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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【聖域のアルタネイティブ】

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ワルツ-09

四六が所有するオフィスの一室で、シェリルは小さな指輪を一つ手に取り、力を込めた。


エネミーは、それぞれの個体毎に力が宿る。


スルフのように群れを成して狩りを行う個体には巨大な牙と爪を。


ロンドのように享楽を得たい者には堅牢な肉体を。



――そしてワルツのような、戦闘によって生物の恐怖を煽りたい者には、敵を切り刻むカマイタチを生み出す力を。



シェリルが持つ力は、何故この様な形となったかは分からない。


 しかし彼は『願う事で物を作り変える』力を持った。


 何の変哲もない指輪を、彼が望む【力】へ作り変える事など、造作でも無い事だった。



今、彼が作り上げる物は【量産型アルターシステム】だ。


 洋平と荘司、そしてワルツや自身が経験した情報を元に、四六の人材が使う事を目的とし、ある程度の機能をオミットした物である。



「どうだね、シェリル」



 そんな彼の元へ、秋山志木が現れた。志木はシェリルへブラックコーヒーを差し出し、シェリルは会釈しつつ、コーヒーを受け取った。



「二個目の製作が終わりました」


「そうか。……すまないな。君が我々に抱いている疑惑は、出来るだけ晴らしたい所なのだが、それを語れば、君にとっては言い訳にしか映らぬのだろう」


「分かっています。貴方が、本当にこの国の未来を憂いでいる事は」


「助かるよ」



 コーヒーを一口。志木はホッと息をついて、一つの椅子に腰かけた。



「では、私の疑問に、答えてはくれないか?」


「何です?」


「君が、アルターシステムに【男性が使用する】という制約を設けた理由だ」



 シェリルは、量産型アルターシステムを作る手を止めた。



「やはり、貴方にはお見通しでしたか」


「恐らくだが、洋平君と菊谷君も、謎に感じてはいるだろう。私も、何となくは想像がつく。野崎は――どうだろうねぇ」


「でしょうね。貴方は、本当に聡明だ。貴方がこの国のトップであれば、ボクも迷わず、アルターシステムを授ける事が出来たのに」


「答えてくれるかね」


「貴方の想像通りです。


 ――ボクはミューセルの長に『オスのエネミーを、メスのアリメントへ変換するシステム』を作り上げるよう、命じられたのです」



 志木は、やはり、と言わんばかりに溜息をついて、報告書に上がっていたワルツの言葉を思い出した。



「……『養殖品』とは、この事だな」


「はい。ボクはエネミーが地球を侵略する前にアルターシステムを作り上げ、ミューセルの長に進呈しました」



 志木達が知っているアルターシステムは『使用者の虚力を増幅させ、戦闘能力へと変換させるデバイス』である。


 しかし現実には『使用者をメスであるアリメントへと変えて虚力を増幅し、エネミーに喰わせる養殖品を生み出す為のデバイス』だった。


 アリメントの数が少なくなったミューセルで、この開発は偉大な『養殖技術』だろう。



「だが、なぜ君はアルターシステムに、戦闘用デバイスとしての力を付け加えた。養殖品にするシステムだけでよかったのでは?」


「エネミーはこれまで、メスを食糧と認識する事で、無駄な争いを避けて来ました。


 捕食する側、される側の関係……その弱肉強食の中で、ある意味平和を保ってきたのです。


 しかし、その関係が壊れてしまえば、養殖品となる者と捕食する者とで、大規模な内紛へと向かってしまう。


 それを防ぐために、アルターシステムに戦闘能力を付与させなければならなかった」



 つまり――養殖品となるエネミーの民が大きな戦闘能力を持ってしまえば、捕食は容易でなくなる。


 そして、その思惑は成功した。



「だから、地球が標的にされたのか」


「はい。今度はそれを防ぐための解決策を模索しようとした所で、問題が起きた」


「その問題とは」


「計画が前倒しとなり、地球への侵略が早まってしまった。結果、ボクはミューセルを離反し、この世界へとやってきたのです」



 裏切者となった理由。それを明かした彼は、遠い目をしながら、ただ言う。



「本来であれば、アルターシステムの有用性が完全否定された際に、地球への侵略を行うつもりであった計画が、早まってしまった。ボクは人間たちの社会を守る為に、裏切者の烙印を受け入れた」


