変身、アルタネイティブ・ヴァンプ-01
日本時間、二千十八年五月一日の午後四時半。
秋音市にある大型ショッピングモール内を、一人の少女が歩いていた。
可愛らしい顔立ちで、髪は黒。身体にまとった衣服は白を基本色としたユーネックのシャツと、黒くフリルの付いたミニスカートが非常に可愛らしい。
背は小さく頭頂部の左右で短く黒髪を結っている事が印象として挙げられる少女を見据えて、男二人がヒソヒソと話をしていた。
「な、あの子可愛くね?」
「一人みたいだし、声かけるか」
意を決した二人は、少女の進行方向を塞ぎ、その顔面をニッコリと笑みで包んだ。
「ねぇねぇ、今から暇?」
「もしよかったら、俺らが飯奢るけど、どっか入らない?」
典型的なナンパである。少女は、一瞬だけキョトンとした表情をしながらも、すぐにフフッと笑みを浮かべて首を横に振った。
「ごめんね、ボク今日は一人でショッピングの予定だから」
「へぇ。一人称がボクって可愛いね」
「そんな事言わずにさ。良かったらショッピングも付き合うよ」
「いやいや。ボク、お兄さん達みたいな男の人、興味無いから」
しつこいナンパにも負けず、アハハと笑みを崩さず、歩き出そうとする少女。
だが負けぬと進行方向を塞ぐ男二人の鬱陶しさに、少しだけ表情を歪ませた。
「ねぇ、前歩けない」
「いいじゃんいいじゃん。飯だけだって、ね?」
「それならいいでしょ?」
「ヤだって、言ってんじゃんっ!」
少しだけ声を張り上げて断りの言葉を口にすると、男たちは呆然としながら、その場で立ち尽くしていた。
少女はハァ、と溜息をつきながら再び歩き出し、彼らを置いていこうとする。
だが男の一人は諦めが悪かった。
すぐさま振り返って彼女の手を無理矢理掴み、今再び口を開こうとした、その時だ。
掴んだ腕を引かれ、男の体が前方に倒れ込もうとした。
だが少女はスカートを履いた下半身――右足の膝を持ち上げ、倒れかかった男の腹部に、重たい膝蹴りを一撃、叩き込んだ。
ヌフッ、と。男の嗚咽が聞こえた。男は掴んでいた手を離してその場で倒れ込むと、仲間の一人が彼の容態を確認した。
「お、おい! 何しやがる!」
「ボクに触れないで」
「お前、人が少し優しくした程度で付け上がりやがって……!」
「何逆切れしてんの? 同じ男として、ボク恥ずかしいよ」
「うるせ」
と、そこで。何か気になった単語があって、男は一瞬だけ時が止まったように静止した後、慄くように言葉を発した。
「同じ、男……?」
「うん」
ユーネックのシャツを指でつまみ、少しだけ大っぴらに開けると、貧相な胸――いや、胸板が見えた。
喉元は僅かに喉仏が出ており、青年は恐る恐る、彼女――いや、彼の下半身を見据えた。
「はい」
ぺらりと捲られたスカート。下から覗き込むように見ると、確かに女性物下着を身に着けているものの――その奥に、少しだけ、膨らみがある。
アレだ。
「――テメエエエッ!!」
「うわっ、急に怒んないでよ! そっちが勝手に勘違いしたんじゃん!」
「うるせぇ! じゃあなんだ!? 俺らはお前が男だってのにナンパして、あまつさえ男のチ……うぉえ!!」
「いやいや、でもナンパする事自体は、悪い事じゃないよ。仕方ない仕方ない」
だって――と、言葉にしながら。
彼は、右足を軸にして、その場でくるりと、体を回転させる。
ミニスカートが翻る。彼女の枝毛すら無い黒髪も、動きに合わせて揺らめいた。
「――ボクは、可愛いからね。仕方ない仕方ない」
ふふんっ、と偉ぶった彼の表情は――しかし、確かに可愛くて、美しい。
男は顔を赤め、その場でただ立ち尽くす。
そんな彼に手を振って、彼は再び歩き出す。
――彼は、瀬上直哉。
『ナオ』と呼ばれる、正真正銘の男である。
**
零峰学園高等部は、秋音市に幾つか存在する高等学校の中でも教育面に力を注ぐ進学校である。
生徒たちは皆、将来の為に勉学に励み、そして確かな結果と共に、この学園を去る。
この日、五月一日の午後三時半。生徒たちは講堂に集まり、学園長がマイクの前で口を開いた。
