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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【聖域のアルタネイティブ】

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ワルツ-10

 腹部に溜まる満腹感。


 ワルツは虚力を食ったわけでは無いのに、満たされている自身の腹部をさすりながら、ただベッドの上でボーっとしているだけだった。


命の育み。


 アイの育み。


 それも、悪く無いものだと思ったのだ。


戦うだけでは無い。


 アイし合う女と共に、こうして交わる事の素晴らしさを、ワルツは知ってしまった。



「シェリル……お前も、こんな気持ちを、抱いてたのか」



 小さく呟き、親友であった男に思いを馳せるその時。



 ふと、声が聞こえた。



『はい、連絡が遅れて大変申し訳ございません。懲戒も覚悟しておりますが、ご報告したい事が御座います』



ノザキの声だ。誰と話しているのだろうか。


 ワルツは少しだけふら付く足で歩き始め、彼女がいたシャワールームのドアを開けようとした――その時だった。



「ハニートラップにて、ワルツの捕獲に成功。今は大変大人しいです」



 ――捕獲? 何の事を言っているのだろう。ハニートラップとは何だ?



頭の中に巡る数々の疑念。


 ワルツはただその場で立ち尽くし、考えをまとめようとするが、彼女の頭はよくない。


 ただ、アイする彼女を信じよう、何でもないのだと考えようとするが。



「はい、ハニートラップです。私も実戦は初めてでしたが、上手くいきました。……やめてください、セクハラです。



 ――エネミーと寝たなんて、思い出しただけでも反吐が出ます」




その言葉に、ワルツの中で何かが切れた音がした。




 ドアを開き、ゆっくりとシャワールームへと入室すると、不意の来訪者に驚く、半裸の野崎。


彼女は手に持っていた携帯電話の通話を切った上で「あ、あら」と作り声をワルツへと向けた。



「どうしたのワルツ。またしたくなったの?」



 もう喋るな、と。ワルツは頭の中で唱えたが、野崎の声は止まらない。



「私もしたいのはやまやまだけど、これから私仕事だから。あ、貴女の指輪も探しておくわね」


「ノザキ――オレは、お前の事、アイしてるぜ」



 不意の言葉に、野崎は一瞬だけ、声を詰まらせながらも、フッと笑みを浮かべて、言うのだ。



「……ええ。私も愛してるわ、ワルツ」



 最後に、その言葉が聞けただけで、十分だった。



ワルツは、右腕を無造作に横薙ぎして振りぬいた。



 部屋内部の空気が圧縮され、カマイタチとなり――それは野崎の胸元を、切り裂いた。


 切り裂かれた肉を見せ、血飛沫をまき散らす姿に、ワルツは決して、目を背けなかった。



「……っ? が、ぁ……っ」



 いきなりの事で、状況把握すらできずにいる野崎の前に、ただ立ち尽くすワルツ。


 彼女と視線を合わせ、状況を理解した野崎は、なぜか……優しい気持ちを、胸に抱いた。



ワルツが、泣いていたから。



――私はこの子を、傷付けてしまった。


――男女平等、女性の権利と、私は叫ぶだけ叫んで。



――私は、本当にバカだった。



――例え敵であろうとも。



――女性としての自分を用いて、誰かを傷つける事は、許されなかった筈なのに。



息も苦しい。


 血も止まらない。


 口から僅かに漏れ出した血を吐き出しながら、野崎は震える足を何とか歩かせ、ワルツの頬に、手を伸ばした。



「……ごめん、なさい」


「なんで、謝んだ」


「なんで、かしらねぇ……ふふ。私も、可笑しな……女」



 最後に、触れるだけのキスをする。



ワルツも、決してそれを、拒むことは、しなかった。



倒れる野崎。


 支える事無く、それを見届けるワルツ。



彼女はしばしボーっとそれを見ていたが、後にハンガーにかけられた衣服を乱暴に着込むと、一緒にかけてあった衣服が幾つか、床に落ちた。


 野崎の持っていたスーツの中から指輪が転がり、それを拾い上げる。


ワルツの使用するアルターシステム。


 ワルツは指輪を右手の中指に装着し、力なく、倒れている野崎の事を見据えて。


ただ、涙を流しながら、その家を後にした。



**



秋山志木が、武装した部下と共に、野崎の部屋を訪れ、突入した時には、既に遅く。


野崎はシャワールームで半裸姿のまま、胸部に大きな傷を作り、出血多量によるショック死で、既に息を引き取っていた。


死体は、美しい女性であった彼女には似合わない、惨たらしい姿であったと言わざるを得ない。



「――目標がまだ近くにいる可能性がある。探し出し、位置を確認次第共有しろ。決して、決して戦おうとはするなよ」



 無線機を用いて指示を出すと、既に野崎の家には志木と、死体となった野崎以外にはいなかった。


彼は、腰を落とし、彼女の亡骸に触れ、小さく呟いた。



「……だから、焦っちゃいけないと言ったろうに」



 別れの言葉は、これで十分だ。


志木は衛星携帯電話を取り出し、電話をかけた。


相手は、協力者であり、ワルツの友人でもあった、シェリルだ。



 **



父である久野岩平が帰国した際、今の家がリフォーム中である事を伝えた人物は、久野恵梨香である。


恵梨香は岩平と洋平の時間を邪魔してはいけないと言う考えから、会社帰りにホテルから少しだけ遠いコンビニへ向かい、時間を潰していた。恵梨香はそこでお菓子を幾つか買って、店を後にした。



