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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第二章【聖域のアルタネイティブ】
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変身、アルタネイティブ・ブルー-06

 菊谷荘司が目を醒ますと、そこは白く広い空間であった。


 自身が寝転がっていたベッドも清潔感溢れる白で満ちていて、身体を起こした瞬間に、今いる場所が病院の一室である事を悟る。


 フッと息をついて、自身の右目に眼帯がない事に気が付いた。


 ベッドの隣に備え付けられた物置きの上に、畳まれた制服と共に置かれている状態の眼帯を見つけ、それを取り付ける。



「……夢じゃないって事か」



 強調される口内の痛み、体中に巻きつかれた包帯、そして今いる場所を鑑みて、自身はエネミーと呼ばれる化け物と戦い、その負傷を抱えたまま、病院に搬送されたと言う事だ。


 再びベッドへと身体を預けた荘司。そんな彼の病室にノックの音が響き、一人の少年が扉を開け、顔を出した。



「やぁ菊谷。大怪我で入院と聞いて驚いたよ」



 フフッと笑いながら、彼の病室へ入って来た少年は、岩瀬白兎。荘司と同じく玄武高校に在籍する少年である。



「白兎か。見舞いとは、お前も暇だな」


「なに。友達が大怪我をしたと言うのなら、来ない理由は無いだろう?」


「……そうだな」



 フッと微笑み、身体を起こした荘司は、しかしそこで彼へと問いかける。



「俺が大怪我したって、洋平にでも聞いたのか?」


「ううん。さっきは『聞いた』と表現したけれど、それは言葉のアヤでね。実はその情報を入手しただけなんだ」



 病室に備え付けられているパイプ椅子に腰かけた白兎は、カバンの中からタブレットPCを取り出して見せた。



「たまたま。本当にたまたまね? この病院へ君が搬送された事を、たまたまクラッキングしちゃった病院のデータから知ったんだ。たまたま」


「クラッキングってなんだ」


「知らないんだ。例えば僕のパソコンから、この病院にあるパソコンのデータを参照したりする事だよ。いやぁ、ほんとにたまたまクラッキングしちゃった」


「そうなのか。お前はパソコンに詳しいんだな」



 ITに関する知識が一切無い荘司にとって、白兎が病院のシステムへクラッキングを仕掛けた事の重要性を理解できていない。



「まぁ、何があったかは聞かないよ。ボクは君と違って、身体も頑丈で無ければ喧嘩も好きじゃ無い。触らぬ神に祟り無し、と言うやつさ」


「それがいい。実際俺も、何が起こってんのかは、良く理解してねぇんだ」


「でも、君がもし何かをしたい、何かを知りたいって言うのなら、ボクは友達として協力するよ」


「なら、そこにある携帯取ってくれ。洋平に電話したい」


「ああ、洋平なら今は携帯の電源を切ってるよ。僕も何度かかけてみたけど、繋がらなかった。電源が切られているからGPSからも動きは読み取れないね」



 ハイ、と。荘司が望んでいた携帯電話を物置から手に取り、彼へと手渡した白兎の言葉は正しかった。電話をかけても、通信事業者の留守番電話サービスに繋がるだけだ。



「洋平は家か」


「さぁ。でも彼の家は、今リフォーム中みたいだ。これも、二時間ほど前にたまたま傍受した通信機の通信で知ったんだけどね」


「そうか。お前は本当に、色んな機械に詳しいんだな」


「自宅にしか傍受機が無いから、今どうしているのか知る術は無いのだけれど。その後洋平がどうしたのかは分からないや。ごめんね」


「別にいいさ。――なら、シェリルって女がどこにいるのか、それが知りたい」


「ボクが知ってるのは女性じゃないけれど、同じ名前の人なら知ってる。君と同じ車で、この病院に搬送された人だ。別病棟の三階奥にある、VIP病室に入院しているようだね」



