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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第四章【アルタネイティブ・ヴァンプ】

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神と神-02

 瀬上節子は夢を見る。


それは遠い昔の記憶。年数も思い出せない、まだ若かりし頃にあった、本当の事だ。


息子である瀬上章哉は、アルタネイティブ・ヴァンプとしての適性を見込まれ、十七歳の頃にヴァンプのアルターシステムを授かった。


母である節子は、それを誇りとした。


自分が男では無かったから、瀬上の一族は一度没落しかけた。



 それをどれだけ詰られた事か。


 それをどれだけ罵られた事か。



次に生まれた子供こそ、瀬上に相応しい子となろう。節子はそう言って、強かに瀬上の家で生き続けた。


そして同じ巫女の家系である男より子種を貰い、そして成した子供が大成を果たす。それが痛いほどに嬉しかった。



しかし、節子はそれ以上に、息子を愛してしまった。



一度は誇りとした息子の運命。だがそれは息子を傷付けるやもしれぬ、非人間としての道だった。



息子に幸せを授けて欲しい。


 自身などどうでもいい。ただ愛する息子に、人間としての幸せがあって欲しい。



そんな願いの中、瀬上章哉は一人の女性に恋をした。



女性の名は、三日月六美。ヴァンパイアにより心を犯され、精神を殺された者だった。


六美は常人より多くの虚力を有していた。そしてヴァンパイアが彼女を捕食している時に章哉が駆けつけ、ヴァンプとしてそれを討伐した事によって、完全に心を殺される事は無かった。


しかしそれは、日常生活を送る上で困る事が無い、程度の幸いで、笑顔を魅せる事など、章哉の前でも、節子の前でも無かった。


章哉は、恋した女性の感情を、いつか取り戻せると信じ、戦いを続けた。


そして六美は、そんな章哉の姿を見据え、少しずつ心を取り戻していった。



そんな二人は、何時しか子供を授かっていた。



子供には直哉と名付けた。この名は六美が与えた物だ。理由は知らない。意味など知らない。


 節子はただ、章哉が幸せであれば、それでよかったから、それを祝った。


ヴァンプとして戦う事に意義を見出し、そして決意を持って戦う事が出来るのであれば、それは喜ばしい事なのだと。



――しかし、六美は直哉を産んで一年も経たずに、他界した。



それもヴァンパイアだとか、聖邦協会だとか、そんな瀬上の運命に関係なく、ごく普通に、車に轢かれて、死んだ。


六美は、最後の最後まで、章哉に笑顔を見せる事無く、死んだのだ。


それから毎日、章哉はただ呪いの言葉を口にした。



――ああ、神よ! どうしてお前は、六美に哀しみだけを背負わせた!?



――ああ、悪魔よ! どうしてお前は、六美の悲劇に報わなんだ!?



――俺は貴様らを許さない! 一度とて俺に、六美の笑顔を見せなかった貴様たちを、俺は呪う、呪い続ける!



――この世の何もかも、消えてしまえばいい! 六美と同じ末路を辿ればいい!



――世界はいずれ、呪いによって浄化されるだろう!



節子は、愛する息子の嘆きを、聞いている事しか、出来なかった。


そして、誓ったのだ。



この手に収まり眠る幼子へ、いつの日か息子を嘆きに陥れた元凶を絶つ為、必要な教育を施そうと。



**



コンコンと、ノックの音で目が醒めた。


 節子はスッと目を開いて、聖邦協会の報告書をデスクの引き出しにしまった後、ニコリと笑みを浮かべて、優し気な言葉を発した。



「どうぞ」


『失礼いたします』



 対して聞こえてきた声は、スッと透き通るような女性の声だったが、しかし節子は笑みを卑しいものへと変えて、来室者を待った。



「ようクソババア」


「ようクソガキ。三日で再登場とは、この老害に従う心構えが出来たのかい?」



 七瀬七海だ。彼女はチッと舌打ちをした上で「んなわけないじゃん」と汚い言葉を吐きながら、節子のデスクへドンッ、と強く手を置いた。



「単刀直入に聞くわよ」


「始祖・フォルネスについてかい?」


「知ってる?」


「知らん。嘘じゃないよ。私は、ヘタな嘘が嫌いさ」


「アンタが普段演じてる温厚な老人は、ヘタな嘘じゃないの?」


「そっくりそのままお返ししよう、文武両道・才色兼備で温和な女子高生」



 言葉に刺はあるものの、節子は七海を気に入っていた。


 ハッキリとした物言いと、強い自制心を持つ精神、何より彼女の真っ直ぐな瞳が好きなのだ。



「あれから三週間経った。ナオは使徒のヴァンパイアを狩ってるし、志斎は聖邦協会で収集できる情報を洗いざらい調べてくれてる。後はフォルネスの在処を見つけて、それを討つだけ。


