カラミティ、企みます。-01
轟々とした炎が全身を包む込むようだった。
目の前には、虚ろな表情を浮かべた女性。既に年は四十前半と言った所だろう。肌の張りは無くなっているが、端麗な顔立ちは未だに女性らしさを無くしてはいない。
彼女は、崩壊した家宅の柱を身体の上に乗せ、身動き一つすら取れない。
そんな女性の元に、一人の少女が手を伸べる。
まだ十代半ば程の少女で、その少しだけ茶色の混ざった黒髪を伸ばす、可愛らしい少女。
彼女は燃え盛る炎の壁より向こうに必死に手を伸ばそうとするが、だが腕を焼かれるような熱さに、手を一度だけ引っ込めた。
『ママっ!』
少女が涙を浮かべ叫んでも、女性は何も言わない。虚ろな表情を、少女の方へ向けるだけだ。
燃え盛る炎は、次第に少女の体まで近づいてくる。
――二人の別れは、近付いてる。
少女は意を決して、炎の壁へと近付こうと、足を一歩前へ踏み入れようとした、その時。
『花江……来ないで』
ようやく、女性が一言、声を上げた。
虚ろな表情はそのままに、小さな声を呟いただけだが、それでも声は、少女――花江の元へと届いた。
『花江、貴女は貴女の道を生きなさい。女の子らしく育って……
私みたいに、戦う事を強制された生き方じゃなくて……貴女だけの、道を……貴女が、大好きな人を見つけて……その人の、為に、生きて……』
『ヤだ……マジでヤだよっ、ママ!』
『……貴女は……その「マジで」って口調……やめなさいな。可愛らしく、ないわよ』
最後に。そう微笑んだ母の表情は、今まで花江が見た事も無いような、そんな明るさを持っていた。
――何も、最後の最後に。初めての笑顔を見せなくてもいいじゃないか。
『ヤだ……イヤだ、ママ――ッ!』
最後に。家宅の奥から爆発のような轟音が鳴り響き、花江はその体ごと、爆風により外へと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた身体を何とか起き上がらせて、目の前で燃え盛る我が家を。
母の亡骸が眠る我が家を見据えて。
宮越花江は、いつの間にか隣に立っていた青年に視線を移した。
『プリステスは、何とも人間らしい最後を飾ったようだね。良き事だ』
『アンタ……災い……!』
『美味しかったよ。君のお母さんの虚力は。――少しだけ、暴発してしまう位に』
『殺す……お前はアタシが、絶対に、殺す……! 殺してやる……ッ!』
『ふふ。君の怒りは、何とも美味しそうだね』
男は身を翻し、歩き出す。その身にまとうスーツは、燃え盛る炎の眼前に居たと言うのに、塵一つまとわりついていない。
その背を見据え、背後に炎が燃え盛る中、彼女は呪いの言葉を吐き続ける。
『絶対に殺してやるっ!
アタシがアンタを、アンタの事を殺す……!
何十年、何百年経ったって……アタシの身体が無くなったって、アンタだけは殺す!
絶対に――!』
燃え盛る炎は、しばしの時を以て、自然と鎮火した。
**
宮越花江が目を醒ますと、身体のあちこちから痛みが襲い掛かり、彼女自身を蝕むようだった。
身体を起こす。それだけで一日分の体力を使い果たすような激痛が走り、彼女はふぅと、溜息をついた。
「目を、醒ましましたか」
起き上がった視線の先には、一つの人影。それは見慣れた少女の姿では無い。
金髪のロングヘアを下した、仕事仲間だ。
「サール・クラージュ――美咲、美咲はっ!?」
「おそらく、まだ生きています。これを」
目の前に立つ少女――シャルロット・サール・クラージュから手渡される、二対の指輪。
そのアルターシステムを、両手の中指に装着すると、頭の中へ情報が無数に舞い込むようで、気持ちが悪かった。
「何これ……マジ気持ち悪いんですけど」
口元を手で押さえ、吐き気を抑え込んでいると、シャルロットは淡々と説明を開始した。
「貴女が気絶をしてから約半日。この秋音市全域に無数の災いが出現しました。
出現した災いは全て、今まで貴女と美咲様で討伐した災いだけ。
――蘇っているのです。災いが」
「意味、わかんないんだけど」
「美咲様の膨大な虚力を用いているのでしょう。彼女のエネルギーが、散っていった災いの身体を再構成し、現世に蘇らせている」
「聖堂教会は? 美咲はどこにいるの?」
「聖堂教会はてんてこ舞いです。今は各地のプリステスが急きょこちらに派遣され、何人かは既に任務に就いていますが、美咲様とその存在を奪ったカラミティの討伐は、未だ果たせていません」
だんだんと痛みが引いてきた。アルターシステムに搭載されている治癒能力のおかげだ。
花江は立ち上がり、その場で軽くストレッチをしながら、自身の中にかつての虚力が戻っている事を確認した。
――いや、全盛期以上に虚力が存在する。先の戦いで生まれた怒りや哀しみの感情を元に、虚力が増幅したのだろう。
「私と貴女の任務は、カラミティを見つけ出し、討伐する事。――そして」
「美咲を殺す事、でしょ」
その言葉にシャルロットが口を結んだが、しかしすぐに頷いて見せた。
「左様で御座います。このままでは全世界が災いに満ちてしまい、今戦えるプリステスだけでは対処が出来ない。カラミティを殺したとしても、それは同様です」
「分かってる――どっちにしろ、今の状況を放っとけない」
花江は、素早い動きで台所へと足を向け、その炊飯器の中で炊き上がり、保温状態で残っていた白米を、しゃもじを使って強引に口内へ放り込んだ。
炊飯器の中で保温され熱を持つ白米を乱暴に噛み、飲みこんだ花江は、シャルロットへ言う。
「行くよ」
「お待ちください」
「何。急ぐんでしょ」
「冷静になった貴女にお聞きしたいのです。――貴女は、カラミティを相手にして、勝てると思いますか?」
「思わない。悔しいけど、アイツマジ強いし」
「私も同意見です。私と貴女、二人の力を合わせても、あの大災厄に敵う筈がありません」
「でも、動かないより動いた方が良い。それはマジで正論っしょ?」
「動かないとは言っていません。――少しばかり、任務から外れた行動を執る必要があると思っているのです」
「――それは、もしかして」
コクンと、シャルロットが頷いた。
その真意を、花江はすぐに感じる事が出来た。
言葉に出さずとも感じ取れたシャルロットの真意に、花江は彼女と同じく頷いた。
「オーケー。それで行こう。それなら五分五分って所かな」
「三分七分が関の山でしょう。しかしゼロでは無いだけマシです」
花江とシャルロットは、互いに視線を向けながら、その両手中指に装着したアルターシステムを合致させ、言葉を紡ぐ。
「変身っ」
「――変身」
手首を捻ると同時にアルターシステムが稼働し、その宝石部が梵字を浮かび上がらせ、眩い光を放出した。
光の中から現れる、プリステス・炎武と、プリステス・サール・クラージュ。
彼女たちは自身の持つ虚力を確認しながら、近くにある窓を開け放ち、そこから飛び立っていった。




