ワルツ-07
光が荘司の身体を包み、彼は自身の肉体を変貌させた。
百八十センチ近い女性の肉体――菊谷荘司としてでは無く、アルタネイティブ・ブルーへと変貌を遂げた彼女は、久野洋平が泊まるホテルの一室で、ブンと腕を振るう。
振りの速さは、今まで通り。腕の動きは光速と呼んでも過言では無く、彼女もコクンと頷いた。
「スピード、良し」
続いて、ジャブを自身の前面に向けて放つ。腕が切るのは空気だけだが、それでも自身の力量を計る事は、彼女にとって難しい事では無い。
「――ダメだ。使い物にならねぇ」
シェリルが言っていたリミッターの影響だろうか、元々変身前より変身後の方が劣っていた腕力が、さらに低下している。
常人以上はあるが、これでは今まで通り変身する前にエネミーを殴り倒してしまった方が効率的だろう。
「お前はどうだ、洋平」
「こっちも似た感じ。一応変身前の俺よりは腕力あるけどさ。今までの威力とは比べものにならない位下がってる」
ブルーより少し離れた場所で、久野洋平――アルタネイティブ・レッドも既に変身を遂げており、ブルーと同じく素振りをしながら、変身後の力量を計測していた。
「文字通り、護身用だな」
「量産型アルターシステムを作るって話だったけど、これと同じものを作ったんじゃ、エネミーには……」
変身を解いた洋平が、小さく苦言を漏らす。
四六に提供する為の量産型アルターシステムを、現在シェリルは開発しているという話だが、彼らの身体を蝕む【女体化】は恐らくオミットされる方向となるだろう。
となれば――洋平の言う通り、エネミーに対抗する事は難しくなる。
彼らの攻撃を遮る事が出来る防御力を有していても、それを倒しきる方法が無ければ、何も意味は無いのだ。
「四六には女がいたろ。名前は忘れたが」
「野崎さんだろ。そう言えば最近会ってないな……そもそも会う理由も無いけど」
「アイツなら元々女なんだし、リミッター設ける必要ねぇだろ」
「でも、アルターシステムってオスが使う目的で作られたものだろ? ってなると、野崎さんに使えるのかな」
荘司は今、洋平が放った言葉のどこかに引っかかった。
しばしの沈黙と共に、整理をする意味合いでも言葉を口にすると、サラリと気になった事が分かった気がする。
「――おい、洋平。ちょっと気になったんだが」
「なにさ」
「何で生物学上のオスが使うって、わざわざそんな目的を設けた。そもそもこのアルターシステムってのは、何の目的で作られた」
「……そう言えば、そうだな。それ、知らない」
考えれば謎だらけだ。
エネミーは元々、一体一体が強力な力を有している。
力の大小こそあれ、普段から彼らの敵となっていたエネミー達は皆、人間が有する事の出来ぬ強大な力を有していた。
今まで、その力に対抗できたのは、アルタネイティブと、変身前の菊谷荘司のみ。
シェリルと言うエネミーが力を増幅させるアルターシステムを作る理由は、一体何があると言うのだろう。
「まだ、隠してる事が、ある?」
「かもしれねぇ。……だがもう関係ないことだ。俺達はせいぜい、戦いに巻き込まれた時の事を考えれば良い」
「でも、量産型、まだ出来てないんだろ?」
洋平の言葉に、ピクリと荘司の眉毛が動いた。
「まさか、お前」
「……うん」
「やめろ。変身して分かっただろ。俺はともかく、お前じゃエネミーを殺せる力がねぇんだ」
「で、でも俺は、紛いなりにも力を持っちまったんだ! この力を持て余して、誰かを見捨てることなんて……オレには、出来ない」
「じゃあどうするってんだ。お前がエネミーに殺されるってのか!?」
「そんなつもりは」
「そうなるだろうが! 今のお前じゃ、勝てる力が無いんだ、必然的に負けしか有り得ねぇ!」
普段の彼は、洋平に強い口調で叫び散らすことは無い。
しかし、今彼が放った言葉の真意を聞けば、彼としては怒る他無い。
洋平は、力にリミッターを設けられ、お役御免とされた身でありながらも――エネミーとの戦いを、続けようとしている。
それがどれほど危険な事か。
アルターシステムの肉体強化を受けていたとしても、エネミーと生身の状態で戦い続けて来た荘司には、それが分かる。
洋平とて、分からぬわけはないのだ。
「それは、俺が許さねぇ。お前がどうしても戦うってんなら」
「……戦うって、言うんなら?」
「俺が止める。お前をぶん殴ってでも――お前を殺させねぇ為に」
荘司の眼は、本気の眼だった。
僅かな殺意。しかしそれは相手を殺す為のものでは無い。
何かを守る為。何かを傷付けさせぬと決めた、男の眼力。
彼の眼は、初めて彼と殴り合った時と、同じだ。
擦れていて、誰にも近づけさせないと孤独に自らを落とし込み――
しかし、誰も傷つけたくないとしていた、彼の瞳。
