宮越花江、守ります。-03
「じゃあやってみて」
「は、はい」
深夜二時を過ぎた、夜の公園。
住宅街から外れた、子供すら寄り付かない人気の無い時間、場所に、二人の女性が居た。
神崎美咲と、宮越花江だ。
花江は、美咲の両手――その中指に、透明な輝きを放つ指輪がきちんと装着されている事を確認しつつ、頷いた。
「へ、変身!」
両手の中指に装着された指輪、その指輪に埋め込まれた二つの宝石と宝石を、合致させる。
二つの宝石に僅かに窪みがあり、凹凸に宝石同士がはまった事を確認した美咲は、右手首を前に、そして左手首を後ろに捻り、その宝石部分を稼働させた。
カチッと音を鳴らしながら、宝石中心部に浮かび上がる一つの梵字。それと同時に光を放ち、美咲の体を覆う。
光は、それまで美咲が着込んでいたワンピースを、白衣と緋袴に変化させ、長い黒髪はまとめて純白のリボンで結ばれている。
腰には長太刀【滅鬼】が備えられ――その姿を【プリステス・乱武】に変身させた。
「……ふぅ」
「はい、良く出来ました。これがプリステスに変身する流れね。これはその指輪付ければ、頭ン中に流れるよね」
「はい、これは大丈夫です」
「じゃあ次のお勉強ねー。今アンタが付けてる指輪には名前がある。
【アルターシステム】って言うんだけど、美咲はアルターってどういう意味か分かる?」
「えっと、確か『変える』『変更する』、って意味だったと記憶してますけど、合ってますか?」
「マジで頭いいねー美咲。……そうなんだ、へー」
「これも知らなかったんですか!?」
「横文字の意味なんか全然知らないよぉ。意味より内容」
「そ、そりゃ花江さんの過ごしてきた日常はそうかもですけど……」
それは置いといて、と話を変える花江。
「アルターシステムは、人間の体内にある虚力を増幅させる機械なんだって。だから元々虚力が少ない人だと常人並になるだけだから大した戦闘力にならないんだけど……常人の十倍は虚力を持つ美咲は、さらにそれが増幅されるから、美咲はもうプリステスになる為に生まれたみたいなもんだね!」
「あの、虚力って概念について、聞いておいて大丈夫ですか?」
「いいよぉ。虚力は、基本的に人間の感情を司るエネルギー。感情が関わってる分、多く持っているのは女が多いね。男もあるけど、基本的にはメチャクチャ少量。
んで、この虚力が多い人は、普段から良く喜怒哀楽を表現している人だね。
……あと、エッチの時に感じやすい人も、これに当たるんだって」
「ひょぇっ!?」
「ほらほら、そういうマジ面白い反応が出来る程、虚力を多く持ってるって事ー」
からかいはともかく、と言った花江は、続けて説明を開始する。
「後は感情が関わってる分、所謂『病は気から』が大きく左右される。
例えば『交通事故に遭った! 出血多量で眠っちゃえば衰弱死しちゃう!』って状況だと、虚力を多く持ってる人なら、その分だけ意識を保ち安くなるのね」
その説明から、何となく虚力の概念は分かったので、災いについてもう少し勉強をする事にした美咲。
「災いは、虚力を集めるために、行動をしているんですよね」
「そ。大なり小なり、森羅万象が持つ虚力を、吸い取る。虚力は感情を司るエネルギーだから、それを全て吸い取られた人間は……どうなると思う?」
「え、えっと……」
感情を司るエネルギー。感情表現が豊かな人ほどこれを持つ。それらを全て吸い取られる、という事は――。
「感情を、無くしてしまう?」
「その通り。自身の感情を無くして、生きる屍って呼ぶのが一番丁度いい人形になっちゃう。
そして災いは、虚力を多く取り入れれば取り入れた分だけ成長し、爆発した際の災害は、甚大な被害を産むことになる」
――もし、プリステスと言う存在が居なければ。
そんな事を考えてしまう。
「プリステスがいないと……人の感情は好き勝手奪われて、世界は混乱に陥れられる」
