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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第二章【聖域のアルタネイティブ】
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変身、アルタネイティブ・ブルー-08

「なんだ、今の威力は」



志木の呟きと共に、シェリルもまた、彼と同じく驚きの表情を浮かべながら、荘司の事をただ見ている事しか出来なかった。


確かにアルターシステムは、ただ少年を少女に変貌させ、戦う力を生み出すだけでは無い。


 人払い、防壁……様々な力を持つ多機能デバイスだ。人間の全能力を二十パーセント程向上させる力もある。



だが、荘司の放った拳の威力は、それを鑑みても異常であった。



まるで、巨大な大砲で吹き飛ばされたような衝撃を腹部に受けたロンドは、しばし動かない。


 死んだわけでは無い、気を失ったわけでは無い。無いが――そのダメージが、あまりに大きすぎたのだ。



「この程度、か。……ま、及第点って所だな」


「貴方は、一体」


「何の変哲もない、普通の高校生だ。――ちょいと喧嘩慣れしてる、な」



 満足したような面持ちで、握り拳を解いた荘司は、自身の眼前で、その右手の指を開き、小さく唱えた。



「――変身」



 左掌に押し込まれる、アルターシステム。それと共に瞳を焼くほどの光が灯り、荘司の身体を包んでゆく。



光に覆われた荘司の身体は、次第に変化を見せていく。


 元々二メートル近くある巨体は、百八十程度の、だが一般的に高くスラリと細い肉体へと変化。


 豪傑な胸筋は無くなり、その代わりか豊満な、円形を描いた乳房が姿を現した。


 乳房を守るように展開される装甲だが、全てを覆い尽くす事が出来ず、その乳房を一部隠すのみである。


腹筋も無くなり、キュッと締まったウエストには何も覆われず、さらに負けじと強調される大きな臀部には、女性用パンティにも似た形の、面積の狭い装甲が展開されるのみ。



スッ――と伸びる綺麗なカーブを魅せる長く細い足回りには、それまでの狭い範囲で展開された装甲とは違い、過剰なまでに範囲が広い、全体を包み込むような形状。


 しかしラインが見える程度まで薄い装甲が、それ程重量を感じさせなくなっている。


反対に、両腕には装甲が一切展開されていない。紺色の薄い布のような物で覆われ、その肌を隠しただけだ。



そして、右目の眼帯はスコープの様な形状の片眼鏡へと代わり、黒い髪の毛も蒼色に彩り直される。ポニーテールはそのまま、長さだけが腰まで達する長さに変化すると――



彼……否。




彼女は【アルタネイティブ・ブルー】として、変身を遂げた。




自身の姿を確認しながら、少女――アルタネイティブ・ブルーは「へぇ」と呟きを小さく漏らした。



「これが俺の変身した姿か――これも及第点かな」