「君は、なぜそこまで人間の事を」


「『ありがとう』――その想いを受け取って生きる事に、価値を見出したからです」



 彼は言う。人間は喜怒哀楽――愛し、愛され、泣き、笑い、悲しみ、絶望し、そして感謝の念を口にする、言う事で、社会を形成してきたと。


今のシェリルは、人間たちの『ありがとう』という感謝の気持ちを腹に溜め、生きているのだ。



「ボクが特別なわけでは無いんです。


 きっと他のエネミーも『ありがとう』や『嬉しい』という感情を食べて、生きていける。


 そうすれば、この世界も、ミューセルも、救われるはずなんだ」


「だが、全てが前倒しし過ぎた。エネミーとの戦争は、もう避けられないというわけか」


「はい。もはやこの世界の武力を行使するか、それともアルターシステムを持つ者で、エネミーを殲滅するか――二つしかもう、道は無い」



 シェリルは憂う。どうしてこんな事になってしまったのか。


人間には人間の社会が、エネミーにはエネミーの社会があった。


 しかし、エネミーは人間社会へと侵略を行った。


侵略者は、淘汰されるべきだ。


 だからシェリルは、エネミーが人間社会を脅かす前に――止めたかった。



「君は、なんてバカな奴なんだ」


「心外ですね。年下にそんな事を言われるなんて」


「いいや、バカだ。


 なぜ最初から語らん。なぜ最初から願わん。


 ――なぜ君は、同胞から裏切者と罵られ、守っている人間からも蔑まれる存在となってしまったんだ」



 それ程までに、人間は度し難い生き物か? と、志木は嘆く。



「そう見えたのならば、私は人間を代表して、謝罪しよう。


 ――けれどな、シェリル。人間はそれほど、弱くはないぞ」


「……そう、ですね。人間を守ろうと躍起になって……ボクは、本当のバカになったみたいだ」



 何せこの世界には、志木のような人間がいる。洋平のような人間も、荘司のような人間もいる。


全ての人間がそうでは無い。けれど――一つ一つの想いは、決して嘘では無いのだ。



「でも……もう、遅いんです。ボクは、友達を傷付け、この世界に警鐘を鳴らすつもりが、さらに谷底へと、突き落としてしまった」



 手に持つ、量産型アルターシステムを見つめて、シェリルは唇を噛みしめる。



「ボクは――ボク自身で、業を背負わねば」



 **



 シャワーを浴び終えた洋平の元へ、岩平が戻ってきた。


 相も変わらず威圧感ある父の姿が、今の洋平には更に強大に見えてしまう。



「洋平、荘司から全て聞いた」



 ホテルの部屋に入った岩平が放った言葉は、洋平の想像を裏切る一言だった。


 今この場に荘司はいない。


 洋平は唇を噛み締め、友人を初めて「バカか、菊谷は」と罵った。


 しかし、今の一言は、岩平の気に触れたようだった。



「洋平。歯を食いしばれ」


「え」



 ――洋平の頭部を襲う拳。ゴウンと音を鳴らすと共に揺れる視界を、一瞬何事かと思った。



「荘司はお前の身を、そして父親としての俺を案じ、全てを語ってくれた。その親友に対して、今の言葉は何だ」



 彼の言葉を聞き、洋平はそれだけで全てを察する。


 荘司とて、何も考えずに語ったのではないだろうと判断した洋平は、唇を噛んで反省した後、素直な気持ちを口にした。



「……ごめん、なさい」


「俺では無く荘司に言え。今は俺とお前の語らいだと、席を外してくれた」


「……そうする」



 洋平の言葉を聞き、岩平も満足したように、ベッドに腰かけた。


 そして自らの膝を叩いて「座れ」と言うので、洋平は「膝に?」と問いかける。


 力強く頷いた父の姿に、彼は恐る恐る、尻を岩平の膝に預けた。



「ふむ」


「ひゃうっ!」



 父の手が、洋平の胸に触れた。


 思わず変な声が出ると共に彼の顔面へ右肘を叩きつけてしまうが、岩平は気にも留めていなさそうに、洋平の身体を抱き上げた。



「本当に女のそれだな」


「ま、まだ完全にはなってないし! ていうか知ってんなら平然と胸触んな変態っ!」


「股間のは」


「まだあるしっ! 立派なのがまだあるしっ!」


「そうか。しかしお前のは立派なのか?」


「た、多分立派だしっ」



 笑いつつ、洋平の頭を撫でる岩平の大きな手。


 小さな頃に撫でられた記憶と、少しだけ差異があるのは、洋平が成長している証だろう。



「……親父はさ」


「ああ」


「俺が女の子になっても、親父でいてくれるか?」


「当たり前だ」



 力強い返答。それだけで、洋平は何だか、救われた気がした。



「……そっか。当たり前なんだ」


「それが父親だからな」



 ならば、遠慮など必要ない。


 洋平は、父の大きな身体に自身の背中を預けて、目を閉じる。



幼い頃にどれだけ抱き寄せられただろう。


 幼い頃にどれだけ叩かれただろう。


 それは、洋平を息子として――否、自身の「子供」として、愛してくれた証拠なのだ。



「洋平は今後、どうするつもりだ」


「今後って?」


「お前は、まだヒーローになりたいか」


「なりたい。その思いに嘘は絶対無い」


「だが、お前は気付いているだろう」


「うん。――俺は、ヒーローになれない」



 でも、願う事は悪なのだろうか。


 責められる事なのだろうか。


 洋平は、力強く、父に向けて言い放つ。



「親父が言ったんだぞ。全てを守ってみせろって」


「そうだな。出来たか」


「絶対に出来ないだろ。無理難題押し付けやがって。ホントに親父かアンタ」


「親父だからこそ――お前の儚き夢に、答えを突き付けねばならんだろう。それを諦めんお前は、相当のバカだが」


「でも、俺は」


「分かっている。ならば、その儚き夢、お前はお前なりに、無難な着地点を見つけられるのか?」


「見つけようと、思ってる」


「どこに着地する」


「それは」


「いや、やはり聞かん。それは、お前が辿り付いた先にあるのだろう。なら、それを見れる時を待つ」


「……それも、父親として?」


「そうだ。父親としての楽しみだ。それ位は許されるべきだろう」



 彼の言葉を聞き、洋平は思う。


彼こそ――自分の父親として、相応しい人なんだと。



「早く姉ちゃん、帰ってこないかな」


「どうした。恵梨香がそんなに恋しいか?」


「少しくらい、いいじゃん」



 久しぶりの家族団欒を望んで何が悪い。



洋平は最近浮かべていなかった笑みと共に、身体を揺らした。

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