ワルツ-09
四六が所有するオフィスの一室で、シェリルは小さな指輪を一つ手に取り、力を込めた。
エネミーは、それぞれの個体毎に力が宿る。
スルフのように群れを成して狩りを行う個体には巨大な牙と爪を。
ロンドのように享楽を得たい者には堅牢な肉体を。
――そしてワルツのような、戦闘によって生物の恐怖を煽りたい者には、敵を切り刻むカマイタチを生み出す力を。
シェリルが持つ力は、何故この様な形となったかは分からない。
しかし彼は『願う事で物を作り変える』力を持った。
何の変哲もない指輪を、彼が望む【力】へ作り変える事など、造作でも無い事だった。
今、彼が作り上げる物は【量産型アルターシステム】だ。
洋平と荘司、そしてワルツや自身が経験した情報を元に、四六の人材が使う事を目的とし、ある程度の機能をオミットした物である。
「どうだね、シェリル」
そんな彼の元へ、秋山志木が現れた。志木はシェリルへブラックコーヒーを差し出し、シェリルは会釈しつつ、コーヒーを受け取った。
「二個目の製作が終わりました」
「そうか。……すまないな。君が我々に抱いている疑惑は、出来るだけ晴らしたい所なのだが、それを語れば、君にとっては言い訳にしか映らぬのだろう」
「分かっています。貴方が、本当にこの国の未来を憂いでいる事は」
「助かるよ」
コーヒーを一口。志木はホッと息をついて、一つの椅子に腰かけた。
「では、私の疑問に、答えてはくれないか?」
「何です?」
「君が、アルターシステムに【男性が使用する】という制約を設けた理由だ」
シェリルは、量産型アルターシステムを作る手を止めた。
「やはり、貴方にはお見通しでしたか」
「恐らくだが、洋平君と菊谷君も、謎に感じてはいるだろう。私も、何となくは想像がつく。野崎は――どうだろうねぇ」
「でしょうね。貴方は、本当に聡明だ。貴方がこの国のトップであれば、ボクも迷わず、アルターシステムを授ける事が出来たのに」
「答えてくれるかね」
「貴方の想像通りです。
――ボクはミューセルの長に『オスのエネミーを、メスのアリメントへ変換するシステム』を作り上げるよう、命じられたのです」
志木は、やはり、と言わんばかりに溜息をついて、報告書に上がっていたワルツの言葉を思い出した。
「……『養殖品』とは、この事だな」
「はい。ボクはエネミーが地球を侵略する前にアルターシステムを作り上げ、ミューセルの長に進呈しました」
志木達が知っているアルターシステムは『使用者の虚力を増幅させ、戦闘能力へと変換させるデバイス』である。
しかし現実には『使用者をメスであるアリメントへと変えて虚力を増幅し、エネミーに喰わせる養殖品を生み出す為のデバイス』だった。
アリメントの数が少なくなったミューセルで、この開発は偉大な『養殖技術』だろう。
「だが、なぜ君はアルターシステムに、戦闘用デバイスとしての力を付け加えた。養殖品にするシステムだけでよかったのでは?」
「エネミーはこれまで、メスを食糧と認識する事で、無駄な争いを避けて来ました。
捕食する側、される側の関係……その弱肉強食の中で、ある意味平和を保ってきたのです。
しかし、その関係が壊れてしまえば、養殖品となる者と捕食する者とで、大規模な内紛へと向かってしまう。
それを防ぐために、アルターシステムに戦闘能力を付与させなければならなかった」
つまり――養殖品となるエネミーの民が大きな戦闘能力を持ってしまえば、捕食は容易でなくなる。
そして、その思惑は成功した。
「だから、地球が標的にされたのか」
「はい。今度はそれを防ぐための解決策を模索しようとした所で、問題が起きた」
「その問題とは」
「計画が前倒しとなり、地球への侵略が早まってしまった。結果、ボクはミューセルを離反し、この世界へとやってきたのです」
裏切者となった理由。それを明かした彼は、遠い目をしながら、ただ言う。
「本来であれば、アルターシステムの有用性が完全否定された際に、地球への侵略を行うつもりであった計画が、早まってしまった。ボクは人間たちの社会を守る為に、裏切者の烙印を受け入れた」
「君は、なぜそこまで人間の事を」
「『ありがとう』――その想いを受け取って生きる事に、価値を見出したからです」
彼は言う。人間は喜怒哀楽――愛し、愛され、泣き、笑い、悲しみ、絶望し、そして感謝の念を口にする、言う事で、社会を形成してきたと。
今のシェリルは、人間たちの『ありがとう』という感謝の気持ちを腹に溜め、生きているのだ。
「ボクが特別なわけでは無いんです。
きっと他のエネミーも『ありがとう』や『嬉しい』という感情を食べて、生きていける。
そうすれば、この世界も、ミューセルも、救われるはずなんだ」
「だが、全てが前倒しし過ぎた。エネミーとの戦争は、もう避けられないというわけか」
「はい。もはやこの世界の武力を行使するか、それともアルターシステムを持つ者で、エネミーを殲滅するか――二つしかもう、道は無い」
シェリルは憂う。どうしてこんな事になってしまったのか。
人間には人間の社会が、エネミーにはエネミーの社会があった。
