宮越花江、守ります。-04
エプロンをなびかせながら、秋音高等学校からの帰り道を歩く、宮越花江。
彼女は学校の若々しい雰囲気を一身に受けて、どこか哀愁を漂わせていた。
「……アタシもホントなら、ああいう所にいたんだよねぇ」
幼い頃から、母親には炊事洗濯のみを教わって来た。
学校にいかず、簡単な計算と国語だけを習い、それ以外は全て家事の勉強に当てられていた。
その母親が災いに殺されてから、彼女は本来自由になったはずが、復讐の為にプリステスとしての勉強を始めた。
だから、基礎学力と言う物がない。小学生程度の学力しか持たないで、あの中に入り込んでも、いっぱいいっぱいになってしまう事などは目に見える。
だがそれでも――一つ、産まれる家が違ったら。
彼女は学校に通っていた。
彼女はプリステスになる事も無かった。
彼女は――今、復讐を志してもいなかったのだ。
「……美咲が、ちょっと羨ましいな」
小さく呟いた花江は、手に持ったお玉をブンブンと振り回しながら、歩を早める。
早く帰って、洗濯物を取り込まなければ――そう思い、面を上げた瞬間。
「やぁ、プリステス」
そこには一人の男性が居た。
煌めく銀髪、端麗な顔立ち、皺一つない紺色のスーツがマッチしている青年。
否――人間では無い。
彼は、災いだ。
「アンタ……カラミティ……!」
「少し、お話をと思って。どうせ今の君に力は無いしね」
「殺しに来たって事? さっさとやれば?」
「君は人の話を聞かないね。僕はお話を、と言ったんだよ」
「アンタと話すことなんて、何もない……!」
「神崎美咲。君の代わりにプリステスの力を授かった少女」
キッ、と。鋭い視線をカラミティに向けると、彼の顔面へ向けて手に持ったお玉を、素早く叩きつける。
鉄製のお玉。それを手の甲で防いだカラミティは「落ち着きなよ」と嘲笑った。
「今の君に、僕を殺す力は無い。そして僕も、今の君を殺す理由などない。話し合いをするには絶好の機会なんじゃないかな」
「黙れって言ってんの! 話があんなら勿体ぶらずにさっさと言え! マジでイライラすんのよアンタの喋り方!」
「これは失礼した。では簡潔に、事実だけを述べよう」
一旦そこで言葉を止めたカラミティは、フフッと笑みを浮かべて、花江に向けて、言い放つのだ。
「君は、復讐に憑りつかれているのは、自分だけだと思っているようだね」
「……どういう意味よ、それ」
「神崎美咲の両親は、既に亡くなっている。彼女が五歳の頃だ。その死因は災いにある」
言葉の意味を、一瞬理解できず。花江は唖然とした表情で「え……?」と呟き、目を見開いた。
「人災を引き起こす災いが役目を終えた際に、とあるトラックのブレーキが壊れたんだ。被害はそれだけ。
――だが不運はその時だ。そのブレーキが壊れたトラックに、神崎美咲の両親が轢かれてしまったんだよ」
「ちょ……待ってよ。なんで、なんでそんな事、アタシに言うのよ……マジ意味わかんない……!」
「さあ、何でだろうね。それは自分で考えてみるといいさ。君が簡潔に言えと言ったから、僕は事実だけを述べた。それに何か不満でもあるのかい?」
「あるっての! 一方的にいう事だけ言ってハイさよならって、何よそれ……!」
「ふふ、いいね。君の憤怒に塗れた表情――僕は、その表情が好きだよ」
ニッコリと笑みを浮かべ、カラミティは身を翻す。
「では、神崎美咲に宜しく。――僕は、君たち二人が成長する事を、心から祈っている」
それだけ言い残すと、彼は自身の体を漆黒の影で覆い――消えた。
「……くそっ、くそくそっ! すっげー気持ち悪い奴……!」
花江は呟きを漏らしながら、ただ立ち尽くす事しか出来ぬ自身に、苛立ちを感じた。
**
神崎美咲は、全ての授業が終了し、下校時間になると同時に、机にうつ伏してぐったりとしていた。
クラスメイトを約三十人、休憩時間で一斉に相手をした事がある者など中々おるまい。
自身がイメチェンをした事により、周りの人たちが寄って来て、学校に来訪した花江の事を聞かれ、その関係を訝しまれ……その処理だけで一日が終わってしまった気分だ。
――だがその感覚が、彼女にとってはどこか心地いい。
今まで人との関わりを避けて来た彼女にとって、久しぶりに多くの人々と語らった時間は、かけがえの無い物だったのだ。
(……全部、花江さんのおかげだ)
プリステスの事を除いても、花江には世話になりっぱなしだ。
ご飯も作って貰っている。自分で出来ない事を後押しもしてくれる。
美咲は、心の底から花江の事を信用し、そして尊敬している自分がいる事に、気が付いたのだ。
「今日帰ったら、お礼を言わないと」
そう決心して立ち上がり、学生カバンを持った。
「ッ――!」
その時、情報が脳内を走り回った。
両手の中指に装着した指輪――そのアルターシステムから脳へ伝達される情報だ。常に身に着けておくように、花江から指示されていた事を思い出した。
(まだプリステスとして未熟とはいえ、アンタは立派に災いを倒せる。もし、アルターシステムから情報を取得したらアタシもすぐ向かうから、災いを見つけて、足止めして)
つまり、今脳内に走った情報は――
「災いの、出現……!」
学生カバンを乱暴に掴み、駆け足で出入口のドアに手をかけた、そんな彼女に。
「また明日ね、神崎さん」
そう、声が聞こえて、振り返る。
クラスメイト達の、温かい視線が、そこにはあった。
災いも何も知らない、平和な世界を生きる人たち。
彼らには、彼ら一人一人の日常があり、そして――皆はその日常に、自身を迎えてくれたのだ。
「……はい、また明日」
微笑みを残し、ドアの取っ手を握り、今確かに――そのドアを開いた。




