変身、アルタネイティブ・ヴァンプ-03
今日は何だか面白い女の子に出会ったと、七海は久しぶりに楽しいショッピングができた事を喜んでいた。
友達自体は多い七海だが、あまり素の表情に近付いてしまうショッピングに誰かと行く事は無い。
周りに実は庶民であるとばれてしまうと厄介だと思っている彼女にとって、誰かと仲良くショッピングと言うのは、実は今までの高校生活で一番楽しい出来事だったのかもしれない。
「それに、ナオちゃん可愛かったしなぁ。羨ましい」
自分自身、美しさでは引けを取らないとは思っているものの、ショッピングの最中に言った「可愛い服装は似合わない」と言うのは本当の悩みだった。
だが彼女は強く首を振り「七海ならどんな格好でも似合う」と言い切ってくれた。それだけでも嬉しかった。
「……次、連絡来るの何時かなぁ。アタシから声かけてみるかな」
まるで恋人からの連絡を待つ少女のように、ウキウキとした気分で道を歩いていると。
ショッピングモールから少しだけ離れた場所にある小さな公園に、二人の少女が倒れていた。七海はふとそちらを見て、少女達に近付いた。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけるものの、二人は返事を返さない。訝しみながら、一人の体を抱き寄せて表情を見据えると。
目を見開きながら表情は真っ青となっており、ぐったりと項垂れている。
これは一大事だと、カバンの中に入れているスマートフォンを取り出し、救急車を呼ぼうとした所で――背後に、一人の男性が立った。
少しだけ頭皮の抜け落ちた、中年男性だ。スーツを身にまとい、七海をただ見据えている。
「申し訳ありません。ご協力をお願いしてもよろしいでしょうか。彼女達、ここで倒れていて」
声をかけても、男性は何も言わない。むしろ七海を見据えながら、まるで何かを見つけたようにニヤリと笑みを浮かべながら、口を開いた。
鋭く尖る牙が見えた。ギョッとした表情を浮かべ、腕に抱えた少女を離し遠ざかると、七海を見据えながら詰め寄る男性。
――まさか、この男性が、この子達を?
考えながら、恐怖に侵されないように少しずつ、少しずつ後ずさるが、それでも距離を詰める事を止めぬ男性。
七海は溢れ出る汗を拭いたくても、視線を少しでも外せば、それだけで襲い掛かってきそうな、そんな男性の雰囲気に呑まれていた。
「答えてください。これは、貴方が仕出かしたのですか?」
男性は答えない。
「私をどうするつもりです。この子たちのようにするつもりですか? 一体、この子たちに何を」
『見つけた。――格好の餌』
ようやく、言葉を放ったと思ったら。
男性は素早い動きで七海の眼前まで迫ると、片手で首を強く握りしめ、彼女の軽い体を持ち上げた。
「が、っ――は、あ……っ」
何て腕力。何て筋力。
七海は決して小さい方では無い。そして男性も、七海と身長はそれ程変わらない。
だが七海の首を掴みながら体を持ち上げる腕力と握力が、常人のそれをはるかに凌駕していた。
首を掴まれて、十秒が経過。
息を吸う事も、吐く事も難しい状況下で、あと何秒耐える事が出来るだろう。
足掻きながらも考え、そして七海は、そこで、死を覚悟した。
――その時、男性の後頭部に直径十センチ弱の石が衝突した。
彼は七海の首を離し、背後を見据える。
急に手を離されるものだから、七海はお尻から地面に墜ちて、そして息を整えるように空気を吸い上げ、思い切り咳き込んだ。
「な、なに……?」
石は粉々に割れ、男性は何ともなさそうにしているが、視線は……一人の少女を捉えて離さなかった。
身長は大体百五十センチ弱。
小さな体に乏しい肉付き、そしてユーネックのシャツとスカート、左右頭頂部で小さくまとめられた髪型が何とも可愛らしい少女。
少女は、軽やかな足取りでこちらへと近付きながら、強く声を上げた。
「その人に――気安く触らないでくれるかな」
少女は、スカートに備えられていたミニポケットの中から、二つの小さな指輪を取り出した。
指輪のフレームはただの金属だ。銀色に輝くのみで、変な所は何もない。
だが埋め込まれた宝石は違う。
それは漆黒に輝き、銀色のフレームとあまりに対照的過ぎて、少しだけアンバランスに見えた。
彼女――先ほどまで、七海と共にショッピングを楽しんでいた少女・ナオは、指輪を両手の中指に装着し、立ち尽くした。
「やあ七海。さっきぶり」
「に、逃げて……逃げてナオちゃん、っ」
「……自分の心配より、ボクの心配をしてくれるんだ。やっぱり好きだよ、ボク。そういう七海が大好きだ」
ナオは、両手を眼前で構えると、小さくニッと笑みを浮かべた。
その表情は何と言うか――女の子に似合わぬ、真っ直ぐで格好いい表情だった。
「よし――じゃあボクはこれから、七海の為に戦う。七海を守る為に、ボクはこれからお仕事に従事するよ!」
手を握りしめて作る、拳と拳を、重ね合わせる。
両指に装着された指輪と指輪が重なり合わされ、宝石同士が僅かな窪みに合わさり、合致すると。
指輪から機械音声が流れ出した。
〈Alter・ON〉
音声と共に、ナオは両手首を捻り、宝石部分を稼働させる。
