会合-01
現地時間、二千十八年七月二十五日、午前八時十五分。
ゴールデン・マリー号と呼ばれる豪華客船が、横須賀港を出港した。船は日本海を横断し、アメリカへの航路を旅立っていく。
開かれた大々的な客間は下手なテニスコートよりも広く、菊谷荘司は自身のまとう灰色のスーツに窮屈さを覚えつつも、人混みの中、目の前でワイングラスを持つ三人の人物に視線を向ける。
「まさか聖邦教会の幹部殿が、このような船をお持ちとは思いませんで」
「何。これも政治と言う奴ですよ。ヴァンパイアの話をするのに堅苦しい会議室では、盗聴の危険性も考え得るのでね」
「ふん、キミら聖邦協会の考えは分からんよ。まぁ良い酒を用意して頂けることが、何よりの救いだがな」
男――防衛省情報局第四班六課の課長を務める秋山志木。
男――聖邦協会イタリア本部・穏健派の幹部であるフィオナ。
女――聖堂教会ヴァチカン本部の幹部であるラン。
それぞれが楽し気なパーティを装いつつも、しかし視線はそれぞれ、どの様な情報を得られるかの心理戦を繰り広げている。
「我が聖邦協会より、フォルネスの血が流出しているやもしれんというのは、確かに大問題であろう。そして何より、その様な事態であるにも関わらず、我々が有するアルタネイティブ達への協力要請を、当人たちが拒否したという事態に関しては申し訳なく思います」
「いいえ。何分突然の申し出でありましたから。こちらとしても結論を急ぎすぎた。この様に美味い酒を頂きながら決める事も、政治というものでしょう」
「酒の趣味だけは認めよう――うん、私たちの運用するプリステスも失礼は働いただろうが、許してほしい。そもそも我々聖堂教会は、プリステスの運用・管理はするものの、あくまで個々人たちによる協力関係という体を保っているのでね。そこを覆そうとなると、多大な準備期間が必要となる」
今の話し合いにそこまでの興味は無い。荘司は欠伸を一つ溢しつつ、隣に立つ女性に声をかけた。
「そっちも護衛か。お前ん所は人手不足でも無いだろうに」
「当事者である事が好ましいと判断されたのでしょう。それに私は聖堂教会の中でも動きやすい構成員の一人でもありますし」
シャルロット・クラージュだ。彼女も正装をまとい、ワインにも似たぶどうジュースを一口飲んで、周りを見渡す。
「普段からこんな仕事してんのか」
「ゴールデン・マリー号は初めてですわ。聖邦協会が利用する客船の中でもトップクラスの大きさと、そして『対人間』への防備も高い。今回『薬品』を密輸していた者達が人間だったとしても、ここに襲撃をかける事は難しいでしょう」
「聖邦協会ってヴァンパイアに対抗する組織だろ。どうして人間に対する防備が必要なんだよ」
「聖邦も聖堂も一組織でしかありません。しかし各国の防衛組織や警察機構との繋がりを持つ事により、何か有事の際には情報操作・隠蔽を速やかに行う事ができるように接待が必要で、接待時に命を狙われる事も少なくはありません。その為の防備と言えばお分かりですね」
「政治って奴か」
「場合によっては経済も絡みます。国の経済事情に首を突っ込む場合もありますから」
少し遠目には、豊穣志斎も見えた。船の管制室に繋がる通路を守護する様に立ち尽くすSPと並ぶ彼の姿は少しだけ異質に見える。
「人間の襲撃が難しいなら」
「異端の者ですね。エネミー、ヴァンパイア、そして災いも自我を持つタイプなら考えられるでしょう」
「お偉いさんを殺して、指揮系統を分断させる目的で?」
「十分効率的な考え方とは思いますが、聖邦協会はともかく聖堂教会には無意味な事です。彼女――ランは聖堂教会の重役でこそありますが、プリステスの一員です。彼女を殺した所で、指揮系統は別にあります」
艶美な笑みを浮かべる中華系の女性を目線で示すと、当の彼女はシャルロットを見据えた後に手を振る。
「仲いいのか」
「一度ベッドを共にした事が。テクニシャンを自称しておりましたが、そほどでもありませんでしたね」
「何か今スゲェ事言わなかったか!?」
「ベッドで一晩絡み合う事も、女性の政治と言えますよ」
シャルロットも笑顔で応じ、彼女の元へ。
「やあシャルロット。こんな所までご苦労様」
「いいえ、ミス・ラン。小難しい話はオシマイ?」
「NOだね。まだ現状把握が出来ていない。どうだろう、今日私の護衛を、同じベッドでというのは」
「相変わらず可笑しな方ね」
クスクスと笑いながら志木とフィオナへお辞儀をし、再びその場を離れたシャルロットと、そんな彼女へ視線をやる事無く隣に立たれて「おかえり」と言葉を投げるしか出来なかった荘司。
「聖堂教会ってのはレズビアンの巣窟か?」
「男性がいないので、なりやすい傾向にはあります」
「人の趣味はとやかく言わねぇが、人目は憚ってほしいね」
「LGBT団体がいたら怒りそうな事を。所でお三方の話し合いに興味はありませんので?」
「ないわけじゃねぇけどな。今後どうなるか位は知りてぇ」
では聞き耳を立てて、と言うシャルロットの言葉に、荘司も聞き耳を立てた。




