ワルツ-01
そこは瓦礫のような姿をした様々な機材が置かれる、一つの部屋だった。
窓は無い。日光一つ入らぬその部屋にある灯りは、小さいランタンのみである。
ワルツとシェリルは、ランタンを中心に椅子へ腰かけていた。
シェリルはその手に二つの指輪を持って、その物へ憂いの表情を浮かべていた。
何を考えているかは分からない。ワルツはシェリルへ「おい」と問いかけた。
「ソイツは何だ」
「アルターシステム。【ミューセル】の民を救う事が出来る、唯一の手段と言ってもいいだろう」
「チキュウって世界を支配する為のモンか?」
「違う。地球の民には地球の民の文化が、思想が、そして暮らしがある。
その暮らしを脅かすことなく、我々が生き延びる為に必要な……そうだね。そういう意味では、力と言っても良いだろう」
「力か、そいつは良い。んじゃあオレに寄越せよ」
「そう、そうだね。それが良いだろう。君にはただ破壊するだけ等、似合いはしないから」
「なんだ、そいつは力なんじゃねぇのか」
「力ではあるよ。だが力は破壊する為だけのものでは無い。
力と言うのは、何かを生み出す為にも存在する。その存在になるのは、君であるべきだと思う」
「なぁ。オレはバカだからよ、頭の良いお前の言っている事は、ちっとも理解できねぇんだ」
「今はそれでいい。この力は、君に正しく使ってほしいと思う。それが出来ると、ボクは信じている」
指輪の一つを手渡してくる男の事を――『彼』はじっ、と見据えていた。
「なあ、ワルツ。ボクは君に、知ってほしい事があるんだ」
「何だよ」
「虚力って言うのは、感情のエネルギーなんだ。言ってしまえば、ボク等が糧とするものは、何も虚力そのものと言うわけでは無い」
「そうなのかい。オレがいつも食ってんのは、オレが思ってたもんと違うって事か」
「そうだね。君が、そして多くのエネミーが食すエネルギーは、捕食者の【恐怖】だ。君はその為に、力を付けすぎてしまった」
「そりゃそうさ。オレには力以外、何もねぇ。お前みたいに頭もよくなけりゃ、じっとしている事も性に合わねぇんだ」
「それは違うよ。君は、知らないだけなんだ。まだ何も知らぬ、幼子なだけ」
――だがボクは、そんな君を【アイ】したんだ。
そう口にしたシェリルの笑顔は。
ワルツにとって、かけがえの無い友情の証しに他ならないのだった。
**
秋音市のビジネス街、その只中にある一つの雑居ビルに、防衛省情報局第四班六課――通称【四六】と呼ばれる部隊による『エネミー対策本部』が設置されている。
野崎粧香はその一人である。彼女は二つの写真を持ち、支給されたパソコンで報告書を作成していた。
一ヶ月前から、存在の確認された異形生命体・エネミー。その存在は本来であれば、確認すらできない筈の、異世界から現れた侵略者である。
異世界――ミューセルからの脱走者・シェリルの協力によってその存在を感知・迎撃できるシステム構築を行う事が出来た事は、彼の功績だ。
また彼が選び、協力者となった二人の高校生――玄武高校一年三組所属、久野洋平と菊谷荘司の活躍もあり、エネミーが発生しても、その処理は的確に行われている。
だが粧香を含め、この部署に勤めている者は、誰もがシェリルを信用していない。所詮は脱走者だ。出してくる情報に価値はあれど、その全てを信用し、そして彼に感謝する事は無い。
おまけに彼も、全面的に四六へ協力しているわけでもない。
アルターシステム――エネミーに一個人がようやく対抗しうる技術の提供を、彼は拒み続けている。
そこまで報告書へ打ち込んだ所で、チッと舌打ちした粧香は立ち上がり、上司である秋山志木に声をかけた。
志木は五十過ぎの男性だ。そのくたびれたスーツと、少しだけ薄くなってきた頭髪がどこか寂しさを誘う、初老の上司。
「課長。上は何と」
彼女が言う【上】とは、防衛省の重鎮たちであろう事とは、志木にも理解できた。
彼女の上官である志木も、言ってしまえばただの【中間管理職】でしかない。彼はその管理職の立場として、彼女が求めた答えとは異なる答えを口にした。
「現状維持」
「……何も分かってない、上は何も分かってないんです! 今この時もまさに、女性が狙われている危険性があると言うのに!」
激高する彼女を見据えながら、ハァと小さく溜息をついた志木は、彼女へ「野崎」と呼びかけた。
「、はっ」
呼びかけに、少しばかり焦りを見せながら背筋を伸ばし、返事をした粧香。彼女と視線を合わせる事無く、志木は言う。
「窓の外、見てごらんよ。人がいっぱいいる」
その言葉に、少しだけ困惑しながら粧香は従い、窓の外に見える景色を眺めた。
人が大勢いる。危険など何も知らず、ただ今日一日を生きようとする人々が。
