カラミティ、企みます。-02
神崎美咲――いや、プリステス・乱舞が目を醒ました。
眼前には夜も更けて街灯の光が眩い景色が見える。一つ一つの光は、まるで蛍の光のように小さく、ここから遠く距離がある事が一瞬で把握できる。
では自分はどこにいるのだろうと考え、体を動かそうとしても、体は何かに締め付けられるように、動かない。
顔だけを動かし、自身の状態を確認する。
両腕両足、そして腹部には触手のようなものが締め付けられており、一切身動きが取れない状況だ。
おまけに彼女の持つ虚力を奪っているのか、自身の身体から力が抜け落ちる様な感覚すらある。少しずつまぶたは重くなり、再び眠りについてしまいそうになる。
「君が眠ると、虚力の収集効率が落ちるから、出来れば起きていて欲しいんだけれどね」
だがそこで目の前から、声が聞こえた。
乱舞は、重たいまぶたを再び開けて、視線で捉える。
カラミティ――災いである。
「こ……これ、は……貴方、が……?」
「ああ。けれど僕は君の虚力を一切収集していない。その災いには、見覚えがあるだろう」
今一度、体に巻きつく触手を良く観察する。それと同時に、触手が生えた胴体部分も――確かに見覚えがある。
「この……災いは」
「君たちが半日前に討伐した災いさ。実は言葉が喋れないだけで名前があってね、フォビドゥンと言うんだ」
「この、災いは……何、を」
「君の虚力を用いて、この地でプリステスに討伐されてしまった同胞を、甦らせているんだよ。
君のおかげで、僕は再び仲間に巡り合う事が出来る。――君が育ってくれて、本当に感謝しているよ」
「貴方、が……私を戦わせ、ようとしていた、理由……まさか」
「そう。君が成長し、極限にまで虚力が高まれば、君の力を用いて全ての災いを甦らせることが可能になるからさ。
如何に僕が成長し、災厄をばら撒き、この世を一度崩壊させても、人間と言う生物はしぶとく生き残るだろう。
そうなればプリステスは生き残り、残る災いもいつかは全て滅され、長い年月を経て、人間は再び社会を形成する。
――そうならぬ為の布石として、僕達は何時でも蘇る事の出来るシステムを生み出す必要があった」
「その、システムを……私で、作ろうと……?」
「そうさ。そして僕は、君と同じく極限にまで虚力が高まった宮越花江を喰らう。
そして溜め込んだエネルギーを用いて、僕が世界を崩壊させる。生き残った文明も、多くの同胞が、そして再び蘇る僕自身が、滅ぼす事だろう」
――これが、この世界を災いの物にする為の計画さ。
そう笑った彼の笑顔が、どこか気持ち悪かった。
分かっていた事だが、彼は災いで、なまじ知恵を持っているからこそ、性質が悪いのだろう。
美咲は、意を決して口を大きく開け、その舌を噛み千切る為、力強く歯噛みをしようとした。
だがその願いは叶わない。舌を噛み切ろうとした瞬間、舌がクルリと前歯の奥に隠れてしまい、歯と歯がガチンと音を鳴らすだけだった。
「無駄だよ。君の死にたがりな面は、先ほどまででよく分かったからね。少しばかり君に細工を施させて貰った」
「何、を」
「いや難しい事じゃない。【ギアス】と言う、人間が古くから持つ術式さ。暗示とも言って、これを施された人間は、暗示をかけられた物事を無意識下で実行するんだ。
今回の命令は簡単で『死なぬように行動する事』なんだが、この術式はシンプルな命令な程に効き目が強い。本当に面白い事を考えるものだ、人間と言う生き物は」
「本当に……お話が大好きなんですね……貴方は」
「言葉とは、人間が生み出した最高の意思疎通方法だ。我々災いも見習わなければなるまいね」
「これから……世界を、滅ぼそうとしている、貴方が、ですか……?」
「災いの存在理由は、人間社会に災厄をもたらす事。だがそんな存在理由に価値は無い――僕達だけの世界を作った後に、成さねばならぬ事がある」
「……人間の、成り変わり……」
「話が早くて助かるよ。そう、僕は人間社会を滅ぼした後、『災いだけの文明』を築く。それが僕の抱く野望だよ」
――どうにかして、その野望を阻止しなければならない。
自身で自身を殺すことが出来ぬと言うのならば、時間稼ぎをしなければならない。
もう一度眠りに就こう。乱舞は目を閉じ、その意識を再び閉じようとした。
「だが君に眠られると、効率よくエネルギーを収集出来ない――ならば、君の別の感情を煽るとしようか」
無視だ。グッと顎を引いて、聞く耳持たぬと言わんばかりに強く口を閉じた彼女へ。
「君が五歳の頃に起こったトラック事故は、災いが引き起こしたんだ。知っていたかい?」
目を見開き、今一度彼の表情を見据えた。
彼は、ニヤリと笑みを浮かべながら、高く笑い声を上げた。
「本当に人間は分かりやすいね! 喜怒哀楽の中で、君が一番の輝きを魅せるのは哀だと理解しているが、しかし全ての人間が抱きやすい感情は、やはり怒りだ!」
「今なんて――何て、言った!?」
「ではもう一度語ろう! 君のご両親が死した理由は、僕の同胞が引き起こした災厄の結果だよ!
いや、本当は君が死ぬはずだったが、ご両親がその運命を拒否したと言った方が良いか!
宮越花江には語ったんだけど、君に話は行っていなかったみたいだね、何とも都合の良い!」
「許さない、絶対に許さない……!」
「でも君は、もう動く事すら出来ない。そんな囚われの身で、これ以上どうすると言うんだい? 感情を高ぶらせると――ほら!」
エネルギーの収集が、まるで早まる様だった。ギュウギュウと、強く締め付けられる感覚と共に力が抜け落ちる感覚が彼女を襲い、その視界すら虚ろになる。
「最高だ! 君が感情を昂ぶらせると、それだけ収集効率が上がる! 世界の破滅はこれだけで果たせてしまえそうだよ!」
次々と、かつて討伐した災いが、蘇っていく。
その光景を見据えながら、乱舞は、抱いてはいけないと思いつつも、感情を昂ぶらせるしか、行うことは出来なかったのだ。
――大災厄の始まりは、また一歩近づいてしまった。