「その通りだよ美咲。だからアタシも、悪いとは思うけど美咲に頼む他ない。――お願い、力を貸して」
花江の言葉を聞いて、それまで自身には「巻き込まれた」と言う感覚しかなかった自分を、断じた。
――これは、私だけの問題じゃない。この秋音市に住む人々の安全も、自身の刃にかかっている。責任重大だが、それでも。
「や……やりますっ。少しでも……私に、何か出来るなら、私は……」
今まで、何も知らなかった。何も知るつもりも無かった。
家族を亡くし、友達を作らず、そして安穏とした生活を送って来た美咲。そんな彼女にも。やっと、やるべき事が出来た、と言う感覚がした。
――短い間の事とはいえ、目標が出来た。
「いい返事だよ。じゃあ、マジでみっちり扱いていくから、覚悟してね美咲!」
「あ、あの、多少お手柔らかにお願いして」
「だめー。じゃあまずは」
プリステスとしての練習は、午前四時まで続けられた。
**
朝八時半。学校への道のりを歩いていた美咲は、大きな欠伸を浮かべながら、ただ淡々と何時も通る通学路を歩いていた。
だが、少しだけ視線が刺さるようで、それだけが何時もと違った。
「な、なんだろ……わ、私今日、変かな……ど、どうしたんだろ……ま、まさかプリステスのまま登校、はしてない……」
視線の雨を一身に受けながら冷や汗を流し、彼女は学校に到着し、そのドアを開いた。
何時もならば。クラスメイトが彼女に目配せし、数人が「おはよう」と声をかけるだけの筈だ。
――だが、今日は違った。
クラスメイトは、一瞬美咲に目配せをした瞬間、ガタタッと、腰かけていた椅子、立っていた場所、歩いていた場所から転がり、全員が身体を地面に預けた。
「え、え……!?」
何だろう。本当に今日は何なのだろう。そんなに視線が集まる程の事を仕出かした覚えは無い。
制服も何時も通りである筈だから、自身がプリステスとなった事も、ばれていない筈なのに――。
「あ、あの……か、神崎、さん……?」
「ひゃ、ひゃいっ! な、何ですか!?」
率先して転がった床から立ち上がり、まるで産まれたての小鹿のように足をガクガクと震わせる一人の女子生徒。確か名は越谷真子と言ったはずだ。
「や、やっぱり、神崎さん、何だよね……?」
「そ、そうです……はい」
なるべく、目を合わせないように視線を上下左右に動かす。
だがどこに視線を向けても、クラスメイトの視線、視線、視線……その視線が、少しだけ怖い。
視線の暴力を受けているような感覚が、恐ろしかった。
「あ、あの。何か……へ、変ですか……? 今日の、私……」
意を決して。そう尋ねてみると。
――目の前に立っていた真子は、美咲の小さな手を、ガッと掴んだ。
「そんな事無い! 神崎さん、今日とっても可愛い! 女神様みたい!」
「……へ?」
「髪型はそんなに変わってないけど、前髪を分けたんだ。それに眼鏡も外してて、顔が良く見えるし……神崎さんってこんなに可愛かったんだ……知らなかった」
真子の言葉を聞いて、美咲は一瞬で何があったかを認識して、携帯電話のカメラをインカメラで起動。自身の姿を確認した。
本来は表情を隠す為に顔面までかけられていた前髪は、真ん中を基点としながらピンで左右に分けられており、さらにその奥は毎日かけていた筈の黒縁眼鏡が無い。先日花江に捨てられて、それから買っていないので当たり前だろう。
――美咲の表情が、全て見えてしまうのだ。
「は……恥ずかしい……ッ!」
「恥ずかしがることないよ! 神崎さんはその方が絶対に可愛い!」
「か、可愛い……、ですか?」
「うん! ね、皆!」
床に転がっていたクラスメイト全員が頷き、満場一致。
半数の男子生徒は顔を真っ赤にしてウンウンと頷いており、中には胸に手を当てて、美咲の表情を凝視している男子もいる。
「……わ、私……こっちの方が、いい、ですか……?」
「当たり前じゃん!」
