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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【聖域のアルタネイティブ】
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ワルツ-08

向かった先は、ホテルの中にあるロビー。


 カフェも兼ねているロビーで岩平がアイスコーヒーを二つ頼み、届くまでは沈黙が二人を包んでいる。


しかし岩平の目は、常に荘司を見据えていた。


アイスコーヒーが届く。


 手を付ける事も無く、岩平は膝に手をやり、荘司の言葉を聞く態勢を整える。



「聞こう」


「まず、洋平の変化についてだが――すまない。それについては、話す事が出来ねぇ」


「父親である、俺でもか」


「ダメだ。これは俺の一存で決めていい事じゃねぇと思う」



 荘司とて分かっている。


 エネミーやアルターシステムに関する事は、部外者に語るべき事では無い。


 無論、四六が彼に語る事を良しとしているのだとしても、それは四六がすべき事で、荘司が勝手に語る事は出来ぬ。



「ふむん。ならば聞かん」


「……いいのか」



 岩平は洋平の父親だ。息子の身体が妙な変化を遂げている事を、知りたくない筈も無い。



「荘司が俺を騙そうとしているわけでは無いという事は分かる。


 優れた精神は優れた肉体に宿るからな。荘司の筋肉が、俺に全てを物語るようだ。


 お前は、決して俺を幻滅させぬと」



 この人にとっては筋肉の成長具合が人を物語るらしい。


 荘司は(俺、そんなに筋肉あるか?)と、少々肉体を鑑みてみるが、見本が洋平と岩平では、よく分からない。



「俺が聞きたい事――それは、洋平の事だ」


「どうだ、洋平は。強かに生きているか?」


「ああ。――病的な程に」



 洋平は、あまりに【ヒーロー】という物に憧れを抱き過ぎている。


善と悪。これを知らぬ年では無い。


そして生存競争という、善とも悪とも取る事が出来ぬ、人間とエネミーの戦いにおいても、彼は【正義】を貫こうと、悩み、苦しんでいる。


彼は言った。



――親父が言ったんだ。


 ――ヒーローになりたかったら全てを守ってみせろって。


 ――ヒーローとはそう言う人の事だって。



彼は父親である岩平の言葉に従い、行動をしている。文字通り【病的】なまでに、盲信して。



「アンタは、子供の夢を壊したくなかったのか? だから洋平に、ただ全てを守ってみせろって、そう言ったのか」


「子供の夢は尊重すべきだ。しかし、洋平が今抱いているのは、決して夢では無い」


「夢じゃ無い?」


「洋平が目指した先には、何もない世界が広がっている。それは、今の洋平自身がよく分かっている事だろう」


「何もない、世界」


「洋平は正義など、この世にある筈がないと、既に気が付いているだろう。……しかし、ならばこそ想像する」



 正義の存在が許される世界。


 この世界の全ては、平和に満ちていて、ただ平和を壊そうとする【圧制者】が存在するのだとしたら、それを倒す事が、自らのすべき事と。



「動物には、大まかな括りで言えば善悪など無い。生きる事はそもそも戦う事。


 弱い者は強い者に喰われ、そして生涯を遂げていく。ここに善悪など無い。


 喰われる者が悪いわけでも、喰う者が悪いわけでもない。玄武高校は、この体現だ」



 玄武高校――洋平と荘司が学び舎とする校舎は、なるほど確かに【弱肉強食】の世界だ。


 強い者が生き残り、弱き者が散る。


洋平は、その世界を生きて来た。


何時だったか、カツアゲされそうになっても逆らわず、しかし相手に金を出す事も無く、ケロリとした態度で応じていた事を思い出す。そして、それは一度や二度の事では無い。


荘司が助けた事もあれば、助けずに静観してみた事もある。


