変身、アルタネイティブ・ブルー-07
シェリルは話し始める。
エネミーと言う生命体の事。
エネミーの暮らす異世界【ミューセル】の事。
ミューセルは食糧と呼べるエネルギー・虚力と、それを潤沢に持つ生物学上のメス・アリメントが枯渇してしまった事。
それ故に人間社会へ侵略を開始し、人間の女性から虚力を得ようとしている事。
――【アルターシステム】と言う物の事。
アルターシステムを手にした久野洋平に、四六が協力要請を願い出て、彼がそれを承諾した事。
「……何とも、妙な作り話聞いてる気分になるな」
「信じて、頂けるでしょうか」
「信じるしかねぇさ。洋平の姉さんはエネミーってのを見てねぇから疑心暗鬼だったろうけど、俺はあのバケモンを何度も殴ってんだ」
「……全く。本当に貴方も洋平君も、普通の規格に当てはめる事が出来ない子供だ」
「もう話は終わりか」
「ええ、ボクからご説明できることは、以上です」
「なら、俺にもアルターシステムってのを寄越せ」
志木と粧香が、不意に彼が放った言葉に、ギョッと驚きを見せた。
いきなり現れ、話を聞いた上で、彼は「自分が戦う為の力を寄越せ」と言ってのけたのだ。驚くに決まっている。
だがシェリルは、まるでその言葉が放たれる事を知っていたかのような、何とも言えぬと言わんばかりに表情を歪め、しかし首を横へ振った。
「それは、出来ません」
「なんだ。あの指輪、もう無いのか?」
「いえ、あります。ですが、しかし」
「しかしもかかしもねぇよ。寄越せ」
「待ちなさい菊谷君。まだアルターシステムに予備があると言うのならば、我々四六が所有するべきで……っ!」
「黙ってろ女。今はコイツと話してんだ。ていうかお前誰だ」
粧香が二人の会話に割って入った所で、荘司がギロリと睨み付け、彼女の言葉を遮った。
「……アルターシステムは、人間の使用を鑑みていない、エネミー用のシステムです。人間にどのような影響を与えるかも分からない。もしかすると、君たちの肉体に悪影響を及ぼす可能性も」
「なら余計に、そんなもんを洋平だけに任せておけねぇ。俺にも寄越せ」
「いけません。ボクは洋平君にも、この一件から手を引くように説得するつもりです。エネミーと戦うのは、ボクだけで良い。ボクは、その業を請け負う覚悟がある」
「手前勝手な覚悟なんざ知った事か。俺はお前も、お前が協力してる四六とやらがどうしようが、別に好きにしろって思ってんだ。
女が食われる? 大賛成だね。女は鬱陶しいし面倒だし、一度こっちを敵と認識すると、ネチネチネチネチ突いてきやがる。それこそ女じゃなけりゃ、ぶん殴ってる所だ」
荘司の発言を聞き、彼の後ろでワナワナと怒りに震え、表情を真っ赤にさせる粧香。だが彼女へ気遣う事も無く、シェリルは彼に問いかける。
「では、なぜ貴方は」
「何度も言わせんな。洋平を守る、それだけだ。……不満かよ」
シェリルは、荘司の目を、ただジッ――と、見据えていた。
彼の目は、鋭く、刃の様で、だが――優しい瞳を有していた。
「……友達、だから?」
「あぁ。洋平は、俺に出来た、初めてのダチなんだ。
……もし間違ってんなら正してやる。もし正しいなら、一緒に進んでやる。
それが、友達……ってもんなんだろ?」
「……そう、ですね。それが、友達……全く、その通りだ」
フフッと笑みを浮かべながら、シェリルが面を下げ、俯くと。
粧香の持つ携帯電話が、震えた。
「……何だ」
通話ボタンを押して、電話に出る。だが数秒も経過しない内に、彼女の表情は青ざめ、志木へと視線を送った。
「エネミーか」
「はい。観測班から報告です」
「位置は」
「秋音市民病院上空――我々の、上です」
**
その地を、上空から見下ろす景色は何とも絶景であった。
木々は少なく、アスファルトやコンクリート、レンガに木材……様々な素材を用いた建築物がそこらに存在し、また鉄にまとわれた車、チェーンと人力を用いた自転車が走り回る光景は、見慣れぬものだ。
彼――ロンドの目に映るのは、何も景色だけでは無い。
見渡す限りに、メス、メス、メス――何とも潤沢な【食糧】があるものだと、彼は口から溢れる涎を止める事無く、しかし欲望を自らの中から排し、秋音市民病院別病棟の屋上に足を付けていた。
『うん……? シェリルの反応は、ここにあるんだがなぁ』
自らが足を付けた場を、今一度確認する。コンコンと軽く床を蹴り付け、下が空洞である事を認識した。
『あぁ~。この下かぁ』
彼は、ニヤリと笑みを浮かべつつ、その右足を高く振り上げ――一気に、その踵を地面へと叩きつける。
轟音と共に、崩壊する屋上。
ガラガラと瓦礫が下階へと落ちていき、その重力に従い、彼もその地へ足を置いた。
『――みぃつけた、シェリル』
降り立った部屋の奥。ダブルサイズのベッドに腰かけ、驚愕と言わざるを得ない表情で、ロンドを見据える、金髪の人型エネミー・シェリル。