真子の、力強い一言を聞いて。
美咲は、自身が変わった事を認識した。
――髪型を変え、眼鏡を外しただけで。
――少しだけ、変われたのだ。
「……じゃ、じゃあ……このままで、私、これから……過ごしますね」
その事実が少しだけ嬉しくて、美咲は微笑みを浮かべていた。
瞬間、クラスメイト全員の表情が、リンゴのように真っ赤になった事を、今の美咲には認識できなかった。
**
朝のショートタイムと一時限目の授業が終わった瞬間、クラスメイト達が一斉に美咲の元へ。今までそんな事は有り得なかった。
「ねえ神崎さん。神崎さんって普段どうやってお肌ケアしてるの?」
「にゃ、にゃにもしてにゃいです……にゃい」
「猫みたいな口調になってて可愛いー! え、じゃあ今スッピンって事!? いいなぁ。え、今コンタクトなの?」
「あ、あの……も、元々伊達で」
「伊達眼鏡であの黒縁付けてたの!? 勿体ないよ! どうして外したの!? 正解だけど!」
「えっと……『眼鏡付けない方が良い』って言われて、捨てられちゃって」
「彼氏!? 彼氏に言われてイメチェン!?」
「ちちちちち、違います! か、彼氏なんて、居ません……!」
『うおおおおおおおおおおおおお!』
「男子うるさい!!」
「も、もしかして、彼女さん!?」
「どうしてその考えに至るんですか!?」
「じゃ、じゃあ性別で教えて! その人の事!」
「その人は女性ですけど……」
『うおおおおおおおおおおおおお!』
「女子うる――女子!? この雄叫び女子!?」
「そ、その人とはどういうご関係!? お母様!? お姉様!? 妹様!? それとも……!」
「え、っと……一応、昨日から一緒に住む事になった人で、家族では無いです」
「一緒に住む事になった、家族じゃない人!? ど、同棲って事!?」
「神崎さんって、女の人が好きなの!?」
「だからどうしてその考えに至るんですかぁ!?」
「その人はどんな人!? 年上!? 年下!?」
「年上の人で……少しだけ、えっと……ギャル? って言うんですか? そんな感じの人です」
「神崎さんってギャル系の人と付き合ってるの――!?」
「つ、付き合ってないです!」
「でも同棲してるんでしょ!? な、なんかそういう、エッチな事とか……!!」
「え、エッチなことなんて、して――」
と、そこで美咲は少しだけ冷や汗を流しながら言葉を止めた。
「……そ、そんなに激しい事は、してません……!」
『うおおおおおおおおおおおおお!』
「男子も女子もうるさい!?」
嘘をつけない自分の性格を呪いながら、美咲は襲い掛かる質問の嵐を、てんてこ舞いになりながらもいなしていると――。
「やっほー、美咲いるー?」
ガララッ、と。教室の扉が開け放たれた。
そこに居たのは宮越花江だ。明るい茶髪を軽やかになびかせながら、その身にエプロンを身に着け、手にはお玉を持っている。
「は、花江さん!?」
「あ、美咲いたー。はい忘れ物」
右手に持っていたお玉とは逆の左手に所持していた、四角い箱を手ぬぐいで包んだ物を手渡された美咲。
彼女はポカンとした表情で「何ですか、これ」と尋ねると、花江は首を傾げた。
「何って、お弁当。朝持っていけって言ったのに、美咲ったら寝ぼけて持ってかなかったんだもん。マジ面倒だったけど持ってきた」
「あの、私いつもお昼ご飯食べないんですけど……」
「えー、ダメだよ女の子が。ちゃんと食べなさい。マジ有り得ないよそんなの。だからそんなひょろひょろしちゃうんだよー」
ポンポンと頭を軽く叩いた花江が、身を翻して教室のドアを再び開け、今退室しようとした、その時だ。
「あ、ちなみにクラスメイト諸君。
――美咲はアタシのだから。口説いても無駄だかんねー?」
少しだけ大きな声で、彼女がそう言い放ちウインクを残して行くと。
美咲を除くクラスメイト全員が、唖然とした表情で花江と美咲を見据えていた。




