三人のプリステスは、これからも生き続けます。-01
シャルロット・サール・クラージュは、確たる意思を持ってして、聖堂教会へ御心を捧げている。
それは、災いを知らぬ人々を守る為。
聖堂教会はその信念を持って、多くのプリステスを使役している。
彼女は、自身を拾ってくれた聖堂教会に対して恩義を感じ、聖堂教会の行う災い討伐を、正義と信じた。
聖堂教会を【神】と信じた。
だからこそ、彼女は言うのだ。
――神とは、一人一人が心の中に持つ概念である。
彼女は自身の中に聖堂教会と言う神を概念として生み出し、神に従う形で、今まで戦い抜く事が出来た。
だからこそ、今彼女は幸せだった。
(聖堂教会の望まぬ世界――災いが世界を破壊せぬように戦う事が、出来たのだ)
その為に死ぬ事は、怖く無い。
最後に、面と向いて神崎美咲に謝りたいと言う気持ちはあったものの、それは叶わない。
自身は死ぬ。――それでいいのだ。
彼女はそう覚悟をして、まぶたを閉じたのだ。
『花江さんっ! シャルロット、まだ生きてますっ』
『でも、虚力もほぼ無い状態で、出血多量も合わさって……虫の息だ……もう』
『何とかしましょう! このままじゃ、シャルロット――悲しみしか背負ってません!』
『アタシだってそうしたい! でも』
『――なら、私がやりますっ!』
何やら騒がしい。少しは静かに死なせてくれないものだろうか。虚ろになる意識の中で、ただそれだけを願っていたシャルロットは――
唇に当たる、温かな感覚を謎に思った。
伝わる鼻息、微かに聞こえる息を吸う声。
それと同時に、自身の中から力が湧き出てくるようだった。
虚力の流動。それによる感情の循環が感じ取れ、意識がハッキリとしてくる。自身にはもう、虚力は微弱しかない筈なのに。
シャルロットは、目を醒ますことが出来ると実感し、恐る恐る目を開ける。
――女神がそこにいた。
自身の唇と重なり合わさる、女神の唇。
微かに見えるその目鼻立ちは端麗で、シャルロットの唇と距離を離すと、その全貌が良く見えるようだった。
神崎美咲。彼女は、瞳に涙を浮かべてパァ、と表情を明るくし、シャルロットの身体を抱きしめる。
「良かった……良かった、シャルロット……っ」
「み……美咲、様……?」
「はいっ! ……美咲様、ですよっ」
グズグズと涙を流しながら、ただシャルロットの無事を喜んでいる美咲の姿を見据えた後、彼女の後ろでスマホを弄り、救急車を呼んでいる様子の宮越花江へと視線を移す。
「美咲に感謝しなさいよ。――アンタに、半分以上の虚力を、一気に移植してんだから」
虚力の移植は、あまりに多大な移植をすると、身体がその変化についていく事が出来ない。
並大抵のプリステスでは、半分以上の虚力を一度に移植すれば意識の衰弱を引き起こし、またそこから体内器官の異常が起きても、不思議ではないのだ。
だが、美咲はそれをやってのけた。
プリステスとして、虚力の使い方を少しでも身体で習った彼女であれば、その危険性がある事は、知っていた筈なのに。
――神は目の前に居た。
――概念では無かったのだ。
シャルロット・サール・クラージュは、肉眼で見ることが出来た、新たな神の事を、二度と忘れる事は無いだろう。
**
『神崎美咲、及び宮越花江の処置に関してだが』
『カラミティの反応は完全に途絶。もう彼女を狙う大災厄は無い』
『しかし今後、彼女の虚力を求めて現れる大災厄がいないとも限らん』
『そう、その通りだ。だがそれは今や宮越花江とて同じ事。神崎美咲との交流により、奴も彼女に匹敵するほどの虚力を有してしまった。
その力、並大抵の災いでは相手にならぬ。それどころか、我ら聖堂教会が所有する先鋭のプリステスでさえも』
