宮越花江、守ります。-02
二人が居間へと向かうと、そこには作って時間の経過したご飯が置かれていた。
ふっくらと炊きあがった白米と、しっかり色が付いた味噌汁、生姜焼きの香ばしい焼き色と、その鼻腔から刺激される美味しそうな香り、生姜焼きのくどさを緩和させる、キャベツの千切り。
長らくコンビニ弁当しか食べていなかった美咲にとっては、それがとても豪華な食事に見えた。
「す、すっごく美味しそう……っ!」
「美味しく作ったから、いっぱい食べな。育ちざかりでしょ?」
「は、はいっ!」
何にせよ、お腹が空いてて力が出ない美咲は、急いで席に座って、その手を合わせた。
「頂きます」
「はい、召し上がれ」
対面に座り、ニッコリと微笑んだ花江。
美咲は箸を手に取って、まずは味噌汁を口に含んだ。
口にぶわっと広がる、赤みその少しだけ辛く、おそらく出汁に使われただろうニボシのしょっぱさが口の中を泳いだが、美味しい。ニボシの出汁を使ってここまで美味しいと思える味噌汁は初めて飲んだ。
その中に入っているワカメと、小さく切られた豆腐がまたいいアクセントとなっていて、飽きの来ない味となっている。
今度は生姜焼きに箸を伸ばす。生姜焼きも、綺麗に肉と脂身のバランスが7:3となっており、脂っこくも無く、かつパサパサしていない。
またサッパリした味付けによってお肉全体の味を引き出されているからか、普段はお肉をあまり食べない美咲も、こればっかりは箸が進む。
生姜焼きを白米の上に乗せて、簡単な丼として、かき込んだ。
モグモグと咀嚼していると、まるで冬眠前のリスのように頬が肥大化するが、十分に噛んだ後には自然と飲み込まれていった。
「ぷはぁ」
一瞬息を吸い込んで、今度は再び味噌汁へ。喉を通る味噌汁が、先ほど食べた生姜焼きの口残りを洗い流すようだった。
「美味しい……っ」
「アンタマジで美味しそうに食べるね。ほら、ほっぺたにご飯粒ついてるよ」
「こんなに美味しいご飯食べたの、初めてで、つい……」
「嬉しい事言ってくれんじゃん。ほら、もっと食べな」
「はいっ」
力強く返事を返し、モグモグと口の中に入れ、咀嚼し、そして喉を通す事を止めぬ。
そんな美咲の姿を、花江はニコニコと微笑みながら見据えるだけだった。
「はぁ――ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さま」
用意された食事を全て食し終えると、美咲は両手を合わせて小さくお辞儀をし、その食材と作った花江に対する、感謝の言葉を口にした。
その言葉を嬉しく思ったのか、返事を返しながら微笑んだ花江は、食器を持って台所へ。
「あ、やります」
「いーのいーの。後片付けまでやるのが料理ってね」
蛇口を捻り、流れる僅かな水道水を用いて、軽やかな手付きで食器を洗っていく。その手際は、何とも鮮やかだ。
「花江さんって、結構家庭的なんですね」
「こんなギャルギャルしてる女が、意外?」
「えっと……失礼ですけど、はい」
「ママに習ったの。ずっとママから『貴女は戦わなくていい』って言われてて、炊事洗濯だけ教わって来た。実は戦い始めたのも最近だし」
「え。でも先祖代々、災いと戦ってるって」
「ママは、アタシがプリステスになる事、反対だったんだ。だけどママが災いに殺されて、アタシはその復讐で、プリステスになった。
……アタシ、マジ悪い子なんだ。ママの言う事守らず、ママの願いを拒否して、戦い始めた」
少しだけ悲しそうな表情を浮かべ、皿を洗う花江の姿を、美咲はしばし見据えていた。
彼女には目標がある。亡くしてしまった母親の願いを拒否してまで、叶えたい目標があるのだ。
――自分には、一体何があるのだろう。
そう考えると、美咲には無力感しか沸いて来なかった。
「……あの、花江さん」
「ん、何?」
「その……花江さんに、力が全部戻るまで……わ、私が災いの相手、やりますっ」
――せめて。花江の負担を減らしてあげよう。
そう思い、彼女は意を決してそう願い出た。
「……え、それお願いしてなかったっけ?」
「……へ?」
一瞬の沈黙。花江は「あー、してないっけか」と頭をかいた。
「えっとさ、プリステスの組織って言うのがあって、そんで昨日からこの地区の担当がアタシになったんだよね」
「はい」
「で、今アタシが戦えない現状で、一応組織には応援要請を出してあるんだけど……到着まで大体一ヶ月はかかるんだよね」
「は、はい」
「その間、アンタに戦ってねってお願いしたつもりだったんだけど、良く考えたらしてなかったわ。ゴメンゴメン」
「えええええええ――!?」
では先ほどの決意が無ければ、いきなり本番で戦えと言われていたかもしれないと言う事だ。何と言うドッキリなのだろう。
「大丈夫大丈夫。アンタ筋良いし、当分はアタシがサポートするから。それにアタシも、ある程度まで虚力が戻れば弱体化してても変身できるようになると思うし」
呑気にそう言った花江は、最後に綺麗な布巾を持ってきて、食器を一枚一枚、丁寧に拭いていく。その作業を全て終わらせた彼女は「よし」と頷き、美咲の手を取った。
「じゃあ、行こうか」
「ど、どこに……」
「プリステスの練習に」
ニヒヒ、と笑った花江の表情を見据えながら。
自分は何て世界に迷い込んでしまったのだろうと、深く後悔してしまった。
**
既に月明かりしか見えぬ、夜も更け切った深夜。
秋音市の中心にある一つの山には一つの大木がある。樹齢百数年になると言われるその大木に、青年が背を預けていた。
青年――カラミティは、そのスーツのポケットに手を入れながら、上唇と下唇を用いた軽やかな口笛を吹いていた。
音楽と言うのは、人間が生み出した文化である。だがカラミティは【災い】でありながらも文化を肯定的に捉え、そして自らも文化に馴染もうとしていた。
『楽しげ、カラミティ』
「君は何とも、詰まらない人生を送っているね、ディザスタ」
『自分たち、災い。人生、人間の文化、染まる必要、無い』
「そうかい? 災いならばこそ、人間の事を知るのは、悪い事では無いと思うよ」
フフッと微笑みながら、カラミティは視線を後方に向ける。
そこには一つの影があった。漆黒の影。だがその姿は人間の姿を象っている。
『貴様の、目的、何だ』
「君も可笑しな事を言う。僕は災いなんだよ。君の言う通りね。自身の成長――そして、自身の放出と共に、人間社会に災害をもたらす。ただそれだけさ」
『貴様は、楽しんで、いるように、見える』
「楽しいさ。何せ極上のオモチャが、僕の目の前に二つも転がり込んできたんだ」
『プリステス、か』
「そう。僕を殺そうとする者が二人もいる。もしかしたらもっと増えるかもしれない。それが何より楽しみなのさ」
『いずれ、足元、すくわれるぞ』
「そんな事にはならないさ。それに――危険は全て、人間社会を僕達の物とする為に、必要な糧だからね」
姿勢を正し、歩き出すカラミティ。
ディザスタと呼ばれた影は、彼の背中を見据えながら――ただその場で立ち尽くすだけだった。




