宮越花江、守ります。-06
「虚力、多い。確かに、アイツが注目する、理由、ある」
ディザスタは、地面を強く蹴り付け、大剣を大振りで乱舞に向けて振り込んだ。
軌道を読み切った上で横跳びし、回避した乱舞だったが、すぐに彼女の元へ大剣が横薙ぎされ、その軌道は滅鬼で逸らした。
逸らされた先から、間髪入れずに再び振り込まれる大剣。
乱舞は防戦一方だ。実力が無いわけでは無い。
だが彼女は今まで喧嘩や真剣勝負に疎い、ごく普通の女子高生でしかなかったのだ。早々、戦う実力が付いている筈はない。
「残念、無念……続きの言葉、知らない」
最後に。上段から振り込まれた大剣を間一髪躱した乱舞の――がら空きとなった顔面に向けて、振り込まれる拳。
男性にしてはやや小さめの拳ではあるが、それでも災いとしての力を持つディザスタの拳は、乱舞を吹っ飛ばし、彼女の体を地面に預けさせるには十分だった。
「自分の、勝ち。勝負は、非情」
一歩一歩、確かな歩みの音が聞こえて、乱舞は顔を上げた。
少しだけ離れた位置から、段々と近づいてくるディザスタ。だが不思議と恐怖は無かった。
精一杯戦った。自分の命に悔いはない。そう心を決められたからだろう。
乱舞――美咲は自分の生を惜しむ事無く、ディザスタが早急に自身を殺してくれる事を祈り、目を閉じようとした。
その時だ。
目の前に、一人の女性が立ち、まるで美咲を守るように、その両手を広げる。
ルーズカールの茶髪と、白のユーネック、紺色のホットパンツ。
上に着込まれた淡い水色のエプロン。手に持つお玉は、百円ショップで買われた安物だ。
女性は地面に足が付いている事を確認する様にグッと腰を落とすが、両手だけは大きく広げたまま、そして叫ぶのだ。
「美咲は――殺させないっ!」
宮越花江だ。
花江はディザスタの前に立ち、鋭い視線を向けながらも、なおも無防備な姿を晒していた。
「どけ、元プリステス」
「どかない。それとアタシは、今もプリステスだ」
「だが貴様、力、無い」
「そう。そんな事は知ってる。変身なんか出来ない。アンタのパンチ一つで死んじゃう事なんて、分かってる」
でもね、と。小さく呟きながらも。
彼女はディザスタに向けて、確かに言葉を放つのだ。
「美咲は、アタシが巻き込んだんだ。
本当は美咲に戦う理由なんかなくて、災いに殺される必要も無い――
アタシが、プリステスとして、守らなきゃならない女の子なんだ」
だから、退かない。
そう言い放った花江の後ろ姿を、美咲はただ眺めていたが――まぶたに溜まった涙を、彼女は頬へと流した。
自身の命が無くなりそうになったと言うのに、流さなかった涙が今、彼女に守られている事により、流れた。
美咲は『嬉しい』と言う感情を覚えて。
――その感情は、彼女の体内でエネルギーとして、巡り巡った。
「では、死、あるのみ」
ディザスタが、大剣を上段で構え、重く、破壊力のある物理的な暴力を、花江へ、振り下ろした。
だが、大剣は花江の頭部に叩き込まれない。
鋭い刃を持ってして防がれた大剣を見据え、ディザスタが「あり、えん」と呟く。
彼女――プリステス・乱舞は。
花江の前に立ち、振り込まれた大剣を滅鬼で防ぎながら、なおも重量に耐えている。
ギギギ、と。滅鬼と大剣の合わさりから摩擦音が流れるものの、刃は折れはしない。
そして乱舞が、膝を折る事も無い。
「美咲……?」
「させ、ない……ッ」
「なん、だと?」
「私の命なんて……っ、どうでも、いい。――でもォッ!」
力強く言葉を放ちながら、大剣を押し返した乱舞は、自身から放出される、力強いエネルギーを、滅鬼へと流動させ、そして構えた。
「私に出来た大切な人……花江さんの命は……絶対に、守るっ!!」
エネルギーは渦巻く風となる。
美咲より発せられた虚力が、彼女の持つ性質を得て確かな能力として具現し、それが形を成して、現実世界へと干渉する――プリステスの固有能力。
美咲の持つ力は【暴風】
それを放出するように振り切られた刃から舞う暴風が、ディザスタの動きを封じ込めた。
「う――ぬぅうう!」
「う――ああああああああっ!!」
暴風により、身動きの取れぬディザスタの腹部へ向けて。
確かに一歩、地を蹴って、乱舞は、滅鬼の切先を――ディザスタに、突きこんだ。
ディザスタの腹部から、流れ出る黒い影。
影は粒子になると少しずつ光に照らされ、消えていく。
そして諦めたように項垂れた、ディザスタが言葉を放つのだ。
「プリステス。貴様の、名は、何だ」
「神崎……神崎美咲です」
「美咲……そうか、覚えて、おく」
「もう、死んじゃうのに、ですか?」
「死は、消滅、ではない。自分の意思、ずっと、この世界に」
その言葉が、最後だった。
髪の毛の先から爪先まで、全てが影となり、そして消えていった存在を見据えながら。
乱舞は自身の両手中指に装着したアルターシステムを外し、変身を解いた。
光が弾ける様に、消えていく巫女装束。そして再び着込まれる、秋音高等学校の制服。
その姿を確認した上で、美咲は未だにポカンとした表情を浮かべる花江の身体を、強く強く、抱きしめた。
「良かった……!」
「み、美咲……?」
「花江さん……私に出来た、大切な人……守れた……!」
グズグズと泣き散らす、花江より背の小さい美咲の頭を。
花江はようやくフッと笑みを浮かべながら、そっと撫でる。
「ありがとう、美咲。お姉ちゃん、嬉しいよ」
――大切な人と、呼んでくれて。
――守ってくれて、ありがとう。
その光景を、少しだけ離れた場所から見据えながら、彼が呟く。
「ディザスタ……君の意思、確かにそこにある。誇っていいよ」
一筋の涙を浮かべながら。
一人の青年が、手を空へと伸ばした。
「プリステス。成長するその力は、本当に魅力的だ」
――その力は、ボクが頂くよ。
小さく呟いた男……カラミティは、流れる涙を止める事無く。
薄く笑みを浮かべて、ただ空を見上げていた。




