進撃、アルタネイティブ・セイント-01
七瀬七海は、自身の家から学校への道のりを歩く。
その姿は相変わらず神々しいまでの輝きを放ちながら――しかし、彼女は顎に手を当て、考え事をしている。
先日彼女は【ヴァンパイア】と呼ばれる化け物に襲われた。
最初こそビジネススーツを着込んだ中年男性であったものの、その後変貌を遂げ、両腕両足を大きく肥大化させ、さらに全身の体色を黒で覆った存在は、化け物と呼称するに相応しかった。
その化け物を倒したのは――先日七海と共にショッピングを楽しんだ、ナオと呼ばれる少女だった。
彼女は変身し、そのヴァンパイアを倒した後、ニッコリと笑みを残しながら去っていったのだ。
話を聞きたかったが、彼女の連絡先に連絡しても特に返事は無く、七海はしつこく連絡を送っていたのだ。
そんな彼女が学校へ辿り付き、クラスメイトと他愛も無い話をしていると、一つの話題が上がった。
「ねぇ七海さん、知ってる? 昨日ショッピングモール近くの公園で、また原因不明の昏睡状態になった女の子達が発見されたって」
「ええ、怖いですね。先日私もショッピングモールでお買い物をしていましたので」
「ホントに!? 良かったー、七海ちゃんが無事で」
「ありがとうございます。私は見ての通り、心身ともに健康ですよ」
フフッと微笑み、その会話が終わると同時にチャイムが鳴り響き、クラスメイト達は手を振って自身の席へと戻っていく。
チャイムが鳴り、一分も経たぬ内に。
担任教諭である草壁春樹が、一人の女の子を連れて、教室へとやって来た。
「注目――自己紹介を、瀬上さん」
「はーいっ」
その、連れられた女の子は、零峰学園高等部の女子制服を身にまとい、その頭頂部の左右に結われた小さな髪の毛を揺らしながら、エへッと笑みを浮かべた。
「ボク、瀬上ナオです! 今日から皆と一緒に勉強しますので、よろしくお願いしまーす!」
七海は、唖然とするほかなかった。
その少女は、先日七海と共にショッピングをし、ヴァンパイアを倒した少女に、他ならなかったからだ。
男子女子問わず「可愛いー!」と歓声を上げられる中、ナオは笑みを崩さず――七海に向けて一度ウインクした。
一時限目の授業が終わり、クラス委員である七海から、転校生であるナオへの学校案内が行われる。
ナオは嬉々とした表情で周りを見渡しているが、七海はそれどころでは無かった。
「あの、ナオちゃん。色々聞きたい事があるのだけれど……」
「うん、説明するよ。昨日はゴメンね、連絡返せなくて」
「それは大丈夫。気にしてないわ」
本当は物凄く気にしている。深夜三時まで待って連絡の一つも無いのだ。待った甲斐が無いと言うものだ。
「じゃあ説明したいんだけど――ボク説明が苦手だから、別の人に説明してもらおうか」
「別の人?」
「学園長。その人が全部知ってるから」
えっ、と。彼女が唖然としていると、ナオは七海の前に立ち、学園長室まで向かっていく。
中高一貫のエスカレーター式を採用している零峰学園の中心校舎に、職員室と学園長室が存在する。
学園長室まで迷う事無く向かったナオは、その扉をノックすることなく、開け放った。
「おばあちゃん、可愛いボクが来たよ!」
そう声を上げながら入室し、七海は焦りながらも「失礼します」とノックを一度してから、入室する。
その学園長室の椅子に、一人の老婆が座っていた。老婆と言っても頭髪が白いだけで、その外観は少しだけ若く見える。
顔に大きな老眼鏡を付け、柔らかな笑みを浮かべて立ち上がってペコリとお辞儀をした老婆は、ナオの元へと近付き――
「おばあちゃんって言うなっつったろクソガキが」
笑みを浮かべながら汚い言葉を放った。
学園長は、何時如何なる時も笑みを崩さず、柔らかな言葉使いで老若男女に好かれる、品の良い老婆だった筈だ。
だが、ナオを目の前にした学園長は、笑みだけ崩さずに言葉使いだけが荒くなった。
「あ、あの……学園長」
「うん? ああ。まだ生徒が居たんだね……失敗した。だがまあ、ナオが連れて来た小娘ならば、事情を知っている子なんだろう?」
「それがさー、昨日七海を巻き込んじゃって。事の説明をしたいからおばあちゃんの所に来たんだよね」
「おばあちゃんじゃねぇ、学園長って呼びなって言ってんだろ」
学園長――瀬上節子がナオの頭を軽く殴ると、その椅子に再び腰かけ、二人にもソファに座るように指示をした。
「さて。巻き込んだって言う事は、そのお嬢ちゃんがヴァンパイアに襲われたって事でいいのかい?」
「はい。先日ショッピングの帰りに、そのヴァンパイアと呼ばれる存在に襲われ、ナオちゃんに助けて頂きました」
「ああ、滅多に変身しないナオが、昨日変身したのはそう言う理由かい――惚れたね、ナオ」
「えへへ、うんっ」
ハァー、と溜息を付いた節子は、頭を抱えながら「なら説明するかね」と、七海を見据えた。
「アンタが遭遇したのは、ヴァンパイアと呼ばれる化け物だ。