久々に帰って来た父である岩平と、弟の洋平は、幼い頃から仲良しだった。



第一子が女の子で、喜んでいた事は確かなのだろうが、男の子の洋平が生まれた時の喜び様は、今でも恵梨香にとっては忘れる事が出来ない。



――ただ、幸せは長くは続かなかった。



母である久野巴が、洋平を生んで間もなく、この世を去ってしまったのだ。


 だが、父は泣かなかった。幼い洋平を抱きしめながら、グッと握りこぶしを作り、母の眠る墓の前で、長い時間、立ち尽くしていた。


まるで、亡くなった母との語らいをするように。


その後に言った言葉を、恵梨香は未だに覚えている。



『お前たちは、俺が守る』



 そう言って、彼は恵梨香と洋平に【崩沈技】を伝授した。


正しく力を扱えるように、いざと言う時に自身の身を守れるようにと。


二人は、確かに父の背中を見て、強く育ったのだろう。



「……今日は、お父さんの料理かぁ。楽しみだな」



 全身凶器と目しても相違ない父には、一つ特技があった。


料理の何たるかを極め、素材の味を最大限まで引き出す料理の仕方だ。


 この世に悪となろうとし、生まれた食材は無い。毒も食し方次第――そう言って作る料理は、非常に繊細、かつ大胆な味だ。


 洋平の料理も日に日に技術を向上させているが、かつて父の作った料理以上に美味しい料理は無かった。


 何だったら母である巴より美味しかった事を覚えている。


父の作る料理に心を躍らせながら、軽くスキップをしながら帰る恵梨香。



ふとそこで。路地裏からうめき声が聞こえて、恵梨香はちらりとそちらを覗いた。



うめき声を発するのは、ゴミ置き場で腰を落とす少女だった。



「あの子」



 以前、腹が減ったと恵梨香に襲い掛かって来た少女だ。あの時は、簡単に崩沈技を用いて撃退したが、今は何だか襲い掛かる気力もなさそうだ。



「大丈夫?」



 近付き、そう尋ねると、少女はちらりと恵梨香を一瞥した後、目を見開いて言うのだ。



「……なぁ、アイって……何だ?」



 苦しそうに。ただ彼女は問う。


 恵梨香は何だか、そんな彼女を放っておけなくなり、つい答えてしまう。



「愛……そうね。誰かを想うって事だと思うわ。人は皆、そうして生きている」


「じゃあよ、人間って誰もがこんな重荷背負いながら生きてんのか……? 正気の沙汰じゃねぇよ……!」



 胸を抑えて、まるで吐き捨てるように言い放つ彼女に、恵梨香が腰を落とし、肩に手を置いた。



「そうね。愛を知ると、誰もが皆弱くなる。誰もが何かを守ろうと必死になる。辛くなる――でも、それでいいんじゃない?」


「……なんで」


「それは、本当の弱さじゃないから。自分を守る力を、誰かの為に使ってあげられるなんて、素敵じゃない」



 彼女は、恵梨香の言葉を考える様に。だが答えが出なかったようで、俯き、呟く。



「……腹、減った」


「大丈夫? 何か食べる? さっきコンビニでお菓子――」



 ポリ袋に手を入れて、無造作にお菓子を取り出そうとした、恵梨香の手を。


少女は弾いて、ただ恵梨香の肩を掴み――



「喰わせろ……っ!」



 彼女の表情は、なんと言っていいか、恵梨香には解らなかった。


今まで数多くの痴漢や強盗を撃退してきた恵梨香にとって、その様な人物が浮かべる表情は、知っているつもりだった。


だが、少女の表情は何というか――牙を突き立て、涎を垂らし、瞳をギロリと向けて睨むようだった。


大型動物が今にも、お前を食うぞと威嚇をするような、そんな威圧感に溢れていた。


身体が、動かない。


 何時もならば、自分の意識を無視して拳が飛ぶはずなのに、その拳を握りしめる力すらない。



 ――そう、恵梨香はこの時、確かに恐怖した。



恐怖の感情は、恵梨香から力を奪い、そして確かなエネルギーとして彼女――ワルツに、食われた。

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