ワルツ-03
アルバイトを定時で退社したシェリルは、四六の【エネミー対策本部】へと足を運んでいた。
オフィスビルの一室を借りた、こじんまりとした対策室ではあるものの、ここから四六が有する全ての部隊に指示を出すことが可能である。
そのオフィスには、二人の大人が椅子に腰かけていた。秋山志木と、野崎粧香である。
「では、ワルツに関する情報を貰おうか」
志木が、対策本部へと現れたシェリルへそう尋ねると、彼も「はい」と小さく言葉を放ちながら、一つの椅子に腰かけた。
「ワルツは、ボクの開発した試作試験型アルターシステムの被験者で、元々戦いによって敵を恐怖させ、虚力を収集する事を喜びとしていた戦闘狂です」
「なぜそんな者に、アルターシステムの試験を行わせたのかしら」
「――それは、あなた方に語らねばならない事ではないでしょう」
粧香の問いに目を細めて反論したシェリルを、彼女はギロリと睨んだ。
しかしシェリルはその視線を何ともなさそうに逸らすと、志木へと言葉を投げ続けた。
「彼女は虚力の収集よりも、敵を圧倒する事だけに喜びを覚える者です。エネミーの中でも危険度は段違いに高い」
「君に倒すことは出来ないと」
「はい――そして、洋平君と菊谷君の二人がかりでも、倒せるかどうか」
「厄介な存在だな」
コクンと頷いたシェリルは、そこでワルツの話題を終わらせ、今度は彼が問いかける。
「頼んでいた洋平君と菊谷君の精密検査結果は」
「今の所、概ね問題無しだ。変身前と変身後の二種類で判別しているが、特に大きな変化はない」
「大きな? 微々たる変化はあると」
「専門的な用語を無くし、分かりやすくしている為に多少の語弊があるやもだが、男性ホルモンと女性ホルモンのバランスが、変身前と変身後で僅かな変化があるらしい。
だがこれは、男性から女性へと急激に変身を遂げるアルターシステムの特性上から、仕方ない事と思われる……と言うのが、検査班の報告だ」
その言葉に、シェリルはグッと息を詰まらせるようにした後、しかし小さく頷いた。
「……良いでしょう。だがもし今後もホルモンバランスに変化が多々あるようならば、彼らによるエネミー対策を即時停止するようにお願いします」
「了解した」
「続いて、エネミーの発生頻度ですが」
「野崎、報告を」
「はい」
粧香は、部屋の明かりを全て落とした上で、プロジェクターの電源を入れた。
そして表示されるグラフは、最初こそ緩やかな上昇を見せていたものの、ここ数日の間だけで、急激な右肩上がりを見せていた。
「過去一ヶ月間分の発生頻度をまとめました」
「――最初のスルフとロンド、そしてワルツの発生から三日だけで、二百十パーセント増、ですか」
「ミューセルという世界は、自らの種が敗北する等とは考えても居なかったようだな」
「それはそうでしょう。人間という生き物は道具が無ければ満足に同胞すら殺すことが出来ぬ存在です。それらがスルフやロンドを破ったとなれば、手を速めるは必然です」
「どうするかね。このままでは、君とあの二人だけでは、エネミーに対抗するのは不可能になる」
「あなた方にアルターシステムを授ける事はできません」
「強情だな。君にとって人間と言う存在がどうなるか等、どうでもいいかもしれないが」
「そんな事は言っていません」
「いいかね、我々は人間としての尊厳を試されているのだ。
日夜危険に晒されている女性は、確かに殺されるわけでは無い。
無いが、しかし人間として生きる事が出来ぬようになる。
それを防ぐために戦う我々を、君は拒もうと言うのだ。本来は君を拘束してもおかしくないんだぞ」
「それは、分かっています」
「大局を見据える事は大いに結構。しかし我々人間には、その大局すら見ることはできんかもしれんのだ。
