シャルロット・サール・クラージュ、参ります。-09
「待っていたよ、この時を」
男の、声が聞こえた。
花江の背後に立っていた男は、彼女の首筋に手刀を当て、彼女を気絶させた。
倒れ込む花江が地面へ身体を預ける前に、彼女の体を抱きしめた美咲は、彼女を止めた一人の男性を見据えた。
またも現れた災い――カラミティ。
彼は、今まで見た事も無いようなニンマリとした笑みを浮かべながら、美咲へと手を伸ばす。
「遂に、虚力が極限にまで高まったね。神崎美咲、宮越花江」
「カラミティ、さん……貴方は、もしかして……!」
「君と宮越花江の、その極限にまで高まった虚力があれば、この人間社会を崩壊にまで導ける。
災いが世界を支配する、そんな世界を作る事が、出来る――!」
野望に塗れた表情。
その表情を見据えて、美咲はギュッと、花江の身体を抱き寄せた。
「無駄な抵抗は止める事だ。さぁ、僕と共に行こう。君を殺そうとする世界を、壊してあげるよ。この僕が」
「い――嫌っ!」
「君に拒否権は無い」
冷たい視線が、美咲に襲い掛かった。
美咲は右手に持っていた滅鬼の刃を横薙ぎで振り込み、カラミティは左手の甲でそれを防いだ。
――その時。もう一つの足音が聞こえた。
「花江さん、美咲様!」
サール・クラージュがやって来たのだ。
カラミティの視線が一瞬だけ彼女に向けられた瞬間、美咲は虚力を放出し、そのエネルギーを暴風として顕現させた。
暴風を受け、一歩後ろへと下がったカラミティ。その隙を見計らい、サール・クラージュへと花江の体を放り投げた。
花江の体を抱き留めたサール・クラージュは、一体何が起こっているのか分からないと言わんばかりの表情で、前を見据えていたが――
「逃げて、シャルロットさんっ!」
「で、ですがその災いは!」
「この人は、花江さんの虚力も狙ってます!」
サール・クラージュとの会話をそこそこに、再び滅鬼を両手で構え、刃を上段で振り込んだ。
しかし再び左手の甲でそれを防いだカラミティを見据え、美咲は虚力を全力で放出する。
「早く――ッ!!」
虚力が暴風となり、風は彼女を包む。威力を内包させたままカラミティへと突撃する姿を見据えて――サール・クラージュは息を呑んだ。
(カラミティが、美咲様を手に入れてしまったら、世界は終わる)
だが今彼女が放出している虚力は、サール・クラージュが全力を出しても、足元にも及ばぬ程の力量を誇っている。
そんな彼女を援護したとして、役に立つか否か。
それを考えた瞬間、サール・クラージュは花江の体を抱き寄せて、その場を走り去った。
  
サール・クラージュがその場から走り去った事を確認し、彼女――乱舞は身体にまとった暴風を制御しながら、切先をカラミティの胸元に突きつけた。
今まで左手の甲で攻撃を防いでいた彼だったが、その威力を防ぎ切れぬ事を読み取ってか、身を翻して地面を軽く蹴った。
森が揺れ、そして地面から岩の槍が顕現されると、槍が乱舞の腹部スレスレを切り裂いた。
だが、滅鬼の刃で岩の槍を叩き折ると、暴風で彼の体を持ち上げる。
持ち上げられたカラミティの体は、両腕両足を動かせぬように制御されている。彼は少しばかり体を動かそうとしたようだが叶わず、フッと息をついた。
「さあ――覚悟してください!」
「覚悟するのは君の方さ。プリステス・乱舞」
暴風で抑え込まれていない右手の指を、パチンと鳴らすカラミティ。地面が再び揺れ動き、岩の剣が幾つも生み出された。
剣は全て乱舞へと襲い掛かる。
幾つかは彼女の体にまとわれる暴風で弾き飛ばされたが、一本は乱舞の腹部へ突き刺さり、彼女は口元から血を吹き出した。
「ふぐ……っ!」
膝を折り、それと同時に彼女が生み出していた暴風が弱まっていく。カラミティは綺麗な動きで地面へと着地し、彼女の手を強引に引いた。
「やるなら、早く、やってください……!」
「殺しはしない。虚力も、僕の物にはしないよ。――君にはまだ、利用価値があるからね」
カラミティは、今一度指を鳴らすと。
乱舞は意識を失い、虚力の放出を、止めた。
  
**
  
乱舞の虚力反応が、消えた。
サール・クラージュ――いや、今は変身を解き、シャルロットへと姿を戻した彼女は、一度だけ拝見した美咲の自宅へと戻り、胸に抱く傷付いた同僚を、一先ず布団の上に横たわらせた。
「やはり、美咲様を一人で置いていくべきではありませんでした」
後悔は湧くが力は湧かず、椅子に腰かけたシャルロットは、制服に入れていたスマートフォンを取り出し、電話をかけた。
「サール・クラージュです。――はい、私の失態で御座います」
電話で繋がった相手は、聖堂教会を率いる人物である。
名前は知らない。知らずとも良いとも思っている。
彼女が従っているのは彼では無い。彼の上に居るべき『神』であり、彼は『神』の声を代弁するだけに過ぎないのだ。
『今、日本各地のプリステスを集結させている。現地にいるプリステス・キャトルも、珍しく動員している。
サール・クラージュは宮越花江と共に、今からアルターシステムに送信するデータを元に、作戦行動を執れ』
「――これは」
『神崎美咲は、まだ虚力を喰われてはおらん。ターゲットを見つけ出し、その魂を――神に返還させよ』
つまり。
カラミティに捕食される前に――神崎美咲を再び殺す為の行動に移れ、と言う命令だった。