その正体は元々、だいたい五百年前に、異世界【ミューセル】から逃げて来た、侵略者だ」
「異世界からの、侵略者……」
「そう。ミューセルと言う世界は、この地球世界とは違い、常に生存競争が行われている。
喰うか喰われるか……その中で他種族との争いに敗れ、一部生き残った者達が地球社会にやって来た。それがだいたい五百年前の事だね」
「約五百年前に現れた異世界からの侵略者――にわかには信じがたいお話でございます」
「だがアンタは見たんだろう? 奴らヴァンパイアは、人間とは違う性質を持つ。
女性の血を吸い、その中にある【虚力】と言うエネルギーを食い、生き長らえる事を可能とする種族。
虚力は言ってしまえば感情を司るエネルギーだ。虚力を完全に喰われた人間は死にこそしないが、しかし感情を失ってしまうだろう。
その虚力を得るため、場合によっては肉体を人間の姿へ変身させ、人間社会になり潜む事も可能となる存在だ」
先日遭遇したヴァンパイアは、最初スーツを着た中年男性の風貌をしていたが、なるほど確かにこの世の生物ならざる姿を晒した。
「ヴァンパイアは人間との生殖行動を繰り返し、五百年近い年月を生き長らえた、文字通りの怪物なんだ」
「普段は、人間社会に潜んでいる……と考えても良いのでしょうか」
「大抵の奴らには、そんな知恵すら無い。普段は人間に見つからない場所へ隠れ、時々人間の姿を模して手当たり次第に女性を食い荒らし、時々子種を植え付けるだけだ。お前さんが遭遇したヴァンパイアも、そのタイプだね」
「先日私は、そのヴァンパイアに『恰好の餌』と呼ばれたのですが、それについてはお考えが及びますか?」
「堅っ苦しい喋り方する子だねぇ、可愛げない。
――まあ、一瞥するだけでアンタの場合、常人の数十倍を超える虚力がある。そう言う子の身体を狙ってるんだよ、奴らは」
「身体を?」
「そう。アンタに子を産ませる気さ。もっと強い種族となり、人間を駆逐する為にね」
背筋が冷え凍える感覚は、初めてだった。
異世界からの侵略者、人間を駆逐する事が目的の化け物。
それだけでも酷く恐ろしいのに、さらに自分の身体を、繁栄を目的として狙われていると言うのだ。女性としてそれに恐怖するのは、当然と言えよう。
「では、彼女――ナオちゃんは、何者なんですか?」
「彼女? ……ふふ、そうかい。まだカミングアウトしてないのかい」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「はい?」
ナオが首を傾げ、節子がくすくすと笑みを浮かべる。それが何だか面白くなくて、つい表情をひそめてしまう。
――が、節子の反応も、当然だと、次の一言で思い知る。
「ボク、男なんだ」
当たり前の事を言うように。ナオがそう言い放つ。
ポカンと、口を開いて。
七海は思わず、ナオの胸元に触れた。
乳房が無い、と言うレベルでは無い。堅い。壁だ。いや、壁では無い――胸板だ。
「え、え、え……ちょ、ちょっと待って、は?」
「いやだから、ボク男なんだ」
「いやいやいや、それを待ってって言ってるの。は? じゃあ、何? ナオちゃんってナオくんなの?」
「この子のフルネームは瀬上直哉。正真正銘の男さね」
混乱が止まらない。ヴァンパイアの事だけでも信じがたいのに、さらに今まで可愛い女の子だと思っていた子が、可愛い男の子だった。
しかも女子として学校に編入までしてくるとなれば、それはまともな反応も出来まい。
「えーっと、ナオくん?」
「うん」
「警察呼んでいい?」
「なんでー!?」
明らかな変態だと言わざるを得ないから、と言葉も出なかった。
「警察を呼んでも揉み消すだけさ。無駄な事は止めときな」
節子がお腹を抱えながら笑い「話を戻そうか」と、瞳に涙を溜めながら言葉通り話を戻す。
「ナオは私の孫で、ヴァンパイアに対抗しうる【アルターシステム】って力を持つのさ」
「アルターシステム?」
「そう。ヴァンパイアの血を利用して生み出されたこのシステムは、男が僅かしか持たない虚力を増幅させ、それを戦闘能力に変換する。
女の子になるのはその副作用みたいなもん――ああ、ナオじゃ変身する前も女の子みたいなもんだけど、変身した後は本物の女の子になるんだよ」
「あなた方は、一体何者なのです? 異世界からの侵略者を知り、それに対抗しうる力すら持つ。
普通の男の子と普通の学園長では出来得ない事をやってのけている……その正体を、私は知りたい」
強く鋭い視線を、節子へと向けると。
節子はその目を見据え、ニヤリと笑みを浮かべた。
「良い目だ。ナオが惚れ、ヴァンパイアが狙うだけはある」
「茶化さず、お答え頂きたいのですが」
「私たちは【聖邦協会】――ヴァンパイアを掃討する為、五百年前に生み出された組織。
聖邦協会の仕事は一つ。ヴァンパイアを駆逐し、人間社会を恐怖へと陥れる存在を排除する事さ」