君の行動一つで、人間は救われる。それをぜひ君には知っていてほしい」
「知っているつもりです――ッ!」
普段のシェリルらしからぬ、奇声にも似た絶叫。彼は静かに立ち上がり、部屋を後にした。
志木と粧香は、その姿を見据えているだけだが――視線には、怒りと憎しみを込められていると悟る事は、難しい事では無かった。
**
ワルツは、最後の一本となってしまったキャンディの包装紙を、なかなか剥がせないでいた。
また【購入】する事も考えたが、人間社会における金銭の概念が理解できていない彼女では、自身が持つ小銭がどのような価値を持っているかも定かでは無く、それを食べてしまえば全てを無くしてしまうように感じたのだ。
最初にこのキャンディを食べたのは、三日前にシェリルが入院する病院へ入った時だった。
ワルツとぶつかった小さな子供が、ぶつかった事を謝罪すると同時に、持っていたキャンディを数本、ワルツへと差し出したのだ。
最初それがどういったものか分からなかったワルツであったが、目の前で子供がキャンディの包装紙を外し、口にした所を目の当たりにし、それを真似してみた瞬間、ワルツは全ての価値観を破壊されるようだった。
エネミーにとっての栄養は虚力から得られる。故に水や食物と言うものは一種の嗜好品であり、ワルツはそれらを好んでいなかったのだ。
しかし、人間社会に辿り付き、初めて口にしたキャンディから溢れ出る甘さは、彼女を夢中にさせた。シェリルを探しながら、しかしキャンディを噛み砕くまで、味を楽しんでいたのだ。
「――コイツは取っとくか」
まるで大切な宝物をしまうように、ポケットの中へキャンディを放り込んだワルツは、しかしそこで空腹感がない事に気が付いた。
しばらく虚力を摂取していないにも関わらず、空腹感がない事に疑問を抱きながらも、彼女は夜も更けて来た表通りから逸れ、裏通りへと入り込んだ。
秋音市清納通――通称【精の通り】と呼ばれる、ホテル街である。
自然と、周りの柄も悪くなる。
「ね、ね。そこの彼女」
そんな彼女へと、声をかける三人の男たち。
男たちはワルツの周囲を身体で囲い込むと、ワルツへ卑下た笑みを浮かべたのだ。
「何してんのー、こんな所で」
「別に。オメェらには関係ねぇだろ」
「おー怖い。女の子がそんな怖い口調してたらダメだぞー」
「家出? もしよかったらこの辺のホテルに泊めてやるぜ?」
「オメーもうちょい頭捻って誘えよ、ヤリたいだけだって丸わかりじゃんか」
ガハハと笑う彼らの言葉を、ワルツは理解する事も出来ない。
ただ、彼らの笑い顔がいやに不快で、額に青筋を立てながらも、彼らの身体を押しのけ、その場から立ち去ろうとした。
だが、彼らはすぐに彼女を追いかけ、ワルツの小さな手を掴んだ。
その時、ポケットの中に入れていた、最後のキャンディが零れ落ちて――男の一人が、それを踏み付けた。
「おっと待ちなって。いいじゃんいいじゃん。ちょっと遊んでこうぜ」
「……遊びだ?」
「そそ。何でもいいよ、カラオケでもボーリングでも、何だったらその辺のホテルでも!」
「だからオメーよぉ!」
「じゃあよ、頼みがあんだけど」
ワルツの発した言葉に、三人が視線を彼女に向け、その言葉を待った。
「ちょっくら――死んでくれねぇかな」
ワルツが、その手を軽く振り上げると。
三人の男たちは、その胸元に大きな裂け目を生み出した。
「えぁ」
その内の一人が、そんな素っ頓狂な声を上げると同時に、胸元から大量の血を吹き出していく。
一瞬の内に消えていく意識を、彼らは認識する事すらでき無かったのだろう。
絶命した三人から溢れ出る血の噴水を、ワルツはまるで無邪気な少女の様に笑いながら眺め、その上で一人の死体を蹴り付けた。