洋平は、彼のそんな瞳が――大好きだった。
「……優しいな、菊谷は」
「そんなんじゃ、ねぇ」
「ううん、優しい。……そうだ、この件に関しちゃ、俺がバカだよ。破滅的だ。何を言っているのか、自分自身よく分かってる」
「なら」
「でも、この街に住む人々を、守らなきゃいけない。そうしなきゃ、俺は……ヒーローに」
「ヒーローなんざなれっこねぇよッ! いい加減現実を見ろ洋平!」
「親父は言ったんだ! ヒーローになりたかったら全てを守ってみせろって。ヒーローってのは、そう言う人だって!」
それは盲信である。
何かを守る力。聞こえはいいが、それこそ裏を返せば「何かを倒す力」に他ならない。
守ると言う行為は、守るべき対象を阻む者を、倒す事に他ならない。
洋平とて、知っている筈の現実。しかし彼は現実を見ぬ。直視せぬ。
父の言葉を、盲信するしか、今の彼には、出来ぬのだ。
――そんな彼らがいる部屋の扉が、突如開かれた。
最初は、姉である恵梨香が帰って来たのだろうかと振り返ったが、しかしその場に居た姿は、程よい肉付きの女性では無い。
大柄と表現するにもまだ足りぬ程の、筋肉を全身にまとわせる、巨漢。
大男は、肉体にぴっちりまとわりつく白いシャツと、皺一つ浮かばぬジンズを着込んだ二メートル半近い巨体。
部屋に入ろうとしたものの、入り口に頭をぶつけそうになったので、渋々と言った表情で頭を下げ、ドアをくぐった。
「……だ、誰だ」
荘司が、自分より大きな人間を初めて見たと言わんばかりに、恐れるように震える声で尋ねると。
答えは――洋平の口から、奏でられた。
「親父……っ!?」
「久しぶりだな、洋平」
低い声。心臓を握りしめる様な冷たい殺意が、荘司に襲い掛かった。
ヘタな言葉を口にすれば、行動をすれば、一瞬で殺されるとも感じられた。
ハッ、ハッ、と。口で息をしつつ、今すぐに洋平を連れて逃げる為に、頭を動かそうとした――その時、洋平が口にした言葉を、ようやく理解した。
「……え、洋平の……親父、さん?」
「そうだ。息子が、世話になっている」
「この、筋肉だるまが……!?」
「ふ。褒めるな少年。お前も中々に良い体つきをしているではないか」
「褒めてねぇ……!」
荘司は、頭の中で状況を整理しようよしていたが、それは叶わなかった。
洋平と、洋平の姉である恵梨香の肉親。
荘司が予め聞いていた事は、ブラジルに行っているという事、加えて洋平や恵梨香が会得した拳法【崩沈技】の四代目継承者である、という事だ。
目の前にいる男がそれであると、息子である筈の洋平が言う。
しかし似ていない。
細身で中性的な顔立ちである洋平と、筋肉モリモリマッチョマンである眼前の男。
一瞥して親子であると識別できる人間はこの世に何人いる事だろう。
「洋平と恵梨香の父、岩平だ。宜しく」
荘司の前に立ち、右手を差し伸べて来た男――久野岩平。
荘司はグッと顎を引きつつ、出された手には応じなければと、同じく右手を出して、彼の握手に応じようとしたが。
「――っ」
手を繋ぐ寸前。彼は理解した。
このまま平然と繋げれば、右手はお釈迦になる。
岩平が持つ右手の握力により、荘司が今まで、その拳を持って築き上げて来た勝利を踏み躙り、指はバキバキと音を鳴らしながら、砕けていくと。
目と目を巡り合わせ、岩平が力強く自身を睨んでいる事に気が付いた荘司は――
負けてたまるものかよ、と。彼の右手を、強く掴んだ。
グググ、と。握力と握力のせめぎ合いが、二者の間で行われた。
岩平に圧される指が、燃える様に熱い。しかし負けじと握力で応じ、岩平の指を折らんばかりに力を込める。
二人の額に、青筋が浮かび、プルプルと腕が震え始めた所で――ようやく、岩平が手を離した。
「見込み有り」
「ッ、は……?」
「君、名前は」
「き……菊谷、荘司」
「肉体だけでない。確かな闘志、確かな力。日本男児たるもの、こうでなければ。洋平には君のような力が無くて、困ったものだ」
「よく、分かんねぇけど」
「これからも、洋平と仲良くしてやってくれ」
綺麗な姿勢で行われるお辞儀。荘司は呆然としながらも、どこか認められた事を嬉しく思い、ボリボリと頭をかいた。
「あー、……親父さん」
「何だろうか」
「遠出から帰って息子と話したいだろうけど……少し、話したい事があんだけど」
「構わん。愚息とはどれだけでも語り合える」
岩平は、部屋のドアを再び開け放ち、顎を上げた。ついて来いと言う意味だろう。
「え、あの、親父っ」
「洋平。お前はシャワーを浴びていろ。
――衰えている筋肉と、僅かに膨らんだ胸に関しては、荘司が知っているのならば、聞いておく」
洋平の変化を、僅かな肉体の差異から読み取っていた事に驚きつつも、荘司は彼の示しに従い、部屋を出る。