「野崎。君が女性の権利を主張したいのもわかるし、上の対応が遅いのも事実だけど――焦っちゃいけない。焦りは余計にミスを生む」
「……はい」
「あと男女平等って言うけどね。だとしたらエネミーも男性を襲うよ。だけど襲うのは女性だけだとすれば、そこには明白な違いがあるんだ。
――言っちゃ悪いが、完全な男女平等なんて有り得ない」
「そ、それとこれとは――!」
「一緒だよ。君は女性の権利を主張したいって私情で仕事に挑んでいる。女性だけを襲うエネミーなんて許せないって。
――もうちょっと気を楽にして、全ての人の為に仕事なさい。この窓の外を歩く人々を、守る為にね」
彼はそういうと、デスクに座り込んで、一本の煙草を掴み、火をつけた。
副流煙が彼女を襲う。それに嫌悪するのも、自分が女だからだろうかと、変な思考を回した所で、彼女はもう一度、窓の外を眺めた。
――人が、いっぱいいる。
**
エネミーの多くは、スネークウルフタイプ――スルフと呼ばれる、顔面が蛇のように甲殻で覆われ、その肥大化した口と牙、身体は甲殻と毛をまとい、オオカミのような鋭い爪が印象強い異形体だ。
スルフタイプは、群れによってメス――アリメントを狩る習性を身に着けたエネミーである。
それぞれの個体は他のタイプのエネミーよりは脆弱で特出した能力もないが、故にエネミーの大多数がこのスルフタイプである。
地球侵略の際には群れを離れ、普段は服を着込んで深くフードを被り、また肌を出さぬようにして人間社会に溶け込んではいるものの、虚力の多い女性を見つけると手当たり次第に物陰へ引き寄せ、虚力を食い尽くす性質を持つ。
異世界・ミューセルからこの地球社会への入り口は多くあるが、それら全てが秋音市に繋がっている。
その為エネミーが発生すると、防衛省のエネミー観測装置がそれを感知し、洋平や荘司等の、アルターシステムを所有する者に居場所のデータを送信、と言うプロセスを辿っている。
「い――いやぁ、っ」
女性が、ビジネス街の路地裏で、涙を流しながら首を振り、目の前の異形生命体から逃げようと後ずさっていたが、壁にぶつかり、その腰を落とした。
酷く醜い姿をしているだろうと考えながらも、ただ懇願する。
助けてほしい。金でも何でも持っていけばいい。
だが乱暴だけはしないでほしい。命が惜しい。力無い女性では、それが精一杯だっただろう。
――そんな中、彼女はふっ、と意識を失った。
目の前のスルフは、一瞬何があったか思考した――その時、声が響いた。
「待てっ!」
可愛い、女の子の声だった。
声の方向を向くと、そこには二人の少女が、隣り合って立っている。
「正義の心と熱いエナジー! アルタネイティブ・レッド!」
赤い装甲と赤髪、そのポニーテールが印象強い少女――アルタネイティブ・レッド。
彼女は大きく足を開いて、右手をスルフへと突き出し、左手を腰に当てる決めポーズを構えながら、大声で叫ぶ。
「せ、清流の如く、しかし燃え滾る意思……ア、アルタネイティブ・ブルー」
青色の装甲と蒼の髪の毛を肩まで下した女性――アルタネイティブ・ブルー。
彼女はレッドと同じく、スラリとした体形を見せながら、その右手を腰に当て、左手を無造作に下すというポーズを決めながら、だがレッドとは対照的に、気恥ずかしそうにぼそぼそと声を出す。
「エネミー! お前たちの企みは!」
「こ……この、アルタネイティブが、全て打ち砕く!」
――そこで、二人の言葉が止まり、スルフはただ困惑していた。
彼女たちには隙しか無かったと言うのに、その隙を突く精神状態すらゴリゴリ削られたのだろう。
「……くぅ、これこれ! 変身ヒーローになったら、これやらなきゃな!」
「洋平……俺、今すごく顔赤いと思うんだが……」
「えー、恥ずかしがる事無いぞ? 似合ってたぞ菊谷!」
キャッキャとはしゃぐレッドとは対照的に、顔面に手を当てて真っ赤な顔を隠すブルー。
そんな二人を見据えながら、攻撃してもいいのかどうかをスルフが考えていると、ブルーが脚部に力を入れて、その場を駆けた。
「お前も! 今のは! 忘れろ!」
区切る毎に。彼女はその膝蹴りを。スルフの顔面に叩きこむ。
そして吹っ飛んだスルフに向けて、脚部のスラスターモジュールに手を当てたレッドが「吹っ飛べ!」と叫ぶ。
〈Alter・kick〉
その機械音声と共に、レッドの体が宙へ舞い、その宙で一旦動きを止めた後、背部のブースターユニットが点火。
それによって増した落下速度と、その脚力から得られる威力を保ったまま、スルフの腹部を思い切り蹴り付けると、火花と共に散っていった。
「勝ー利ッ!」
「しょ……勝利」
レッドがその慎ましい胸を張り。ブルーは彼女に続くものの、どこか気恥ずかしそうに声を上げると、二人の仕事は終了した。




