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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
エピローグ【聖域のアルタネイティブ】

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エピローグ

 戦いは終わり、一週間の時間が過ぎた。


 野崎とシェリルの死、大規模なエネミーの襲撃――様々な事が起こったにも関わらず、秋音市はしばし、平和な時を過ごしていた。


エネミーの発生もなく、安穏とした生活。


またそれ以上に、変わった事もある。



まずは防衛省情報局第四班六課――四六は、軍備の増強と、いざと言う事態に際し、独立行動が出来る認可を受けた。


これは、四六に属していた野崎がエネミーに殺された事が理由の一つである。


防衛省のキャリアが一人殺されたと言う現実が、防衛省上層部に対して有意義に働き、その重要性を鑑みられたのだ。



「でも、あの子の犠牲がこんな結果を生んだなんて、考えたくもないね」



 秋山志木はそう愚痴を零し、胸ポケットに入れていた、ココアシガレットを取り出した。


彼は今、絶賛禁煙中である。



**



洋平の父親である久野岩平は、三日ほど日本に残った後、少ない手荷物をまとめて、再びベトナムへ旅立とうとしていた。



「俺は、我が子の様子を見に来ただけだ」



 エネミーと戦う意思はないとしながらも、だが彼は面白そうな笑みを浮かべ、一人の少年を見据えた。



「荘司。お前の闘志はしかと見届けた。いずれ一戦交えたいものだ」


「俺は御免だ」



 荘司はただそう言って否定し、だがぺこりとお辞儀をした。


そのお辞儀に対して、深々と頭を下げ返した父は、最後に去る前にこう言うのだ。



「手のかかる子だが、何時までも、あの子の大切な人でいてやってくれ」


「ああ。……分かってる」



岩平が振り返り、飛行機への道を歩むと、荘司もまた踵を返し、歩き出す。


 男同士の語らいなど、この程度で十分だ。



 **



 目覚めてから五日後に退院した久野恵梨香は、洋平が迎えに行く頃にはひどくげっそりとしていた。



「病院のご飯、美味しくなったとは言うけど量が少ないし、おまけに日頃の節制を命じられたわ……」



 主な節制はプリン体だと言う。だが帰りにスーパーで500ml缶ビールを箱で買う所を見ると、どうも節制をするつもりは無いようで。



「でも、何で姉ちゃんは、こうして普通にしていられるんだろう」



 洋平の疑問。


恵梨香は一度、恐怖の感情をワルツに捕食され、意思を失った。


そして壊れた人形のように、ただ生きるだけの生物と成り下がったはず――だった。



「皆の言葉を聞いて考えるのなら、私たち人間も、エネミーと同じく感情を食べる事が出来るんじゃないかしら」


「え」


「私たちだって『愛している』、『好き』、『ありがとう』、『ごめんなさい』、『悲しい』って口にされれば、その感情を受け取る事が出来る。


 洋平の『大好きだよ』、『悲しいよ』って気持ちが私に届いて――それが私の虚力となったんじゃないかしら」


「それは、なんていうか」


「ええ。素敵な事よね」



 フフッと微笑んだ恵梨香は、その後少しだけ悪い顔をしながら、口を開いた。



「まぁ実際は、アンタがアルターシステムで変身してたから、その要素が何かしら加わったってみるべきかもしれないけどね」



 何とも風情の無い姉だろう。そう溜息をついた洋平の手を、恵梨香はギュッと握った。



「――でも、洋平からの愛情は、ちゃんと受け取ってる。だから今私は、こうして体温を感じる事が出来る」


「うん」


「大好きよ、洋平。ずっと、お姉ちゃんと一緒に居て」


「うん。俺も大好きだから」



 これからは、きちんと気持ちを言葉にする事にしよう。


いつ何が起こったとしても――その時に決して、後悔をしないように。



**



岩瀬白兎は、玄武高校の一生徒として勉学に励み (?)ながら、四六のエネミー観測所に所属するシステムエンジニアとなった。


彼の作り上げた防衛システム(秋音市全域に出現したエネミーを探知し終えると、各所に設置されたエネミー対策班へ即時反映をさせる仕組み)は、志木を驚かせた。



「シェリルが作った観測システムの応用か」


「ええ。彼は優秀であったのでしょう。しかしエンジニアとしての腕はまだまだだ。


 改良の余地も、僕の持つルートを使えば、エネミーに襲われる人達の被害も、最小限に抑える事ができるかもしれません」