『もしヘタに処置を下せば、彼女たちが反旗を翻すような事が有り得てしまう』
『今はその力、飼いならす他無いだろう。幸いシャルロット・サール・クラージュも彼女たちと行動を共にしている。せいぜい災いの討伐に役立ってもらおう』
『今はそれ以外方法は無いだろうな』
『では、話は以上だ』
『――この世に何時の日か、災いの無い世界があらん事を』
**
乱舞の虚力を得て、フォビドゥンが甦らせた災いの総数は二十体弱。
それらは急きょ秋音市まで派遣された日本各地のプリステスが討伐を果たし翌日には沈静化。
まだ生き残っていた災いは居たものの、乱舞と炎武による討伐が成された。
翌日のニュースは凄い事になっていた。
『各地で事故多発! 秋音市一気に県内事故率一位に浮上!』
『深夜に山火事!? 自治体の管理は如何に!』
地方ニュースは一日中この話題で持ち切りで、朝刊は間に合わなかったものの夕刊には地方新聞もこれを取り上げている。
パイプ椅子に座りながら地方夕刊を開いていた美咲は、表情を真っ青にしながら口を開いた。
「私たちの事、新聞に乗ってますよ……?」
山火事の方は、見事に『未成年者三人による犯行と見られる』と出ているが、肝心の犯人は名前が出ていない。
――ただ、未成年者三人となれば、美咲や花江、シャルロットの他無いだろう。
「んー、大丈夫じゃない? 聖堂教会がどうとでも根回ししてくれるよ」
リンゴの皮を剥きながら、簡単に返事を返した花江。皮を剥き終えると均等に切り分け、その一つを美咲の口元へと押し付けた。
「あむ」
「おいしい?」
「おいしーれす」
「はーい、宜しい」
「あの……私の病室でいちゃつかないで貰えます?」
「見せつけてんのー。アタシたちのラブラブっぷりを。アンタにやる美咲は一ミクロンだってないんだかんね」
「花江さん、ミクロンの意味分かってますか?」
「知らなーい」
二人がいる場所は、出血多量による衰弱と多量の切り傷によって入院を余儀なくされたシャルロット・サール・クラージュの病室だ。聖堂教会が手配した病室で、関係者以外の立ち入りは禁止されている。
彼女はハァと溜息をついた後、花江から差し出されるリンゴに口を付けた。
「むぐ……ですが確かに、聖堂教会による情報操作で、明日にはこの事件は記事にならなくなるでしょう」
「でも、事件の爪跡は残りますよね」
「災いによる被害と言うのは、その大抵が物損事故程度で終わるものです。カラミティのように『地震を司る災い』などは滅多に現れませんから。大抵は『不運』で片付く事件ばかりです」
聖堂教会は出現した災い全てに、災害が引き起こされた場合のランク付けを行い、そのランクが高い者から順次討伐していく、と言う手順を踏んだと言う。
なので『火災を司る災い』や『水災を司る災い』等から率先して討伐され、被害は少なく済んだ、という事だ。
「まぁ、今回は奇跡的に死傷者ゼロ。根回しはカンタンカンタン」
「私が死傷者一になる可能性はありましたが」
「あは。ブラックジョーク上手いねー、サール・クラージュってば」
「言いたくて言ってるわけじゃありませんっ」
「でも……シャルロットはなんであの時、私を殺そうとしなかったんですか?」
美咲が問いかけると、シャルロットは少しだけ表情を俯かせて、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「……聖堂教会の命令は、確かに美咲様の殺害でした。ですが、美咲様を殺してしまえば、もうカラミティに敵う人材がいなくなってしまう、と考えたのです」
「で、アタシとサール・クラージュのどっちかが美咲を助け出して、美咲と一緒にカラミティを倒しましょう、って決めてたの」
