包むと、赤色が多い装甲を持つ戦士、アルタネイティブ・レッドへと変身を遂げ、左手を突き出し、右手を腰に添えた戦闘姿勢を構えた。
宮越花江が、二つのアルターシステムを繋げ、手首を捻る。
「変身ッ!」
浮かび上がった梵字と共に放たれた光が彼女を包み、白衣や緋袴をまとう巫女、プリステス・炎舞へと変身を遂げ、鯉口を切って抜き放った長太刀・滅鬼の刃を地面に突き立て、周りを轟轟とした炎で包んだ。
シャルロット・クラージュが、花江に続き、アルターシステムを繋げて手首を捻る。
「……変身」
浮かび上がった梵字、放たれる光、包まれる体が聖女としての洋装をまとい直すと、両手に持つハンドガンを構えたシスター、プリステス・クラージュへと変身し、試し打ちとして地面へ銃弾を一発ずつ放った。
菊谷荘司が、青色のアルターシステムを掌に押し付けた。
「――変身」
放出された光をまとった体は少々縮み、本来は巨体である彼の体を百八十センチほどのそれでも大柄な女性へと変貌させ、青色の装甲をまとう戦士、アルタネイティブ・ブルーへと変身を遂げ、綺麗な右手の手首を振るって、スナップを利かせた。
豊穣志斎が、蒼と黒のアルターシステム同士を繋げ、両手首を捻って、カチリと音を鳴らした。
〈Alter・ON〉
奏でられる機械音声。
「変身」
〈HENSHIN〉
放たれた光に包まれる彼の体も、段々と小さくなるも、それでも大柄な女性として変わり、蒼と黒の彩色が目立つ装甲をまとった戦士、アルタネイティブ・セイントへと変身を遂げ、右足を一歩前に突き出すと、それだけで地が強く揺れた。
瀬上直哉が、朱と黒のアルターシステムを繋ぎ合わせ、手首を捻り、カチリと稼働音を鳴らす。
〈Alter・ON〉
発生する機械音声。
「変身!!」
〈HENSHIN〉
放出された光をまとった少年の体が、僅かに少女の肉体へと変貌し、朱と黒の彩色が施された装甲をまとった戦士、アルタネイティブ・ヴァンプへと変身し、空中に顕現した聖剣を手に取ると、それをブンと振るった。
神崎美咲が、アルターシステム同士を繋げて、手首を捻る。
「――変身!」
光に包まれた彼女の体にまとわれる巫女服、全身をまとう風。
白衣と緋袴をまとった巫女、プリステス・乱舞として変身を遂げた彼女もまた、長太刀・滅鬼の刃を抜き放って、その切っ先に何物をも近づけぬ暴風をまとわせた。
この者達が、アルタネイティブ・クロス。
――敵を倒すという単純明快な目的を果たす為、本来は交わる筈のない者達が、力を合わせた結果に生まれた、戦う者達だ。