『先日より、秋音市付近で不審な人物が確認されていると、警察及び教育委員会から報告が御座いました。生徒の皆さんは自ら模範的な行動を執り、不審な人物との関わりをまず持たぬ様にする事で――』
就学時間を使った演説会は、誰の耳にも入ってはいない。皆帰宅した後の事だけを考えている。
しかし、講堂の中で、唯一周りから注目を集める生徒が存在した。
端麗な顔立ちと微笑みを崩さぬ柔らかな雰囲気を持ってして、生徒たちを魅了する、一人の女学生。
学園長の話が終わり、帰宅の準備を始める生徒たち。女学生もそれに続き、ショルダータイプのカバンを肩にかけた。
「七海ちゃん、一緒に帰ろ!」
「豊越さん。ええ、大丈夫ですよ」
七海と呼ばれた女生徒に声をかけた一人の少女と、彼女についていくもう一人で、帰り道を歩いていく。
他愛も無い会話。しかし三人は楽しそうに笑みを浮かべ、七海という女生徒は気品ある微笑みを溢す。
「七海ちゃん、じゃあね!」
「明日また、学校で!」
「はい、皆さんもお気をつけて」
女生徒――七瀬七海は、スラリとした美しい身体の線を張りながら、綺麗なお辞儀でクラスメイトへと頭を下げた後、フフッと笑みを浮かべて手を振り、自らの住む家の門を開けた。
門を越え、だが誰も居ない和風の豪邸に入り、玄関で靴を脱ぎ、そして離れにある自室へと足を運んだ彼女は――そこで深く溜息をついた。
「超――だっるいっ!」
部屋の中で叫ぶと、彼女は制服のスカートを乱暴に脱いでそれを放置した後、下半身にはパンツとニーソックスの二つだけを着込んだまま、布団に倒れ込んだ。
「誰よ! アタシが良い所のお嬢様とかウソ流しやがったバカ! ただ家がデカいだけで普通の一般市民だっつーの!」
七瀬七海は、金髪と蒼瞳が印象強い、美女と呼ぶべき外見を誇る。
身長も女性としては高く、また顔立ち体付きも良いものだから、女性として彼女に憧れを抱く者がいても不思議では無い。自画自賛にはなるが、その評価が正しいものであると、七海本人も分かっている。
だが問題なのは、評判が独り歩きし、彼女が『良家のお嬢様である』と言う噂が流れていると言う事だ。
七瀬家は、特に歴史から鑑みて何かを残したわけでは無いし、会社を運営しているわけでもない。(IT企業でNANASE Corporationと言う大企業があり、そこのご令嬢であると噂されているらしい)
おまけに両親は幼い頃に亡くなり、今や残された遺産を用いて細々と暮らしているだけだ。
「マジダルイ。超やってらんない。生徒会とかマジ鬱陶しい」
噂に流され、優等生を演じざる得なくなった彼女の成績は良い。元より勉強自体は嫌いでは無いので、学内成績一位を誇る彼女へ、さらに追い打ちをかけるように生徒会への所属を願い出る声があった。
そして『良い所のお嬢様であり、成績優秀、眉目秀麗、才色兼備で性格も大らかで優しい』と評価され、引き返す事の出来ぬ彼女にとって、その誘いを断る事も出来ない。
そんな理由もあり、生徒会の会長へと就任した彼女は、毎日授業終わりに一時間、生徒会としての活動を余儀なくされていた。さらに結果を出すものだから、誰もが彼女を敬い、そして慕う。
悪いわけでは無い。それを気持ちよく思う彼女も存在する。だが――
「アタシは普通の女の子で……自分勝手に生きたい筈なのに」
恋も知らず、そして自由も無く。
本当のお嬢様になったように、布団の上で項垂れる彼女は、しかし一回の溜息をついた後、ササっと立ち上がった。
「よし! 買い物に行こう!」
今日はショッピングモールのセールが行われている。可愛い服を見に行こうと頷いた彼女は、私服を取り出した。
清楚な印象を持つ白のワンピースと、小さなハンドポーチを身に持って、腰まで伸びるロングヘアを頭頂部で一つに結い、ポニーテールとして清潔感を出す。
ヨシッ、と自身の姿を確認した後、彼女は再び外へと出た。
もうすぐ秋となる涼しい風を受け、なびく髪の毛を整えながら、彼女は歩き出す。
確かにその綺麗な歩みは、良家のお嬢様と勘違いされて仕方ない、上品な雰囲気を醸し出していた。




