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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【聖域のアルタネイティブ】
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ワルツ-02

 日の光が一切入る事の無い、ビルとビルの隙間にあるゴミ捨て場に腰かけて眠っていた、一人の少女が目を醒ました。


彼女は乱雑に切られただけの黒髪をガシガシとかきながら、腹部を抑えて小さく呟いた。



「……腹、減った」



 立ち上がり、パンパンと衣服についた埃を叩き払うと、彼女は周りを見渡して、小さく溜息をついた。



「人っ子一人来やしねぇ。――どっかに餌ねぇもんかな」



 ホットパンツのポケットから、一本のキャンディ取り出すと、外装をはがしてそれを口に咥えた。


 唾液によって溶けるキャンディの甘さが彼女の口内に広がっていく感覚が嬉しく思えて、彼女は表通りを歩いていく。



まだ日が落ちていく様子も見えない空を見据えた後、彼女はそこからまた一本、裏路地へと繋がる道へと歩を進める。


 先ほどまで寝ていた場所とは違い、その道を歩むと駅への近道となるその裏通りは、ある程度閑散としているものの、人通りが全くないわけでもない。



 彼女が足を止め、コンクリートの壁に背を預けてボーっとしていると、現に一人の女性が駅を目指して歩んでいる様子が見えた。



女性は紺色のスーツと背中まで伸びる少しクセのある茶髪の髪の毛をなびかせながら、彼女の眼前を通り抜けようとしたが、幼げな少女がギロリと睨み付ける様にしている様子を見て、ふと足を止めた。



「貴女、目つき悪いわね」


「生まれつきだ」



 少女と女性の、短い会話。少女はコンクリートに預けていた背を離し、しっかりと自身の二本足で立ちなおすと同時に、短く地を蹴った。


女性の首元を掴んでやろうとした少女の掌。



 しかしその手は空を切った。



女性は身を後ろへと下げながら少女の手から逃れ、その上で眼前に伸びる右腕を掴み、そのまま少女を抱き寄せた。



「ダメじゃない。女の子はいつ何時だって、自分から手を出したらダメなのよ」


「うるせぇ。腹減ってんだ――食わせろ、女」


「あら。私女の子に好かれやすいとは思っていたけれど、そこまで情熱的に言われたのは初めてよ」



 女性の言葉を全て聞き終わる前に、少女の右足が動いていた。


 振り切られる右脚部を、女性は左脚部で受け切ると同時に、抱き寄せていた少女の身体を押しのけた後、その額に軽く掌底を食らわせた。


グワンと、視界が揺れる様に身体をよろめかせる少女。その少女に向けて千円札を差し出した女性。



「これ、今日の食費にしなさいな。あと近くに区役所があるから、もし食べるのに困ったら保護して貰うのが良いわね」


「……オメェ、何もんだ」


「久野恵梨香。崩沈技拳法・第四継承者――の、娘よ」



千円札を放り、手を振ってその場から去っていくその姿を見据えながら。



少女――ワルツは、自身の胸に渦巻く「負けた」という屈辱を、しかし愚直に受け止めていた。



 **



 コンビニエンスストアでの業務は、日頃利用する者から見る目に反して多様である。


入荷検品、品出し、レジ打ち、コピー機の整備、公共料金の支払い受付、郵便物配送の受付、そしてフライヤー商品の調理、そして廃棄商品の管理等。


 その上で清掃や客への案内を含めれば、一般的に見て安い賃金で働かされる者にはたまったものでは無いだろう。


コンビニエンスストア・ケーソンで労働に勤しむ青年・シェリルは、しかし賃金の他に得るものがあると、その労働に一切の疑問すら持たぬ。


彼はモップを片手に店内の掃除を行いながら、その後ろ姿を追う二人の少年に笑みを浮かべた。



「いらっしゃいませ。洋平君、菊谷君」


「こんにちわ、シェリルさん」


「来てやったぞ」



 久野洋平と、菊谷荘司だ。二人は学校からの帰りだろうか、制服を身にまといながら商品のお茶を手に取り、彼へ言葉を投げかけた。



「ホントにコンビニでバイトしてるんですね」


「ええ。やはり接客業が、ボクには一番性に合っているらしいので」


「お前は四六とやらに匿われてんだろ。金なんかアイツらから用意してもらえばいいだろ」



 荘司の言葉に、シェリルは笑いながら頷いた。



「そうですね、その通りだ。しかしボクは住処や戸籍を用意して貰っていますし、それ以上を求めるのは何だか乞食のようで、恥ずかしいです」


「化け物にも恥って概念はあんだな」



 刺があるようで、しかし荘司の言葉に他意は無かった。彼にとってシェリルは【化け物】であり、人間ではないと言う価値観がある。そもそも彼を人間扱いする理由すらないのだろう。



