シャルロット・サール・クラージュ、参ります。-02
少しばかり寝不足だ。美咲はそう感じながらも欠伸を堪え、通学路を歩いていた。
既に彼女へ向けられる視線にも慣れ、そして声をかけられる事にも慣れた。
――未だに緊張で言葉を噛む事はあっても、それを笑い飛ばしてくれる関係にまで、クラスメイトと発展が出来た。
美咲は軽やかな足取りで教室へと向かうと、何やら教室全体が騒がしい事に気が付いた。
「あ、おはよう美咲ちゃん」
「おはようございます、真子さん」
今や、女子のクラスメイトとは、下の名前で呼び合う仲にまでなっている。美咲は自身の席に腰かけ、そして一時限目の準備を始めた所で、クラスメイトの越谷真子に声をかけられた。
「美咲ちゃん、今日ウチのクラスに、転入生が来るんだって」
「転入生、ですか?」
「うん。なんかー、外国から来た子みたいだよ。留学生がウチの学校に来るなんて珍しいね」
確かにそれは珍しい。
この秋音市には、三つつほど高校がある。問題児が通う玄武高校、成績中級者が通う秋音高等学校。そして留学生や成績優秀者が通う零峰学園高等部だ。
零峰学園は国際化社会に適応する生徒を育成する為、多くの留学生を受け入れているものの、他二校は消極的だ。秋音市内であれば、自然と零峰学園へ留学生は集中する。
そんな中、わざわざ秋音高等学校に留学生が転入してくる事は大変珍しい事だった。
「あ、来たみたい」
チャイムが鳴る数秒前。スピーカーからチャイムが鳴り響くと同時に入って来た教師に連れられて――一人の女の子が入室した。
綺麗な金髪、透き通るような肌、整った顔立ち。
その全てを捕まえても、美女と呼ぶのが相応しい女性が、そこに立っていた。
彼女は秋音高等学校の白と紺のセーラー服を着込み、ニッコリと周りへ笑みを浮かべた。美咲も綺麗だと思った。
「ホームルームの前に、転入生を紹介する」
「私、シャルロット・クラージュと申します。フランスからやって参りました。今後、皆さまと同じ制服をまとい、学業に専念出来る事を、嬉しく思っております。宜しくお願いいたします」
先生の言葉の後に、ぺこりとお辞儀をしながら、澄んだ声を教室内に響かせながら、彼女の声が聞こえる。
まるで聞く者の疲れを、全て洗い流すような声を聞きながら、クラスメイト全員がボゥ――と聞き惚れていた。
「ああ、そうです。私、フランスでは修道女として勤めていた事も御座います。もしよろしければ、皆さまの懺悔、お聞かせて頂ければ幸いです」
最後に、そう〆た彼女が、彼女の席として用意された机へと向かった。
美咲の真横。その椅子に座り込んだ彼女は、隣に座る美咲に向けて、ニッコリと笑みを浮かべた。
「私、シャルロット・クラージュと申します。シャルロットとお呼び下さい」
「あ、あ、あ、あ、ああ、あの。私、神崎美咲です。何かあれば、聞いてくだじゃい」
噛んだ。変な風に噛んだ。美咲は顔を真っ赤にしながらも、その態度だけは崩さないようにした。
「うふふ。私も緊張しておりますが、美咲様も大変緊張なされているようですね」
「ひゃい」
また噛んだ。今度は頭を垂れて落ち込んでいると、シャルロットはだがしかし、笑みを崩さずに彼女へ言うのだ。
「大丈夫です。美咲様が自分を恥ずべき事はございません。舌足らず、それはまだ幼い証拠。
言ってしまえば、今後も成長が見込めると言う事でもございます。
美咲様が口にしたい言葉を、皆様聞きたがっているのですから、焦る事は御座いません」
噛んだことを慰めてくれる人は、初めてだった。
美咲は、シャルロットと仲良くやっていけそうだと安心しながら、彼女と同じくニコッと笑みを浮かべた。
その笑みを見据えて、笑みを返した彼女たちは、他のクラスメイトにどのように映ったのだろう。
美咲は、そんな事も気にしなかった。
**
一時限目が終了し、最初の休憩時間。シャルロットは周りのクラスメイトに詰め寄られ、質問攻めに遭っていた。
「シャルロットさんって元々フランス育ちなの?」
「フランスに彼氏は居た?」
「修道女って何してるの?」
「懺悔ってどんな事聞くの?」
「シャルロットさん」
「シャルロットさん」
一斉に、クラスメイトからの質問を聞くシャルロット。だが、その笑みを崩すことなく、彼女は頬に手を当て「申し訳ありません」と小さく謝罪の言葉を口にした。
「かの聖徳太子は、十人の声を同時に聞き分けたと聞いた事があり、私にも出来るかと思いましたが、存外難しい物ですね。よく分かりませんでした」
アハハ――と笑いが蔓延ったと同時に、クラスメイトは一度に聞き過ぎたと少しばかり反省し、一つ一つ聞く事にした。
「シャルロットさんは、フランスのどこ育ちなの?」
「首都・パリで生まれ、そして育ちました。パリの街並みは造形的美術に満ちております」
「修道女だったんでしょう? どんな事をしてたの?」
「修道女と言っても、私はあくまで、日本で言うアルバイトのようなものでございます。迷える人々の懺悔を聞き届け、神の言葉を代弁するだけでございました」
「懺悔ってどんな事聞いた?」
「申し訳ございません。懺悔の内容は、迷える方々と我々修道女との間で、守秘義務が課せられております。ですので、お答えは難しいのです」
「彼氏は!? 彼氏は居た!?」
「フランスは確かに男女交際に寛容な国ではございますが、私も神の身元で修行中の若人でございます。ですので、男女交際に関しては一切行っておりません」
「じゃあ、男の人と関わったりは」
