プロローグ
二千十八年、五月二十一日。
日本時間で正午。学校――秋音市内で有名な進学校である零峰学園高等部の鐘が鳴り、学園内は昼休みとなった。
新商品・メープルトーストが二百五十円。
少女・七瀬七海は顎に手を当て、学食のショーケースに飾られる食品サンプルを凝視していた。
(これで二百五十円か……安いな)
メープルトーストの綺麗に焼き目のついた甘そうな外観にシナモンを少々。
そしてその上でバニラアイスを乗せて、トドメと言わんばかりにメープルシロップをぶっかけている食品サンプル自体が良く出来ていて、見ているだけで涎が垂れそうだった。
「七海はそれにするの?」
「はい、そうですね。非常に美味しそうです」
声をかけられた事によって、笑いを浮かべた七海。
そんな彼女に声をかけるのは、身長百五十センチ程度の少女だ。零峰学園高等部の女子制服に身を包んでいる。
肩ほどまでの長さがある美しい黒髪を頭頂部の左右に小さくまとめ、可愛らしい二つ結びで結っていた。
小さな体に似合う、起伏の乏しい体形も印象強い。
だがその顔立ちは非常に端麗だ。少しだけ釣り目、小さな鼻立ち、ニッコリと微笑んでも皺の出来にくい綺麗な肌。
それらが全て、女の子としての彼女を神が祝福したが為、生まれたような美しさを放っている。
だが、七海とて彼女に劣らない。
――いや、女性としての有り様では、彼女こそ女神と呼べるだろう。
身長は少女より大きな百六十センチ。スラリと伸びた身体に僅かながらに肉が付き、その乳房を膨らませ、腰部を引き締め、臀部は綺麗に丸みを帯びている。
少しだけ肉の付いた太腿はニーソックスの端が僅かに食い込み、脂肪の付きやすい女性らしく思える。
だが太すぎもせず、そこから踵まで伸びる線は綺麗に緩やかなカーブを描き、彼女の美しさを際立てていた。
クォーターである為に引き継がれた、神々しいまでに光輝く金髪のロングヘアは、彼女の一挙手一投足に応じて、太陽、蛍光灯の光に照らされ、煌めきを魅せる。
揺らめき一つで、男の心を全て揺るがしてしまいそうである。
そして顔立ち。顔は小さく、だが比例して目は少々大きい。
蒼く光る綺麗な瞳と、ピンと張られたまつ毛、鼻先はツンと伸びてはいるが大きくは無く、またそこから繋がる唇は、化粧をしていないにも関わらず、綺麗な薄桃色を輝かせている。
きめ細やかな肌は、毛穴の一つすら誰にも見せぬと言わんばかりに引き締められた白色。
金色に輝く髪色と合わせて、さらに神々しさを増させるようだった。
「じゃあボクはー……こっちのケーキセットにするよ。ちょっとあげるから、そっちのも頂戴」
「ええ、いいですよ」
七海の目の前でパァと笑みを浮かべた少女。
少女に釣られて七海もニッコリと笑みを浮かべると、周りに居た者達の声が聞こえてきた。
「七海ちゃんと、ナオちゃんだ。今日も仲良しだなぁ」
「七海ちゃん今日も綺麗……いいなぁ、アタシあんな風になりたい」
「ナオちゃんは小さくて小動物みたいだなぁ……守ってやりたくなると言うか、何と言うか」
二人にも会話は聞こえてくる。聞こえぬ筈はない。誰もが同じような会話を繰り広げているのだ。
聞きたくないと思っていても聞こえてくるのは必然と言うものだ。
「じゃあ、一緒に食べましょう。ナオちゃん」
「うんっ」
ナオと呼ばれた少女はショートケーキとチーズケーキのセットを、七海はハニーメープルトーストを手に持って、食堂を後にした。
**
「……マジでダルイ」
「あはは、七海ってば本当にぶりっ子さんだね」
「うっさいわねぇ。噂が独り歩きしちゃってもう引き返せないのよ」
「大丈夫大丈夫。いつも綺麗で可愛いから、七海は」
「アンタも大丈夫よ、小さくて可愛くて小動物みたい。――男だけど」
学校の屋上。普段は誰も立ち入る事の無い場所に、七海とナオは居た。
七瀬七海はムスッとした表情をしながら胡坐をかいて床に直接座り。
正式な名は『瀬上直哉』と言う男の子である、通称『ナオ』は、彼女と反してスカートで足を包んだ綺麗な体育座りをしながら、ケーキセットに口づけた。
「で。問題解決までどれくらいかかりそうか、わかる?」
「んー。ちょっと分かんないかなぁ。志斎も動いてくれてるから、その動き次第だね」
「じゃ――それまでは平穏で、ダルイ日常を繰り広げましょうか」
ぶりっ子を止め、だがなおも美しさを保つ、七瀬七海。
ニッ、と。幼い男の子らしい笑みを浮かべた、零峰学園高等部の女子制服を纏う少年、瀬上直哉。
二人の物語は――つい二週間前から始まった。




