シャルロット・サール・クラージュ、参ります。-08
走る、走る。とにかく全力で駆ける。
プリステスとなり、脚力も常人を遙かに超えるスピードで地を蹴る彼女は、瞳に涙を浮かべながら、ただ走り続ける。
彼女は運動場の裏にある一つの山を登り――木々が生い茂る人目につかない空間へ辿り付いた事を確認すると、ホッと息をついて、前を見据えた。
目の前には、一人の男性が微笑みを浮かべながら立っていた。
銀の短髪と紺色のスーツ。その姿を見てから一時間も経過していないので、変りもしない。
「カラミティ、さん」
「さんはいらないよ。それにしても、僕の予想した通りになったね。本当にあの組織は分かりやすい」
「あの、私……私、どうしたら……!」
「どうしようも無いさ。君はこれから聖堂教会に追われ、そして君は戦う他無い。
プリステスが僕達を討伐する理由を、僕は正当防衛と述べた。それと同じ事さ。君はその力を用いて、聖堂教会に対する正当防衛を行うしか道は無い」
「でも……人の命は、奪えません」
「どうして。君は同じ人間に命を狙われている。それを防ぐことが、何故出来ないんだい?」
「私……自分の命なんか、どうでもいい……自分の命が亡くなる事で、誰かの命が救えるのなら、それで……!」
「だが君が死んでも同じことだ。もし今後、君と同じような人物が現れたら、同様に聖堂教会はその者を殺すだろう」
「例えそうだとしても……例え私の自己満足でも……私には、できません」
唇を噛み締めて、美咲はそう呟いて、顔を伏せた。
「では、君に一つだけ良い事を教えてあげよう」
そんな彼女へ、カラミティは言葉を投げる事を、止めはしない。
「聖堂教会は君を殺す為に行動を開始する。そしてそれを邪魔しようと言うのならば、宮越花江も手にかけるだろう」
「え」
「君が意図して聖堂教会に殺されようとすれば、宮越花江はそれを全力で拒否し、そして戦う事を選ぶ。
君が聖堂教会と戦う意思を見せたとしても、宮越花江は君と共に歩む道を選ぶだろう。
となれば聖堂教会が宮越花江を殺さない理由は無い。
どちらにせよ、彼女も狙われる結末は免れないんだ」
「そんな……だって花江さん、関係ない……!」
「宮越花江はそう言う人間だ。彼女は大切な家族を災いに殺され、復讐でプリステスとなった。
新たな家族と同義の君を、見捨てる事は絶対にありえない」
「でも、花江さんはプリステスで――聖堂教会が、そんな」
「宮越花江の代わりなんていくらでもいるよ。元より彼女は優秀なプリステスでは無い。聖堂教会は、彼女が邪魔となるならば、迷わず切り捨てるだろう」
どうだい? と。カラミティは笑みを崩さず、ただ美咲へと問いかける。
「これでも君は、戦う事を拒否するかい? 宮越花江と言う家族を失ってまで、君は自分が死ぬ覚悟はできているかい?」
言葉が、出なかった。
溢れ出る涙を抑える事も無く、美咲はただ頭の中に流れる情報を受け入れ――そして混乱していた。
自分は一体どうすればいいのだろう、と。
何度、何を考えようとも、答えなど出はしないのに。
「君が戦う事を選べば、少なくとも宮越花江は救えるかもしれない。
君が聖堂教会と戦い、彼女を守る……その為のプリステスとなればいいんだ」
「私が……花江さんを守る、プリステスに……」
「いいよ、その表情。――君はやはり哀しみの表情が、一番似合う」
美咲の表情を見据えながら、満足げにその身を翻したカラミティ。
カラミティが居なくなり、代わりに彼女の元へ、一つの足音が届いた。
「み……美咲……良かった、っ」
炎武だ。彼女は、その体から僅かに血を流しながらも、滅鬼を杖代わりにして美咲へと近付いた。
「花江さん、シャルロットさんは」
「まだ、その辺りに居ると思う……逃げよう、美咲。アタシがアンタを守る……アンタは、普通の女の子として、生きればいいんだよ……っ」
血の流れる腕を抑えて、彼女はその場に座り込んだ。サール・クラージュと戦い、そして負傷したのだろう。
そんな彼女を見据えて、美咲はふるふると首を横に振った。
「これ以上……花江さんが傷付く所なんか、見たくありません」
「何、言ってんの。アタシが巻き込んだんだ。アンタは何も考えなくていい。もし聖堂教会がアンタを殺そうとするなら、アタシが」
「もう、止めてください」
「いやだよっ。……アンタ言ったじゃん、アタシは大切なお姉ちゃんなんだって。アタシ、それがマジで嬉しかったんだよ。
アタシはママを亡くした。その上で可愛い妹のアンタを亡くしてまで、欲しい物なんて無い……っ!」
「花江さん……私も、小さい頃に家族を亡くしてるって、言いましたよね」
不意な言葉に、花江も少しばかり驚いた表情を浮かべながらも、コクンと頷いた。
「それ以降から、人との関わりを無くしていきました。
……仲良くなった人が、目の前から居なくなるのが嫌。愛している人から裏切られるのが嫌。
でも、何より嫌なのは……大切な人が、自分の事を思って、死んでしまう事なんです」
美咲の両親は、トラック事故によって命を落とした。
だがその時に、命を落とすはずだった人物は、本来トラックに轢かれるべき人間は――美咲だったのだ。
両親は、トラックに轢かれそうな美咲を助け、そして代わりに命を落とした。
それが、心の中でずっと――彼女を蝕んでいた。
その『哀しみ』の感情を、常に彼女はまとい続けてきたのだ。
だからこそ、彼女は言う。
「私の為に、命を粗末にしないでください、花江さん。……大好きな、お姉ちゃん」
ボロボロと流れ出る涙を止める事無く。
美咲は備えられていた滅鬼の切先を、花江へと向けた。
「美咲……?」
「今から私、花江さんを攻撃します。花江さんは私を止めようとしたけれど、止め切れず殺してしまう……そんなシナリオはどうでしょう」
「い、嫌だ! 良いからアタシの言うとおりにしてよ! 美咲を、失いたくなんか、無いよぉ……っ」
「何で……何で私のワガママ、聞いてくれないんですか!? これが一番いいんですッ!
私が死んで、花江さんが生きる! 花江さんが私を殺すことで、聖堂教会から花江さんを守る事が出来るっ!
……このシナリオが、一番……一番いい筈なのにっ!」
「そんな結末、良い訳がないでしょうがっ!」
怒鳴られた美咲は、キッと目の前を見据えながら。
その刃を花江に向けて振り込んだ。
振り込まれた滅鬼の刃を、同じく滅鬼で防いだ花江は、美咲へと手を伸ばそうとするが、彼女が欲しているのは、温かな手では無かった。
花江の腹部に叩き込まれる、美咲の右足からの蹴りを受け、数歩たじろいだ花江は、視線を美咲へと向けた。
「美咲……っ」
花江のまぶたから流れ出る涙を見据えて、美咲も溢れる涙を、抑える事が出来なかった。
――どうして、こんな事になってしまったのだろう。
――これは、誰が望んだ事なのだろう。
――【怒り】が、そして【哀しみ】が、溢れ出るようで。
――その【感情】が、虚力として還元され、二人の身体を包み込んだ。




