宮越花江、守ります。-05
秋音市内の住宅街密集地。その住民が多く集まる場所の中央には、大きな公園があった。
公園は道や遊具が綺麗に整備され、子供たちが過ごしやすい空間が作られている。
そんな中、立ち尽くす黒い影があった。
影は最初こそ、人の形をした影、としか言えぬ外観をしていたが、だんだんと髪、皮膚、筋肉を身に着け、最後には衣服をまとってこの世に顕現した。
性別は男性に見える。男は長い黒髪と白のシャツ、グレーのジーパンをまとう姿となった。
男はその場で空気を吸い込み、その自然を感じ取るように、息を吐いた。
「これが、人間の、身体」
男は声を放った。トーンの低い、男性特有の発声を確認した男は、公園の出入口に視線を寄越した。
公園へ来訪する、二人の親子。
一人はオシャレをした中年女性、一人はまだ幼い、幼稚園児の男の子だ。
二人は公園の遊具へと向かい、母親らしき女性は男の子の様子をニコニコと微笑みを浮かべながら見ている。
「……あれが、人間の、親子」
小さく言葉を呟いた男は、その二人に向けて、歩を進める。
その姿は、女性にとってどのように映ったのだろう。
無言で、無表情で、ただ我が子へと向けて歩く男の姿を見据えて、女性は慌ててブランコで遊ぶ子供を抱き寄せ、男を訝しむ視線を向けた。
「あ、あの。何か御用ですか?」
そう尋ねても、男は何も言わぬ。立ち止まるだけだ。
子供は無垢な表情を見せながら「お兄ちゃんも遊びたいの?」と問いかける。
母親はそんな子供の口を塞ぎ、一歩一歩、少しずつ身体を後退させた。
「遊び、それは、なんだ」
そう尋ねた男に、子供はパッと表情を明るくさせた。母親の手を払いのけ、言葉を投げる。
「楽しい事だよ! お兄ちゃんもしよう!」
無邪気な笑顔。その笑顔を見て――男は。
「ああ。楽しい事、それは、分かる。今から、する」
そう言って、少年の元へ、手を伸ばした、その時だ。
母親と、その胸に抱かれた少年は、目を虚ろにさせ、その場で倒れ込んだのだ。
男は呆然とその二人を見据えていたが――そこで振り返る。
少女がそこにいた。
白と紺のセーラー服をまとった少女だ。髪の毛は長く、それを下しているものの、眼前にかからんとする前髪は全て左右で分け、ピンで固定している。
顔立ちは端麗だ。綺麗に整った目、鼻、口元、そしてそれらを包む肌は白く、非常にきめ細やか。
少女は、冷や汗を流しながら男に少しずつ近づき、両手の中指に装着した、指輪を構えた。
「お前は、プリステス、か」
「そ、そういう貴方は、災い、ですか?」
「名を、ディザスタ、と言う」
「災いには、名前がある者もいるんですね。覚えておきましゅ」
彼女は緊張のせいか、最後を噛んだ。だがそれを恥じる事も無く、中指に装着した指輪を撫でる。
少女――神崎美咲は、自身の持つアルターシステムに、変身や探知以外に、とある機能がある事に気が付いた。
虚力の捕食がされそうな者を、捕食される前に一時昏睡させる為の機能があるようだ。そうすれば、喜怒哀楽を司るエネルギーは発生されず、それを捕食する方法も無い。
「邪魔を、するな、プリステス」
「い、いやです。私、今はその、プリステスなので」
表情を俯かせ、自らの義務として、そう言葉を投げた美咲へ、ディザスタは首を振った。
「貴様は、意図して、プリステスに、なったのではない。それは、分かってる」
「それでも――それでも、だめです」
今度は、面を上げて。力強く発音した。
「私、守る力を持っちゃったんです。意図して持ってないのは、自分自身知ってます。
……でも、それを使わなかったら、自分自身が後悔する。それを、知っちゃったんです」
「そうか。――ならば、戦うしか、ない」
ディザスタは、いつの間にかその手に、二メートルは有らんかと言わんばかりの大剣を持っていた。
彼の身長は約百七十センチ程度。しかも体は細見と来た。長さ二メートル弱、幅は人間の胴体並はあらんかと目せる大剣を軽々と振り回す光景を見据え――美咲は泣きだし、逃げ出したい気持ちを湧き出させていた。
「でも……逃げません」
――この人を放っておけば、いつか私の元へ来るかもしれない。
――私だけじゃない。
――私に、初めて出来た家族以外の大切な人たち。
――クラスメイトや、花江さんが、危険に晒されるかもしれない。
「……私の命なんて、価値は無いんです。でも……大切な人達は、守りたい。だから」
両手中指に装着した、アルターシステムの宝石部と宝石部を繋ぎ合わせて――彼女は言うのだ。
「――変身っ」
手首を捻り、宝石部が稼働すると同時に、凡字を浮かべて光を放つアルターシステム。
その光に包まれ、秋音高等学校の制服から、白衣と緋袴の巫女装束に変わり、そして長い黒髪をリボンでまとめた。
腰に備えた長太刀【滅鬼】に手を当てながら、その場に姿を現した美咲――否。
【プリステス・乱舞】は、長太刀を鞘から抜き放った。
「……」
「……」
僅かな沈黙。プリステス・乱舞は抜き放った滅鬼の柄を強く握り、構え、目の前のディザスタへと向ける。
切先を彼に向けた事が、開戦の合図となった。
上段から振り切られる、ディザスタの大剣。
大剣の軌道を滅鬼で逸らすと、乱舞は強くその場を飛び跳ねて、上空へと舞い上がる。そして生い茂る一本の木に足を付けた乱舞は、枝を思い切り、蹴った。
蹴りと共に枝はへし折れるが、その前に速度を得た乱舞が駆ける。
切先を、ディザスタの腹部へと突きつけたが、動きを読んでいたようにひらりと回避した事を確認すると、再び上段で、大剣を振り下す。
着地した瞬間にその場を転がり、振り切られた大剣を避けると共に、もう一度滅鬼を構え直した。
「なかなか、やる。素人とは、思えない」
「えっと、昨日習って、何とか形に出来ました」
「習う、それは、強み。貴様は、強くなる」
だが――と小さく呟いたディザスタの動きも、なかなかに早かった。
大剣を思い切り横薙ぎすると、滅鬼の刃でそれを防ぎ軌道を変えたが、動きを見切っていたように、叩き込まれる右脚部。
乱舞の腹部へディザスタの土踏まずが叩き込まれると、胃液が逆流する感覚と共に、少しだけ唾液を吐いた。
「強くなるまで、待つつもり、ない」
十メートル程吹き飛ばされた体を制御しようとするも、威力が強すぎて手を付いても減速されぬ自身の体。地面に刃を突き立てて、無理矢理その場で停止した乱舞。
彼女はゴホゴホと息を吐きながらも、なお自身の体が万全のコンディションを誇っている事に驚いていた。