「君は、ロンド……っ」
『なんだ、スルフは負傷させた事はさせたのか……まぁ、アイツの戦闘能力は一体じゃお察しって所だし、それでも上々かなぁ』
「アイツもエネミーか」
ロンドとシェリルの間へ入り、ギラリとした視線を向ける、一人の男――菊谷荘司。
彼は、その病室へと突如現れた、ロンドと呼ばれたエネミーを良く観察した。
身体は人間と同じ二本足で自立が出来る形状、体色は全体的にフレッシュグリーンの明るく、二つの目は赤く虫の様な複眼。
さらに鼻はサイのように鋭く尖った角が存在し、おまけに身体全体は筋肉の様な形状の繊維で覆われており、見た所頑丈そうに見える。
『なんだぁ? 君は人間に守られてるのかい? なっさけない事だなぁ、シェリル』
「止まりなさい、エネミー!」
そんなロンドへと、銃を向ける二人の大人――野崎粧香と、秋山志木。
二人は9㎜拳銃をしっかりと握りながら安全装置を解除し、いつでも撃てるように引き金へ指をかけていた。
「おい、アイツにハジキって効くのか」
「ハジキ――拳銃の事ですね。個体によりますが、口径からして無意味です。しかも彼の特徴は」
荘司の言葉に回答していたシェリルの言葉を遮るように、粧香がまず牽制として、その引き金を引いた。
放たれた銃弾は空を切りながら進み、ロンドの胸元に着弾。
――だが、銃弾が形を歪ませて床に力無く落ちたのみで、ロンドの身体には、傷一つ付いていない。
「……あの通り、堅牢な肉体です」
「ちっ」
舌打ちをした粧香。彼女は銃口をロンドへと向けながらも、その視線をシェリルへと向け、志木も彼へと言葉を投げた。
「シェリル、アルターシステムを野崎に渡せ。彼女は自衛官だ。覚悟は出来ている」
「そう、私は自衛官。
国民の安全と、平和を守る為……そして、女性の自由と尊厳を守る為に、戦っている。
私は、自分の命なんて、惜しくはない……!」
『勇ましい高級食材だねぇ。美味しそう、実に美味しそうだ!』
粧香へ向けて歓喜の声を上げ、ダラダラと涎を垂らすロンドの姿に、彼女は少しだけ狼狽える。怯えていると言っても良い。
「は――早くなさい、シェリルっ!」
「シェリル、戦う相手を間違えるな。我々も君も、目的は同じの筈だ」
志木と粧香。二人の声を聞きながら。
シェリルは、いつの間にか手に握っていた、蒼色の宝石が埋め込まれた指輪――アルターシステムを、ただ静かに見据えていた。
(このアルターシステムを野崎さんに渡して、ロンドを倒せるのだろうか)
時間は有限だ。必死に頭を動かす他無い。
彼は考える。一瞬の内に、粧香へとアルターシステムを渡した際に起こり得る事態を幾度も幾度も思考する。
しかし――彼女がアルターシステムを手にしたとして、ロンドに打ち勝つ道筋が、彼には思いつかなかった。
しかもアルターシステムは元々『生物学上のオスが使用する』事を目的として作られた。
女性である粧香では、それこそエネミーと人間という括りだけでなく、雄雌の括りにも隔たりがある。
――で、あるのならば。
シェリルは、荘司の目を見据えた。
そして荘司も、彼の視線に気付き、自らの視線を合わせ、頷いた。
――これで、後戻りは許されないと、シェリルは感じた。
荘司へと手渡される、蒼色のアルターシステム。
その行方を知り、粧香が目を見開き口を大きく開いたが、そんな事を気にも留めず、荘司は右手の中指に、指輪を装着した。
瞬間、頭の中を駆け巡る、情報の荒波。
鈍器で頭を強打されたような感覚と共に、荘司は一瞬だけ目を伏せたが――今、力を手にしたと言う実感を得た。
「なら……準備運動と行くか」
荘司は一瞬だけよろめいた自身の身体をしっかりと立たせ、アルターシステムを装着し――変身をする事無く、一歩一歩前を見て歩いて行く。
ロンドへと近付き、彼が訝しんだ所で、その右手を握り拳に作り変えた。
『あぁ』
そこでロンドは、荘司が何を行おうとしているかを察した。
『僕を殴る気なのかぁ。可愛いな、人間は。いいよぉ。一発、僕を殴る権利を授けましょう!』
まるで、子供の遊びに付き合っているような態度で、荘司が構えた拳を見て笑うロンドへ、荘司は「そうかい」と小さく呟いた。
「じゃ、ちょっくら一発――試させてくれ」
荘司は、両足でしっかりと身体を固定した上で腰を捻り、右腕に力を込めた。
一呼吸を短く終わらせた所で、カッと目を見開き、右腕部を思い切り、ロンドへと振り込んだ。
――まるで、大砲の砲撃に似た轟音が、ロンドの腹部から放たれると同時に、ロンドの身体は強く吹き飛んでいき、病室の壁へ、体を押し付けられた。
『な、ぁ……!?』
驚き、声を上げながら、尚も痛みでビクンと震えたロンド。彼は、目を見開いた上で荘司を良く観察する。
何の変哲もない人間である。エネミーと違って特殊な性質も持たない、ひ弱で、武器に頼らねば、人間一人を殺すことも労する人間である筈なのに――
その力、人間に非ず。