「エネミーにだって感情があり、文化があります。ボクは確かに人間ではないですが、人間社会に適応しようと言う意思と価値観はあります」


「すみませんシェリルさん。コイツ口悪いから」



 コツン、と荘司の頭を叩いた洋平に首を振りながら、シェリルは「気にしていませんよ」と笑みを浮かべた。



「それより身体に異変はありませんか? アルターシステムは人間による使用を鑑みていないデバイスなので、何か異変があればすぐに仰ってください」


「強いて言うなら」



 荘司はそこで気になっていた事を一つ訊ねた。



「コイツを付けて戦ってると、人っ子一人周りからいなくなるんだが、これはどういうからくりなんだ」



 以前市民病院で戦った時にも疑問を感じた事。ワルツとの激戦は幾ら人目から離れた屋上で行われたとはいえ、強大な力を持つ二人による殺し合いが行われたのだ。その騒ぎを、病院に居座る者達が気付かないとは考えづらい。



「アルターシステムには、人払いを行う低周波数の電波を送信する機能も含まれています。


 生物の脳に偽情報を送信し、それを受けた人間は視覚、聴覚を誤認識させられるのです」


「でも俺達は、変身中のシェリルさんを見つける事が出来た」


「今の段階では、嗅覚に対しての処理は行われておりません。ボクの流した血の匂いにあなた方が反応してくれたのは、今思えば不幸中の幸いか、それとも否か」


「少なくとも、お前にとっては幸いだったろうな」


「ええ。感謝しておりますよ」



 二人をレジへと誘導し、手に持っていた商品を読み込んだ後、自身の財布から金を出し、会計を終わらせたシェリル。



「こんな事しか今はできませんが、そのささやかなお礼です。受け取ってください」


「ありがとうございます」


「……ま、感謝はしてやるよ」



 二人の言葉を受け取ったシェリルは、ニッコリと笑みを浮かべながら二人にペットボトルを渡して、そのまま退店を見送っていく。



――ご馳走様でした。



シェリルは小さくそう呟きながら、満腹であると言わんばかりにお腹を擦った。



**



少女――ワルツは、手に千円札を一枚だけを持って、秋音市のオフィス街を歩いていた。


 見た目端麗な彼女だからこそ、周りの男からちらりと視線を寄越されるが、それに睨み返すと彼らはすぐさま視線を外し、歩き去っていく。



「コイツ、何なんだ」



 手に持った千円札の使い道が分からずに小さく呟くと、ふと彼女の端目にある一つのコンビニが目についた。


コンビニのレジ前で、彼女が持つ千円札と同じ物を、店員に差し出している男が目についた。男は千円札の代わりに袋を手渡され、そのままコンビニを後にする。



何だかそれが気になって、ワルツは男が去っていったコンビニ店内へ。


店内には、様々な物品が溢れかえっている。その様子に圧巻したワルツだったが、コンビニ店内のお菓子コーナーに、自身が口に咥えているキャンディと同じ物がある事に気が付いた。



「……物々交換、ってヤツか?」



 小さく呟きながら、小さい掌いっぱいにキャンディを掴み、店員の元へ持っていく。


 店員は少しばかり少女に視線を寄越しながらも、レジで物品を読み取り、会計を行う。



百十八円です、と言った店員に向けて千円札を差し出してみると、店員はそれを受け取り、代わりにジャラジャラとした小銭とレシートを、そして袋へキャンディを入れ込んだ後、ワルツに差し出した。



「ありがとうございました、またお越しください」



 機械的な言葉でそう言った店員は、ワルツの後ろに並んでいた若い女性に「次の方どうぞ」と声をかける。


 女性は手にペットボトルを持っており、そのペットボトルを店員へと差し出すと、財布の中から百八円を取り出し、すぐさまコンビニを後にする。



「……あの、何か?」



 店員が、訝しむような視線でワルツを見ると、ワルツは「何でもねぇ」と答えながら、周りの人間と同じく店を後にした。



「……これが人間の、暮らし」



 ワルツは、小さく呟いた後。


初めて自身で「購入」した、キャンディの包装を剥がして、それを口にした。



「……あめぇ」

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