エピローグ
戦いは終わり、一週間の時間が過ぎた。
野崎とシェリルの死、大規模なエネミーの襲撃――様々な事が起こったにも関わらず、秋音市はしばし、平和な時を過ごしていた。
エネミーの発生もなく、安穏とした生活。
またそれ以上に、変わった事もある。
まずは防衛省情報局第四班六課――四六は、軍備の増強と、いざと言う事態に際し、独立行動が出来る認可を受けた。
これは、四六に属していた野崎がエネミーに殺された事が理由の一つである。
防衛省のキャリアが一人殺されたと言う現実が、防衛省上層部に対して有意義に働き、その重要性を鑑みられたのだ。
「でも、あの子の犠牲がこんな結果を生んだなんて、考えたくもないね」
秋山志木はそう愚痴を零し、胸ポケットに入れていた、ココアシガレットを取り出した。
彼は今、絶賛禁煙中である。
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洋平の父親である久野岩平は、三日ほど日本に残った後、少ない手荷物をまとめて、再びベトナムへ旅立とうとしていた。
「俺は、我が子の様子を見に来ただけだ」
エネミーと戦う意思はないとしながらも、だが彼は面白そうな笑みを浮かべ、一人の少年を見据えた。
「荘司。お前の闘志はしかと見届けた。いずれ一戦交えたいものだ」
「俺は御免だ」
荘司はただそう言って否定し、だがぺこりとお辞儀をした。
そのお辞儀に対して、深々と頭を下げ返した父は、最後に去る前にこう言うのだ。
「手のかかる子だが、何時までも、あの子の大切な人でいてやってくれ」
「ああ。……分かってる」
岩平が振り返り、飛行機への道を歩むと、荘司もまた踵を返し、歩き出す。
男同士の語らいなど、この程度で十分だ。
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目覚めてから五日後に退院した久野恵梨香は、洋平が迎えに行く頃にはひどくげっそりとしていた。
「病院のご飯、美味しくなったとは言うけど量が少ないし、おまけに日頃の節制を命じられたわ……」
主な節制はプリン体だと言う。だが帰りにスーパーで500ml缶ビールを箱で買う所を見ると、どうも節制をするつもりは無いようで。
「でも、何で姉ちゃんは、こうして普通にしていられるんだろう」
洋平の疑問。
恵梨香は一度、恐怖の感情をワルツに捕食され、意思を失った。
そして壊れた人形のように、ただ生きるだけの生物と成り下がったはず――だった。
「皆の言葉を聞いて考えるのなら、私たち人間も、エネミーと同じく感情を食べる事が出来るんじゃないかしら」
「え」
「私たちだって『愛している』、『好き』、『ありがとう』、『ごめんなさい』、『悲しい』って口にされれば、その感情を受け取る事が出来る。
洋平の『大好きだよ』、『悲しいよ』って気持ちが私に届いて――それが私の虚力となったんじゃないかしら」
「それは、なんていうか」
「ええ。素敵な事よね」
フフッと微笑んだ恵梨香は、その後少しだけ悪い顔をしながら、口を開いた。
「まぁ実際は、アンタがアルターシステムで変身してたから、その要素が何かしら加わったってみるべきかもしれないけどね」
何とも風情の無い姉だろう。そう溜息をついた洋平の手を、恵梨香はギュッと握った。
「――でも、洋平からの愛情は、ちゃんと受け取ってる。だから今私は、こうして体温を感じる事が出来る」
「うん」
「大好きよ、洋平。ずっと、お姉ちゃんと一緒に居て」
「うん。俺も大好きだから」
これからは、きちんと気持ちを言葉にする事にしよう。
いつ何が起こったとしても――その時に決して、後悔をしないように。
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岩瀬白兎は、玄武高校の一生徒として勉学に励み (?)ながら、四六のエネミー観測所に所属するシステムエンジニアとなった。
彼の作り上げた防衛システム(秋音市全域に出現したエネミーを探知し終えると、各所に設置されたエネミー対策班へ即時反映をさせる仕組み)は、志木を驚かせた。
「シェリルが作った観測システムの応用か」
「ええ。彼は優秀であったのでしょう。しかしエンジニアとしての腕はまだまだだ。
改良の余地も、僕の持つルートを使えば、エネミーに襲われる人達の被害も、最小限に抑える事ができるかもしれません」