 アンタに従うつもりはこれっぽっっっっ、ちもないけど、事実としてアタシらは、アンタが望むヴァンパイアの駆逐に動いてる」



 右手の人差し指と親指を可能な限り近づけ、しかし触れもしない一、二ミリで止めながら、節子へ見せつける七海。節子も彼女へ笑うのだ。



「そうだねぇ。私もアンタが素直に従うなんてこれっぽっっっっ、ちも思っていないが、しかし現実、そうなっている」



 節子も同じ事をしてみせた。七海はフンと鼻を鳴らし、来賓者用のソファに腰かけた。



「ねえ、聞いていい?」


「何だいね。この老害に何か聞きたいのかい? 嘘かもしれない。隠し事をするかもしれない。それでもいいなら問うといい」


「ナオの母親って、どんな人?」



 ピクリと、節子の表情筋が動いた。七海は気付いていなさそうだが、節子も隠すつもりはなかった。



「どうしてそれを聞くのかね」


「アイツ、母親の事、知りたがってた。アンタは隠すかもしれない、アタシを騙しきるかもしれない。


 ――でも、ナオはお母さんの温もりを求めてる。この三日間ずっと考えて来たけど、それを知る方法は、アンタに聞くしかないと思ったの」


「母親の温もり……か」



 思い返せば、それは確かに節子も知らぬことだった。


六美は、直哉に愛情を注いで居たのだろうか?


 普通ならば注ぐだろう。普通ならば優しく、母の胸に抱き寄せ、温もりで子を育てるのが親だろう。


しかし、六美は普通の人間として生きられる女では無かった。


そして――あまりにその生涯は、酷く痛ましい生涯だったのだから、それを知りたいとも、思えなかったのだ。



「旧姓、三日月六美。そして後に瀬上六美となった女だ。ナオが一歳に満たない頃に死んだ」


「どうして? それはヴァンパイアのせいなの?」


「違うよ。六美はただワゴン車にはねられて死んだ。ごく普通の、当たり前の人間として死んだ。これは嘘じゃない」


「分かる。アンタが嘘ついたら、きっとすぐわかるだろうし」


「同類だしね」


「うっせー、クソババア」



 何だか、本当に口煩い祖母との会話に思えてきて、七海はプイと顔を背けた。背けたからこそ見えない。節子が優しい笑みを浮かべていた事など。



「そうだねぇ。お前さんに似ていたと思う」


「はいウソー」


「声で分かるんかいね!?」


「考え事タイムがあった。アンタ嘘つく時ちょっと時間が空くわ。ゼロコンマ三秒くらい」


「末恐ろしい子だねぇ……じゃあ嘘つき続けるから、それで察する事だね」


「はいよ」


「天真爛漫、唯我独尊、世界と神に愛され、悪魔に拒絶され、そして好きでも無い男との子を産んで――幸せそうに死んでいった」



 そんな節子の嘘に――七海は少しだけ、泣きたい衝動を覚え、しかしそれを堪えた。



「どうした、どうして泣きそうになる」


「うっさい……クソババア。そんな人生、どこが幸せよ……っ、アホか、!」


「感受性高い子だねぇ。どうしてそれで、人を騙せる」


「――アンタと、一緒よ。人を騙す事は、自分を騙す事って、知ってて。


 でも、騙すって言葉には、優しい意味も、あるんだって……知ってるから」


「そうだね。悪い嘘もある、悪い隠し事もある。けれど、全てがそうじゃない。


 優しい嘘もあって、優しい隠し事もある。アンタは優しい嘘と、優しい隠し事を続けて来た女神さ」



 だから人々は、七瀬七海という一人の少女を信仰する。


七瀬七海と言う少女に、こうあって欲しいと言う願望を、人々は願った。そして七瀬七海は優しい嘘として、その願望に従い、そうした。


七瀬七海という少女に、こうあって欲しいと言う願望を、人々は願った。そして七瀬七海は優しい隠し事として、その願望に従い、そうなった。


全て、人に願われたから。願われた事を知ったから。それを叶えねばと、理解したから。


それは悪意だろうかと問われれば、節子は否と答えよう。


人の為に、自分自身を騙す嘘を、隠し事を続けられる者など、普通は存在し得ないのだから。



――対して自分はどうだった?



瀬上直哉に、本来与えねばならぬ教育を、父についての思い出を、母の温もりを、隠し事とした。


世間様に、零峰学園の理事長であるべき人間だと知らしめる為、温厚な老人であると、嘘を付き続けて来た。


 それは善意だろうかと問われれば、節子は否と答えよう。



「私はそうじゃない。人を陥れる嘘を、人を裏で動かす為の隠し事を続けて来た。それが、アンタと同じであるもんか」


「……クソババア」


「慰めはいらないよ。なんたってこれは、私が選んだ道なんだ。今更改心なんざするもんか。


 最後までナオを陥れて、ヴァンパイアをこの世から全て消し去るまで、私は呪い続ける。そうしなきゃね……章哉の呪いは、消えないんだ」


「ナオの父親は、この世を恨んだの?」


「ああ、そうだ。恨んで、憎んで……嘆き続けたよ」


「だからヴァンパイアに成り果てたの? だから人々を殺そうと誓ったの? そんなアンタが愛した子が、どうして」



「たった一人の女性を、愛したからだ。


 たった一人で世界を、守り続けて来たからだ」



 愛した分だけ、守ってきた分だけ、瀬上章哉は世界に愛されるべきだった。人々に守られるべきだった。


けれど、この世界は彼を愛さなかった。人々は彼を守らなかった。


だから彼は、恨んだ、憎んだ、嘆いた。


そして最後には、人としての矜持を捨て、化物に成り果ててしまった。



――それを、一体誰が咎められると言うのだろう。

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