「原則致しません。また残念な事ですが、日本へ留学している間も、異性を近くに置く事も許されておりません。ですので、クラスメイトであっても、男性との交流はあくまで最低限に、と」
真に残念ですが、と苦笑したシャルロットに次いで、クラスメイトの男子たちは大粒の涙を流していた。
「美咲ちゃんは、何か質問は無いの?」
「へ?」
その様子を、ただ観ているだけだった美咲へ、クラスメイトが声をかけて来た。
話が振られると思っていなかった美咲は、首を傾げながら「いえ、特には」と言葉を投げた。
「うふふ、美咲様は私とは違い、男性にも不自由はなさそうですね」
「そ、そんな。私もあんまり男性には耐性が無くて。お付き合いとかは」
「あら。それは勿体なく思います。美咲様はとってもチャーミングですもの」
「あ、ありがとうございます、シャルロットさん」
「そうです。美咲様、後ほど校内を案内して頂けませんか? 私、もっと美咲様とはお話がしたいのです」
「私で宜しければ」
パァと表情を明るくさせたシャルロットを見据えながら、美咲はニッコリと微笑んだ。
二人の美少女から成される、品の良い会話を聞きながら、クラスメイト達は何やら聖域を見たような気がして一瞬で押し黙り、見つめていた。
そんなシャルロットは、クラスメイト中の人気者となっていた。
毎時間、授業が終わると同時に彼女の元へクラスメイトが駆け、懺悔を聞かせていた。
「私、実は彼と上手くいってなくて……男性って、身勝手でしょう? だからどうしても喧嘩になっちゃって」
「私も、男女関係には疎く御座います。ですが、問題は男性だけの事でしょうか?
男性も出来れば喧嘩をせず、理性的にお話がしたいと思っているはずです。
一度男性の物言いに耳を傾け、その言葉に最初、肯定を差し上げるだけで、幾分か理性的な会話が成り立つと思います」
「確かに、私アイツの言葉を全部初っ端から否定していたかも」
「神はこう申しております。『人の言葉は真意を全て語れぬ物。言葉を最初に遮ってしまえば尚更である』
――であれば、その真意を、三割でも分かる事が出来れば、男性を真に理解できずとも、三割の中にある一割を肯定する事は出来る筈です」
「そっか……ありがとう、シャルロットさん!」
「清き男女交際、私は応援しております」
等と言った軽い懺悔や。
「実は今凄く悩んでて……俺の言葉って誰にも聞いて貰えてないんじゃないかって……実は俺の事を理解してくれる人なんかいないんじゃないかって……」
「人は、その頭の天辺から足の爪先まで、全てが同じ人物なぞ存在致しません。であれば、人を理解する事の難しさは、誰より一人一人が知り得ている筈です」
「それは、解るんだけど……」
「神はこう申しております。『神はヒト全ての事象を理解するわけでは無い。神の常識・ヒトの非常識』――と。
であれば自身が持つ常識非常識を認識し、他人の常識非常識を認識してあげる事が、他人を心から理解し、そして理解される最も有効な手段であると思います」
「ありがとう……俺頑張るよ! まずは他人を理解するところから始めてみる!」
「他人を理解する。言葉にする事は容易でも、実行する事は難しい。ですが行動する事に意味がある。私は貴方の心意気を応援しております」
等と言った少し重たい懺悔にも、迷いなく答えていく。
その姿を見据えながら「凄いなぁ」と小さく呟くと、クラスメイトの真子も頷いた。
「さすが修道女なだけあるよね」
「はい。私もあれ位スラスラお話が出来れば……」
「あ、じゃあ美咲ちゃんも懺悔聞いてもらえば?」
「へぁっ!?」
変な声が出た。しかし真子からすれば慣れたものだった。
「ねぇねぇシャルロットさん! 次は美咲ちゃんが懺悔聞いてもらいたいって!」
「ちょぉっ、真子さん!?」
真子に手を引っ張られ、シャルロットの前に設置された椅子に無理矢理腰かけさせられた美咲は、その対面に座るシャルロットのニッコリと微笑む姿を見て、表情を俯かせながら、観念したように言葉を紡ぐ。
「実は……あの、私人見知りで……あんまり人と話すことが得意じゃなくて」
「ええ、美咲様は大変可憐で、そして硝子細工のように繊細でございますもの」
「どうすれば、この消極的でダメダメな性格を、治す事が出来るかなぁ、と」
「美咲様は、そのままで宜しいかと思います。人には十人十色御座います。自身の欠点を理解し、そして全てを肯定する事が、何より大切な事なのです」
「自分を理解し、肯定する……」
「ええ。神はこう申しております。『ヒトよ、全てを愛しなさい。欠点も尚の事である』――と。
美咲様は自身の事を理解していらっしゃいます。ですのであくまで必死に変わる必要は無いのです。
自身を理解した上で、他人と関わる事を望んでいらっしゃるのであれば、自ずと自身の力で運命を切り拓き、そしていずれ、自ずと変わる事が出来るでしょう」
――女神が、そこに居る。
柔らかな微笑みを向けながら、人の心を抉らず、しかし人の為になる言葉を投げかけるシャルロットの事を、美咲は女神のように感じる事が出来た。
「あ、ありがとうございます! 私、まずは今の自分を受け入れてみます!」
「美咲様は真に可憐ですね……私、そんな美咲様が大好きで、応援しておりますよ」
ギュッと、美咲の手を握るシャルロットの手は、温かかった。
「……真、美咲様は美しい……」
その言葉だけは、上手く聞き取る事が出来なかったが、美咲は特に気にもしていなかった。