「高校生が優秀なハッカーでエンジニアとは、感心しないな」
「勘違いしないで下さいね。僕はこの技術を、享楽の為に使った事はあれど、自分の利益に使った事はありません。
――今も、こうして『一仕事』しているでしょう?」
彼のキィボードを叩く指は止まらない。
今彼はこの国の中枢に眠る一つのデータに向かって、電脳世界の海を泳いで――
そして一つのデータを、改竄した。
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菊谷荘司は、ただ玄武高校へと向かう為に辿るルートを歩きながら、一人の男を思い出していた。
シェリルの事だ。
彼はこの世界を守りたいと言った。
だが、それと共に守りたいものがあった。
それが、たった一人の親友――ワルツだったのだろう。
例えエネミー全てを敵に回しても、例えミューセルを滅ぼしたとしても、ワルツには生き残ってほしかった。
ワルツには、人の感情――恐怖の感情だけでは無い、愛情を受け取って生きられることを、教えたかったのだろう。
だからこそ「彼」が「彼女」として生まれ変わり、尚も感情を尊いものと知る為に必要な力を、ワルツへ託したのだ。
――全てが遅かったとしても。
――ただ親友の事を愛して。
荘司はシェリルの事を、いつもどこかで嫌っていた。
彼がその全貌を見せず、謎を残す存在であったから。
だからこそ、信用できないと今まで断じて来た。
しかし理解してしまえば、荘司はシェリルに対する疑念など、微塵も持っていなかった。
なぜなら――
一年三組の教室に、一人の「少女」が居た。
彼女は一つの机に腰かけて、ただ鼻歌を奏でている。
少しだけ伸びた茶色の髪。まだ癒えぬ傷痕はあれど、しかし美しさの絶えぬ美貌。
彼女――否。
正確に言えば、先ほど「彼」のデータは「彼女」へと書き換えられた。
久野洋平は、アルタネイティブ・レッド・ブラスターフォームへと変身した反動により、ほとんどの肉体構造を、女性の物へと生まれ変わらせていた。
膨らみを増した胸や尻が、彼女の外観を女性のそれと訴えかけていた。
だから、皆は洋平の事を、これからこう呼ばなければならない。
「優奈」
久野優奈。
岩平が、生まれ変わった洋平に与えた、新たな名前。
――何時か三人目が生まれた時に、久野巴と考えた次女の構想から、彼女へ授けると、岩平は言っていた。
「あ、はは。なんか新しい名前、むず痒いな」
「必要な名前だ」
「そうだな、うん。……あ、一人称も変えた方がいいかな?」
「名前が変わろうが、お前はお前だ。好きに生きればいい」
「そっか。それもそうだな」
笑った優奈の笑顔は、荘司には眩しく、輝いて見えた。
「本当に、お前はバカだ」
「あ、ひどいな菊谷は。女の子にそんな事言っちゃダメだろ?」
「バカだよ。――だけど、それでも俺は」
「うん。知ってる」
荘司は、優奈を受け入れる事に決めた。
姿形が違えども、優奈の心は、洋平と同じで――そして彼女が新たに望んだ夢を、荘司は受け入れたのだから。
「ヒーローになれないって、分かったら」
「うん。――俺、ヒロインになるっ」
「そんな事を着地点にしたんだから、バカに決まってんだろ」
正義を慈しみ、悪を憎み、そしてヒーローを支える為の存在。
かつての「彼」が望んだ夢とは、少し違っていても、目指す場所は一緒なのだと、「彼女」がそれを夢見たのだ。
「だから、菊谷にお願いがあるんだ」
「なんだ。嫁に貰え云々は前に聞いたぞ。考えとく」
「か、考えるんだ……ありがと。そ、そうだけど、それだけじゃ、なくて……」
モジモジと、言い辛そうに視線を泳がす優奈の姿を、荘司はフッと笑った。
「……これから俺の事、荘司って呼べよ」
それが、彼女の言いたい事に対しての、答え。
優奈は、顔を赤らめて、驚きの表情を浮かべながらも――しかし、最後には満面の笑みを浮かべて。
荘司への願いを、口にした。
「――荘司がヒーローになって、ヒロインの俺を、ずっと支えてくれよな」
**
それは、二人のこれからを定める、たった一つの夢。
それは、何者にも侵される事の無い、たった一つの世界。
そんな世界で戦う、二人の戦士を、これから。
岩平は。恵梨香は。志木は。白兎は。
ただ、こう呼ぶのだ。
――「聖域のアルタネイティブ」と。