 その声は、普段の鋭くドスの効いた荘司の声とは似つかわしくない、綺麗で美しい声だった。


 軽く自身の体を動かした後に、手首を軽く振るってスナップを利かせ、未だ壁にめり込んでいるロンドに向けて歩を進めた。



「来いよ、エネミー」


『ず――図に乗るなよ人間んんんっ!!』



 その言葉に、ロンドは大きく咆哮しながら、剛腕を思い切りブルーへ振り下ろそうとしたが、最小の動きでそれを避け切り、彼の顔面に手の甲を叩き当てた。


グラリとよろけるロンドがすぐさま巨大な両腕を振るうものの、それすら両腕で受け切ったブルーが弾き返し、身体を一回転させた上で、回し蹴りを腹部にかました。



「スピード、良し」



 腰を落とし、地を蹴った彼女のか細い両足が、ロンドの腹部と、顔面を思い切り蹴り付けた後に、力を込めて蹴飛ばす。



「反応、良し。――威力だけが及第点に及ばず。スピード特化だな」



 ブルーはチッと舌打ちをした上で、歩を進めると。



『ひっ――ひぃっ!』



 ロンドは勝算が無いと踏んだか、慌てながら離脱準備を進める。だが、それを見逃す彼女では無い。


 地面を蹴って宙に舞い、ロンドの首に自身の両足を絡ませると腰を捻り、彼の顔面を地面に叩きつけた後、背中を思い切り踏みつけた。



『うぁ――』


「威力が、少ないなら」



 そこでブルーは――なんと、その指に装着したアルターシステムを取り外し、変身を解除したのだ。



光が弾ける様に、ブルーから菊谷荘司へと成り戻った瞬間、ロンドは好機と言わんばかりに表情を歪ませ、その背中に乗せている足を振り解こうとしたが――



荘司の足は、ビクとも動かない。



彼の、丸太のように図太い足が、ロンドの背をグリグリと踏みつけ、放さぬのだ。



「――踏みつけてる感覚だが。お前は背中が、一番堅くねぇみたいだな」



 荘司が、その拳に思い切り力を込めた上で、腕を頭部上段付近で構え、狙いを定めた。


焦るように地面で足掻くロンドの姿を見据えながら、シェリルはどこか、彼に同情の心すら持っていた。


ロンドが一番の特徴とする堅牢な肉体……その一番強度が高い腹部を殴って、あの威力を誇っていた彼の拳だ。


 甲殻が薄く、柔らかい肉部分を殴られれば――



「トドメだ」


『や、やめ、! 許してぇ――ッ!』



 ただ一点に集中し、今、その拳が、背中へと強く――叩き込まれた。


ロンドの背部を貫く拳。それが身体を貫通すると、まるで地割れが起こったかのような亀裂が、床に走る。


ビクンビクンと体を数回跳ねた後、ロンドは動かなくなった。


 その拳を引き抜いて、腕にべっとりとまとわりつく血を振るって落とすと、彼はフッと息をついた。



「こんなもんか」



 あたかも、喧嘩を売ってきた相手を叩きのめした、と言わんばかりのあっけらかんとした表情を浮かべていると、シェリルがゴクリと息を呑んで彼の力を再認識し、礼を一言言おうとした――その時だった。