彼は暴力を振るわれれば、決して容赦はしなかった。


かつて荘司にしたように、相手の拳を受け流しながら、カウンターを返すだけではあるが、しかし相手を打ちのめし、笑顔で去っていく。



「それは俺が命じた。玄武高校に入り、暴力を振るう者だけを倒せと。


 そして弱き者を助け、悪を討てと。そして玄武高校の現実を変えてみせろ、とな」


「そんな事で、玄武高校の奴らが変わる事なんて、ある筈ない」


「だろうな。人間も所詮動物だ。一度拳を用いた圧制を知れば、打ちのめされても領土侵略に勤めるだろう――殺されるか、その一歩手前でも行かねば」



 言い方は妙だが、言いたい事は分かる。


玄武高校では、暴力の強さにより、人を従える事が出来ると言っているのだ。


 そして一度人を従えた者は、敗北しても尚、再び頂を目指していく。



「洋平が信じたいのは、人の心だ。


 ――人の心には争いを憎む部分があり、誰もが共通して持っているものだと。しかし、現実はどうだ」



 洋平は玄武高校と言う小さな世界ですら、平和を作り上げる事が出来ない。


 弱肉強食の体現を、作り変える事が出来なかった彼は――そう、言うならば神では無い。


 ただ、一人の人間なのだ。



「洋平は、気付いているのに――自らの過ちから、目を背けている?」


「そう。本当に、バカな息子だ」



 しかし、それを愛おしいと思わんで、何が父親か。


岩平はくしゃりと顔面を歪ませて、笑った。――荘司は、その笑みを見据えて。



「親父さん……やっぱり、アンタには、言うよ」


「洋平が今直面している原因か」


「そうだ。アンタには、知る権利と、義務がある」


「権利はともかく、義務か」


「アンタは根っからの父親だ。父親には、子の有り様を見届ける責任がある」


「いいのか。それはお前が語るべきではないのだろう」


「いいさ。どうせ俺と洋平はお払い箱だ。これ位の退職金はあっていいだろ」



 一切口の付けられていないアイスコーヒーを、二人が一気に飲み干した。


 喉の渇きが潤った事を確認し、荘司は今回の顛末を説明した。



 **



 目の前の女性と、肉体同士の交わりが行われ、ただ獣のようにワルツは腰を振った。


肉と肉の交わり。それと共に彼女の顔も赤く火照り、ワルツも深呼吸と共に、全てを解き放つ。


脱力感が、ワルツを強く襲った。


 びく、びくと体が震えると、彼女はその足をワルツの体に絡ませ、離さないと言わんばかりに抱きしめた。


しばし、抱き合いながら時間が過ぎた。


幾分の時間が流れたか、ワルツにはそれを考える事も出来ないまま、彼女はワルツの身体から離れ、近くにあるティッシュを取り出し、二人の下腹部を拭いた。



「逞しかったわよ、ワルツ」


「あ……? オレの名前、お前に言ったか?」


「――言っていた。忘れちゃったかしら?」


「ああ、そうだな。お前の名前も、オレ知らねぇや」


「あらヒドイ。――野崎。野崎粧香よ」


「ノザキ、か。覚えとく」


「嬉しい。ねぇワルツ、もう一回しましょう。出来るわよね」


「ああ。なんか知らねぇけど、コイツは良い……まるで殺し合ってるみてぇに、ゾクゾクする」


「殺し合いなんて野蛮なものではないわ。育みよ」


「ハグクミ」


「そう。男女はこうして交わる事で、子孫を生み出す。


 私達は女同士ではあるけれど、愛し合い、互いに理解し合い、交わる事で、愛を産んでいく」


「アイし合い、理解し合う――」


「私は貴方を愛しているわ。だからもう一回、交わりましょう、ワルツ」


「ああ。俺も、お前をアイしてる」



 愛と言う観念。それを全て理解できたわけでは無い。


 無いが――ワルツはその感情を決して悪い物だとは思えなかった。


彼女らは、再び交わり合う。



この時の彼女達は、確かに、愛し合っていたのかもしれない。

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