しかし、エネミーは人間社会へと侵略を行った。
侵略者は、淘汰されるべきだ。
だからシェリルは、エネミーが人間社会を脅かす前に――止めたかった。
「君は、なんてバカな奴なんだ」
「心外ですね。年下にそんな事を言われるなんて」
「いいや、バカだ。
なぜ最初から語らん。なぜ最初から願わん。
――なぜ君は、同胞から裏切者と罵られ、守っている人間からも蔑まれる存在となってしまったんだ」
それ程までに、人間は度し難い生き物か? と、志木は嘆く。
「そう見えたのならば、私は人間を代表して、謝罪しよう。
――けれどな、シェリル。人間はそれほど、弱くはないぞ」
「……そう、ですね。人間を守ろうと躍起になって……ボクは、本当のバカになったみたいだ」
何せこの世界には、志木のような人間がいる。洋平のような人間も、荘司のような人間もいる。
全ての人間がそうでは無い。けれど――一つ一つの想いは、決して嘘では無いのだ。
「でも……もう、遅いんです。ボクは、友達を傷付け、この世界に警鐘を鳴らすつもりが、さらに谷底へと、突き落としてしまった」
手に持つ、量産型アルターシステムを見つめて、シェリルは唇を噛みしめる。
「ボクは――ボク自身で、業を背負わねば」
**
シャワーを浴び終えた洋平の元へ、岩平が戻ってきた。
相も変わらず威圧感ある父の姿が、今の洋平には更に強大に見えてしまう。
「洋平、荘司から全て聞いた」
ホテルの部屋に入った岩平が放った言葉は、洋平の想像を裏切る一言だった。
今この場に荘司はいない。
洋平は唇を噛み締め、友人を初めて「バカか、菊谷は」と罵った。
しかし、今の一言は、岩平の気に触れたようだった。
「洋平。歯を食いしばれ」
「え」
――洋平の頭部を襲う拳。ゴウンと音を鳴らすと共に揺れる視界を、一瞬何事かと思った。
「荘司はお前の身を、そして父親としての俺を案じ、全てを語ってくれた。その親友に対して、今の言葉は何だ」
彼の言葉を聞き、洋平はそれだけで全てを察する。
荘司とて、何も考えずに語ったのではないだろうと判断した洋平は、唇を噛んで反省した後、素直な気持ちを口にした。
「……ごめん、なさい」
「俺では無く荘司に言え。今は俺とお前の語らいだと、席を外してくれた」
「……そうする」
洋平の言葉を聞き、岩平も満足したように、ベッドに腰かけた。
そして自らの膝を叩いて「座れ」と言うので、洋平は「膝に?」と問いかける。
力強く頷いた父の姿に、彼は恐る恐る、尻を岩平の膝に預けた。
「ふむ」
「ひゃうっ!」
父の手が、洋平の胸に触れた。
思わず変な声が出ると共に彼の顔面へ右肘を叩きつけてしまうが、岩平は気にも留めていなさそうに、洋平の身体を抱き上げた。
「本当に女のそれだな」
「ま、まだ完全にはなってないし! ていうか知ってんなら平然と胸触んな変態っ!」
「股間のは」
「まだあるしっ! 立派なのがまだあるしっ!」
「そうか。しかしお前のは立派なのか?」
「た、多分立派だしっ」
笑いつつ、洋平の頭を撫でる岩平の大きな手。
小さな頃に撫でられた記憶と、少しだけ差異があるのは、洋平が成長している証だろう。
「……親父はさ」
「ああ」
「俺が女の子になっても、親父でいてくれるか?」
「当たり前だ」
力強い返答。それだけで、洋平は何だか、救われた気がした。
「……そっか。当たり前なんだ」
「それが父親だからな」
ならば、遠慮など必要ない。
洋平は、父の大きな身体に自身の背中を預けて、目を閉じる。
幼い頃にどれだけ抱き寄せられただろう。
幼い頃にどれだけ叩かれただろう。
それは、洋平を息子として――否、自身の「子供」として、愛してくれた証拠なのだ。
「洋平は今後、どうするつもりだ」
「今後って?」
「お前は、まだヒーローになりたいか」
「なりたい。その思いに嘘は絶対無い」
「だが、お前は気付いているだろう」
「うん。――俺は、ヒーローになれない」
でも、願う事は悪なのだろうか。
責められる事なのだろうか。
洋平は、力強く、父に向けて言い放つ。
「親父が言ったんだぞ。全てを守ってみせろって」
「そうだな。出来たか」
「絶対に出来ないだろ。無理難題押し付けやがって。ホントに親父かアンタ」
「親父だからこそ――お前の儚き夢に、答えを突き付けねばならんだろう。それを諦めんお前は、相当のバカだが」
「でも、俺は」
「分かっている。ならば、その儚き夢、お前はお前なりに、無難な着地点を見つけられるのか?」
「見つけようと、思ってる」
「どこに着地する」
「それは」
「いや、やはり聞かん。それは、お前が辿り付いた先にあるのだろう。なら、それを見れる時を待つ」
「……それも、父親として?」
「そうだ。父親としての楽しみだ。それ位は許されるべきだろう」
彼の言葉を聞き、洋平は思う。
彼こそ――自分の父親として、相応しい人なんだと。
「早く姉ちゃん、帰ってこないかな」
「どうした。恵梨香がそんなに恋しいか?」
「少しくらい、いいじゃん」
久しぶりの家族団欒を望んで何が悪い。
洋平は最近浮かべていなかった笑みと共に、身体を揺らした。