「七割方、無理な作戦だと思いました。ですが、希望はもうそこにしかない。美咲様を助ける為であれば、私のこの命など――」
「シャルロット、怒りますよ」
キッパリと言い放ち、言葉を遮った美咲。彼女の表情に、シャルロットもフッと微笑んだ。
「私は聖堂教会に御心を捧げていたプリステス。そうする必要もあると考えていただけです。
――ですがもう、簡単に命は投げ出しません」
美咲と視線を合わせて、彼女は言うのだ。
「私はこれから、美咲様を苦しめるものから、貴女を守ります。――私の親愛なる、女神様の為に」
**
神崎美咲は、正式に聖堂教会所属のプリステスとなる事が決定づけられた。
彼女の虚力は、一般市民として生きさせるには危険極まりないものである。
その為に彼女専用のアルターシステムを用意し、宮越花江と共に秋音市の担当プリステスとする事で、その危険性を回避する事となったのだ。
シャルロットの病室を出て、病院から自宅への道のりを、花江と並んで歩く歩幅は等間隔。だがその二人の間には、人一人分だけの距離がある。
「美咲、いいの?」
「何がですか?」
「アンタは、平和な世界を生きるべきだった。アタシが巻き込んで、アタシがアンタの人生を壊したんだ。
アンタは……ワガママを言う権利があるんだよ。
災いとなんかもう戦いたくないってワガママ、プリステスに変身なんかしたくないってワガママ。
アタシには、それを聞く義務がある。
――なんでも、言ってほしい」
「じゃあ、今から言います。ワガママ」
その間を、美咲が詰め寄った。
肩と肩がぶつかる感覚。歩みを止めた美咲と共に、花江も足を止めると。
「ん――」
唇と、唇が、重なる。
ほのかな温かみ。微かに感じる鼻息。そして――眼前にある、美咲の顔。
少しだけ身長差があるから、美咲は爪先立ちだ。
その様子を伺いながら、花江はフフッと笑みを浮かべつつ、彼女の体を強く抱き寄せ――そして深く口づけた。
数秒。だがその数秒が、彼女達にとっては永遠にも感じられた。
永遠に近い数秒の後。彼女たちは唇を離し、まだ僅かに『繋がって居たい』と言う欲望を振り払いながら――美咲が言うのだ。
「ずっとずっと……私と共に、生きてください。これが、私のワガママです」
ニッコリと、笑みを浮かべながら言う、彼女の言葉を噛み締め、花江は口を結び、そして手を伸ばす。
――そんなの、ワガママと言うもんか。
彼女を再び抱き寄せて、瞳に涙を溜めながら、宮越花江は言う。
「誓うよ。アタシがアンタの傍に、ずっといる。一生、アンタと共に生きる。――アタシが、美咲の人生を、彩ってやる」
「はい……私の人生、花江さんにお任せします」
頬を伝う涙。零れる笑み。
二人はそうして、ただ抱き合いながら立ち尽くしていると――頭の中を駆け巡る、一つの情報が。
「……かぁー。ホントに災いってば、空気読まないなぁ」
「ふふ、そうですね」
「こないだ緊急派遣されたプリステス、まだ居るかな? 無視しちゃう?」
「ダメですよ、お仕事はきちんとしましょうね」
「へーへー……流石我が妻、良い事言うねー」
「あれ、私がお婿さんじゃないんですか?」
「……こんな可愛い子、お婿さんには出来ないよ」
抱き合った体を離し、二人は互いの中指を見せ合う。
両手の中指に装着された、アルターシステム。
二人は二対の指輪を繋ぎ合わせ、手首を捻る。
宝石部がカチリと音を奏で――二人は声高らかに、叫ぶのだ。
『変身っ!!』
――これからも、幾多の災いや異端の者が、美咲を、花江を、シャルロットを襲うだろう。
――けれど、それでも。
「アタシ達なら、平気だもんね、美咲」
「はい。花江さんと一緒なら……どんな時でも、戦えますっ」
三人は、戦い続ける。
――災い殺しのプリステスとして。