「高校生が優秀なハッカーでエンジニアとは、感心しないな」


「勘違いしないで下さいね。僕はこの技術を、享楽の為に使った事はあれど、自分の利益に使った事はありません。


 ――今も、こうして『一仕事』しているでしょう?」



 彼のキィボードを叩く指は止まらない。


今彼はこの国の中枢に眠る一つのデータに向かって、電脳世界の海を泳いで――


そして一つのデータを、改竄した。



 **



 菊谷荘司は、ただ玄武高校へと向かう為に辿るルートを歩きながら、一人の男を思い出していた。


シェリルの事だ。


 彼はこの世界を守りたいと言った。


だが、それと共に守りたいものがあった。



それが、たった一人の親友――ワルツだったのだろう。



例えエネミー全てを敵に回しても、例えミューセルを滅ぼしたとしても、ワルツには生き残ってほしかった。


ワルツには、人の感情――恐怖の感情だけでは無い、愛情を受け取って生きられることを、教えたかったのだろう。


だからこそ「彼」が「彼女」として生まれ変わり、尚も感情を尊いものと知る為に必要な力を、ワルツへ託したのだ。



――全てが遅かったとしても。


――ただ親友の事を愛して。



荘司はシェリルの事を、いつもどこかで嫌っていた。


彼がその全貌を見せず、謎を残す存在であったから。


だからこそ、信用できないと今まで断じて来た。


しかし理解してしまえば、荘司はシェリルに対する疑念など、微塵も持っていなかった。


なぜなら――



一年三組の教室に、一人の「少女」が居た。


彼女は一つの机に腰かけて、ただ鼻歌を奏でている。


少しだけ伸びた茶色の髪。まだ癒えぬ傷痕はあれど、しかし美しさの絶えぬ美貌。


彼女――否。



 正確に言えば、先ほど「彼」のデータは「彼女」へと書き換えられた。



久野洋平は、アルタネイティブ・レッド・ブラスターフォームへと変身した反動により、ほとんどの肉体構造を、女性の物へと生まれ変わらせていた。


膨らみを増した胸や尻が、彼女の外観を女性のそれと訴えかけていた。


だから、皆は洋平の事を、これからこう呼ばなければならない。



「優奈」



 久野優奈。


岩平が、生まれ変わった洋平に与えた、新たな名前。



――何時か三人目が生まれた時に、久野巴と考えた次女の構想から、彼女へ授けると、岩平は言っていた。



「あ、はは。なんか新しい名前、むず痒いな」


「必要な名前だ」


「そうだな、うん。……あ、一人称も変えた方がいいかな?」


「名前が変わろうが、お前はお前だ。好きに生きればいい」


「そっか。それもそうだな」



 笑った優奈の笑顔は、荘司には眩しく、輝いて見えた。



「本当に、お前はバカだ」


「あ、ひどいな菊谷は。女の子にそんな事言っちゃダメだろ?」


「バカだよ。――だけど、それでも俺は」


「うん。知ってる」



 荘司は、優奈を受け入れる事に決めた。


姿形が違えども、優奈の心は、洋平と同じで――そして彼女が新たに望んだ夢を、荘司は受け入れたのだから。



「ヒーローになれないって、分かったら」


「うん。――俺、ヒロインになるっ」


「そんな事を着地点にしたんだから、バカに決まってんだろ」



 正義を慈しみ、悪を憎み、そしてヒーローを支える為の存在。


かつての「彼」が望んだ夢とは、少し違っていても、目指す場所は一緒なのだと、「彼女」がそれを夢見たのだ。



「だから、菊谷にお願いがあるんだ」


「なんだ。嫁に貰え云々は前に聞いたぞ。考えとく」


「か、考えるんだ……ありがと。そ、そうだけど、それだけじゃ、なくて……」



 モジモジと、言い辛そうに視線を泳がす優奈の姿を、荘司はフッと笑った。



「……これから俺の事、荘司って呼べよ」



 それが、彼女の言いたい事に対しての、答え。


優奈は、顔を赤らめて、驚きの表情を浮かべながらも――しかし、最後には満面の笑みを浮かべて。


荘司への願いを、口にした。



「――荘司がヒーローになって、ヒロインの俺を、ずっと支えてくれよな」



 **



 それは、二人のこれからを定める、たった一つの夢。


それは、何者にも侵される事の無い、たった一つの世界。


そんな世界で戦う、二人の戦士を、これから。


岩平は。恵梨香は。志木は。白兎は。


ただ、こう呼ぶのだ。


 

――「聖域のアルタネイティブ」と。

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