ゾワリと、殺気が皆を襲った。



志木と粧香は、シェリルを守るように銃を構え直し、荘司はロンドが倒壊させた天井、そして窓の外をよく観察するが、殺気の元は、どこにもいない。



――否、荘司には分かる。



敵は、近づいている。



 **



 秋音市民病院のフロントを抜ける、一人の少女。


少女はその黒のショートカットと可愛らしい顔立ちに似合わぬ、ギロリと鋭い視線が印象深かった。


体には紺色のパーカーとホットパンツが履かれ、口に咥えたキャンディを噛み砕いた。



「……ちっ。ロンドの奴、しくじりやがった」



 少女が小さく呟くと、彼女は別棟へと続く道を歩き出す。


別棟三階廊下。倒れている巨漢の男たちを踏みつけながら、少女は一つのドアを開け放つ。


視線に映るは、一人の女。一人の中年男性。一人の少年――そして。



「シェリル。会いたかったぜ」



 シェリルである。シェリルは、ブルッと一瞬身震いをしたと同時に立ち上がろうとしたが、肉体に走る痛みが彼の行動を阻害し、そのベットの手すりに手を付けた。



「お前……まさかお前が……っ」


「アァ。お前を殺す為に、わざわざ来てやった。有りがたく思えよ」



 少女がハンッと笑うと、シェリルの前に立ちふさがる少年・菊谷荘司。


 彼は、その右手に装着したアルターシステムを構えながら「コイツもエネミーか?」と尋ねたが、シェリルは何も言わぬ。


 ただ震え、息を荒げるだけだった。



「おいシェリル」


「逃げて」



 ようやく、彼が放てた言葉がそれだった。



「逃げて。ワルツは、貴方では勝てない」


「オメェみたいな怪我人置いて、逃げられるか。……変身」



 荘司は、右手中指に装着したアルターシステムを左掌に押し付け、変身を開始した。


 放たれる光。変化する体。


 アルタネイティブ・ブルーへと変身を遂げた彼女は、視線を少女――ワルツへと向けながら、すぐに動けるよう、腰を小さく落とした。



そんな彼女を嘲笑いながらワルツは――右手の中指に装着した、漆黒の輝きを放つ宝石が埋め込まれた指輪を、今この場に居る者達へ、見せびらかした。



「な、っ!」


「アルターシステム……!?」



 秋山志木と野崎粧香が、愕然とした表情でその姿を見据えていると。


少女はニヤリと不気味な笑みを浮かべつつ、自身の左掌に指輪を強く押し付け、一言唱えた。



「変身」



 光が放たれる。少女を覆った光は、次第に薄れていくと同時にその姿を、漆黒の装甲をまとう姿へと変貌させていた。



ワルツ――否、【アルタネイティブ・ブラック】は、変身前の不気味な笑みをそのままに、端麗な顔立ちと、レッドと同じタイプの薄い装甲を身にまといながら、サイドアーマーに搭載されていた一本のユニットを取り出した。


ユニットから展開される剣が、約二メートル程に拡大すると、それを肩で支え、一歩ずつ近づいてくる。



「なんだ、アイツ」


「ワルツ。虚力を得るよりも、戦う事に快楽を覚えた、エネミーの中でも最悪の戦闘狂です……!」


「ずいぶんと美味そうな奴を見つけたじゃねぇの、シェリル」



 まるで、世間話を始めるかのように放たれたブラックの言葉を聞いた瞬間、ブルーも動いた。


その肩に掴んでいたロングソードが、不意に振り切られ、切先がシェリルへと伸びていた時には、ブルーの脚部装甲がそれを防ぎ、弾き返していた。



「――戦争の開始だぜ!」



 弾き返されたロングソード、その威力を保ったまま乱暴に横振りするブラックの攻撃を避けたブルーは、ロンドがこじ開けた天井の穴へ向けて跳んだ後、とあるビルの屋上に着地。


 そのまま脚部に力を込めて、同じく病院の天井へと姿を現したブラックに向けて突撃する。



ブルーの素早く、そして狙いの定まった拳の攻撃が、ブラックの胸部へと向かうが、その攻撃をロングソードの柄で防いだ彼女が、そのまま右膝でブルーの腹部を狙う攻撃を、左腕の肘部分で受け切ったブルー。



二人はしばし、その状態から動かない。



「面白れぇな、お前」


「お褒めに預かり、虫唾が走る」



 互いに、膝と肘を引くと同時に、動いた。



ブラックは自らの持つ獲物を手から放すと、ブルーも脚部スラスターを稼働させる。



ブルーの軽やかな足技。


ブラックの全身を使った応戦能力。



ブラックはブルーの攻撃をまるで嘲笑うかのように全て受け切った後、彼女の腕を掴んで、引き寄せ、その頭部に思い切り、頭突きをかます。



揺れ動く視界。ブルーがよろめくと、ブラックが笑う。



「ははっ、楽しい、楽しいぜお前!」


「ちっ」



 掴まれた腕を掴み返し、ブラックを投げ放つ。


 だがそれを何ともなさそうにくるりと一回転しながら地面に着地すると、ブラックは深い息を一回つきながら「満足だ」と声を上げた。



「お前面白れェよ。だから――捕食とシェリルをブッコロスのは、もうちょい後にしといてやる」


「何を言ってやがる。お前から売った喧嘩だぞ」


「喧嘩ぁ? 違うね。――これは、生存競争だっつの」



 指輪を外し、変身が解かれた事によって、ブラックが不気味な少女――ワルツへと姿を戻した。


彼女は、ホットパンツのポケットに入れていたキャンディの封を開け放ち、それを口内へと入れ込むと、ニヤリと笑いながら言い放つ。



「じゃあな――哀れな憐れな【養殖】さん」



 そう言って、高く飛び去って行ったワルツの姿を見据えながら、ブルーも変身を解き、そして荘司は小さく舌打ちをした。

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