ガチッと音を鳴らした事を確認し、ナオが口を開く。
「――変身っ」
〈HENSHIN〉
彼女の言葉に続いて、指輪からさらに音声が流れると――指輪は光を放ち、ナオの体全体を包んでいった。
発光が弱まり、全て散っていくと――そこには、ナオの姿は無かった。
いや、それまでのナオが居なかったと言うべきだ。
ナオの頭部はそのままに、白のユーネックと黒のスカートを着込んでいた彼女の身体は、まるでセパレートの水着のような、薄い面積の衣服が着込まれている。
ただの衣服だけでは無い。ガッシリとした重みを感じる事の出来る装甲が身にまとわれていたのだ。
肩部、胸元を覆う装甲、腹部はへそを出しているものの、腰部から覆われる衣服にも、フロントアーマーやサイドアーマーと呼ぶべき装甲が取り付けられ、さらに背部にはスラスターユニットのような突起物まで見受けられる。
脚部も、ロングブーツのような外観の装甲が履かれ、足を地に付けると重みある金属の音がする。
全体的に、装甲や衣服の基本色は黒。所々アクセントに赤が混じっているだけで、その姿は、漆黒の騎士と呼んでもいい。
ナオ……いや、変身した彼女の姿は。
「アルタネイティブ・ヴァンプ――ただいま推参っ!」
彼女は自身の身にまとわれた装甲を確認して声を上げた後、コクンと頷いた。
「うんっ、久々に変身したけど、問題無さそう。七海はそこで待ってて」
「待って、る……?」
「そう。ボクが――ソイツをやっつけちゃうから!」
彼女、ヴァンプが駆けた。
地面を強く蹴り付けると、男性の腹部を思い切り殴りつけて吹き飛ばす。
感触を確認した後、手首をコキッと鳴らした。
「その姿のままじゃ、ボクは倒せないよ。ヴァンパイア」
ヴァンパイアと呼ばれた男性は、吹き飛んだ身体を空中で制御し、何事も無かったかのように地面に着地すると、スーツを着込んでいた体を肥大化させ――両腕両足が肥大化した、黒い皮膚をまとった身体へと変貌を遂げた。
化け物と、そう呼んでも良い。
七海の隣に立ったヴァンプは、七海の頭を軽く撫でると、無事を喜ぶようにフフッと微笑んだ。
「あれは、なんなのですか?」
「ヴァンパイア。ずっと昔に滅ぶ筈だった化け物だよ。それを駆逐するのが、ボクのお仕事なんだ」
「吸血鬼、ですか?」
「そーだね。そう思ってくれていいと思うよ」
世間話は後で、と。そこで会話を止めたヴァンプは、異形生物――ヴァンパイアに向けて、再び駆けだした。
ヴァンパイアの顔面に向けて振り込まれる大振りの拳。だがそれを回避し、剛腕を広げてアッパーカットを仕掛けようとしたヴァンパイア。
腰を低くして躱したヴァンプは、地面に手を付いて、その脚部を横薙ぎする。
姿勢を崩したヴァンパイアに向けて、今度は肘打ちを腹部に突き出すと、ヴァンパイアは数歩後ずさった。
「あんまり長い時間は、ボクが疲れちゃうから――」
ヴァンプは、両手の中指に装着した指輪と指輪を再び合致させ、右掌を広げると――その掌に、一つの剣が握られた。
何の装飾も無い、ただ光り輝く剣。
だがその輝きは、金色に周りを照らす輝き――ヴァンプは剣を構え、そしてヴァンパイアに向けて強く振り込んだ。
一撃、二撃と剣劇が叩き込まれ、動きをよろめかせた瞬間、ヴァンプはまるでその剣をいらぬと言うように、空高く放り投げると、再び両手の指輪と指輪を合致させた後、右脚部の装甲に手をかざした。
〈Alter・kick〉
「アルター、キックっ!」
背部スラスターが展開され、その地面を沿って猛スピードで駆けたヴァンプは、ヴァンパイアの両脚部を思い切り蹴り付け、その体を転ばせる――と、同時に地を蹴り、空高く舞い上がる。
飛び上がった先には、先ほど放り投げた金色の剣がまだ宙を回っており、その柄を握りしめると、その切先をヴァンパイアに向け、投げ放つ。
切先はヴァンパイアの腹部に突き刺さると、その動きを封じ――
「これで――フィニッシュ!」
〈Finish〉
ヴァンパイアに突き刺さった剣を、まるで砕くように。
その力強いキックを、剣の柄に突き当てると、その剣は砕かれ、そのキックがヴァンパイアを貫いた。
火花を散らし、四散してゆくヴァンパイア。
ヴァンプはその爆風を一身に受けながら――フフンッと力強い笑みを浮かべた。
「やっぱりボクは可愛くて――最強だねっ」
その笑みを見据えて。
七海はどこか、その彼女に見惚れている、自身がいる事に気が付いた。
**
「――ヴァンプの存在を確認。これより任務に就く」
『了承。神の御加護が在らん事を』
男が、ショッピングモールの屋上――その大きな駐車場の隅で携帯電話を耳に当て、話していた。
身長は二メートル弱があるだろうか。顔面はまるでゴリラのように厳つく、頭髪は全て逆立て、その表情を良く見せている。
その全身を筋肉で包んだ体に着込まれたスーツが何ともアンマッチにも感じるが、その立ち振る舞いは紳士的に見えて、誰もを魅了する様にも感じられる。
彼は、両手の中指に――光り輝く紅色と蒼色、それぞれの宝石が埋め込まれた指輪を装着していた。
「アルタネイティブ・ヴァンプ――悪魔の力、使うべきではなし」
彼は小さくそう呟くと、身を翻し、その地を後にした。