 白兎の言葉を聞いて立ち上がった荘司は、自身に着込まれた入院用パジャマを脱ぎ捨てた後、身体全体に巻かれた包帯も乱雑に放棄した。


痛々しいまでに殴打された跡。痛まぬ筈もないその傷を何ともなさそうに、畳まれていた玄武高校のワイシャツとスラックスを着込んだ彼は、白兎へ「助かった」と一言礼を言い、病室のドアへ手をかけた。



「お代と言うわけでは無いけれど、一つ聞かせてくれないかい?」


「なんだ」


「その眼帯、何を隠しているのかな」


「ああ……昔、ヤクザの事務所に乗り込んだ事があってな。そん時ドスで切られた傷を隠してんだ」


「【デーモン菊谷】……かつてそう呼ばれた君は、本当に変わったんだね」


「全部、洋平のおかげだ」


「だから君は、洋平を放っておけない」


「そうだ。――アイツは、俺が守る」



 力強く、病室から飛び出して行った荘司の姿を見届けた白兎は。


パイプ椅子に腰かけながら、しばし病室特有の、洗浄され過ぎていると表現しうる空気を楽しんでいた。



**



 秋音市民病院は、秋音駅の前に設立された病院で、市内では一番の大きさを誇っている。


通常病棟と別病棟の二つが存在し、別病棟には通常の病室とは異なるVIP病室が幾つか存在する。


そのVIP病室が存在する三階は、黒ずくめのスーツを着込んだ大柄な男達によって封鎖されており、何も知らぬ看護師や他の入院患者達は、その様子を訝しんでいた。


 VIP病室で唯一利用されている部屋から、罵声が響いた。



「何を考えているんだあなた達はっ!!」



 VIP病室のダブルベッドに一人で腰かけている青年――シェリルは、痛む身体に配慮もせず、ベッドの手すりパイプに思い切り拳を叩き込んだ。


堅剛なパイプの手すりは、彼の拳により、形を歪ませた。しかし痛みですぐに拳を引いた彼は、自身の隣に立つ二人の大人へ向けて再び罵声を浴びせた。



「アルターシステムを回収もせず、あんな子供に戦いを強いるなど! 本当にあなた方はこの国の防衛機構なのか!? 全く信じられない……!」


「では今後、貴方一人でエネミーに対処できると言うのかしら?」



 彼の隣に立つ大人の一人――野崎粧香が、冷徹な視線をシェリルへと向けて、ハンッと鼻で笑いながら、シェリルへと問いかける。


粧香の問いに、グッと唇を噛んだシェリルに、続けてもう一人の大人――秋山志木が口を開いた。



「我々には、もうこうする他無い。君は実戦経験がまるで無ければ、またアルターシステムを使いこなせているとも思えない。君がアルターシステムを我々に譲渡しないと言うのであれば、一番建設的な方法と思えるがね」


「それは何度も断りを入れたし、アルターシステムが人間に与える影響が未知数である事を、何度も説明をした筈だ」


「だが事実、彼は変身を可能とした。我々の前でも二度の変身をしてくれたし、問題は無いだろう。何だったら、精密検査を行うかい?」


「腐っている。あなた方防衛省は本当に汚い人達だ。アルターシステムを渡さなくて、本当に良かった」



 ダメだ、と。志木と粧香は溜息をついた。彼は今頭に血が上っていて、建設的な話し合いに応じられる精神状態に無い。



「洋平君の処遇は、今後も我々四六が管轄する。君はまず、その傷を癒すことを考えなさい」


「この位、なんて事はありません」


「年上の助言は素直に聞いておくのが良いんだぞ」


「ボクは貴方より年配だ」


「おや、そうだったのか。それは失礼したよ」



 そんな問答を行って、ようやくシェリルは少し気持ちを落ち着けたか、ベッドに背中を預け、呟くように言葉を述べた。



「エネミーはその絶対数こそ少ないですが、ならばこそ一人一人の実力が桁違いなのです。スルフは洋平君一人で事足りましたが、次はどんなエネミーがやってくるか」


「スルフ? エネミーの個体に名前があるのか」


「我々エネミーにだって文明がある。種族や名前は持ちますし――友情だって感じる」



 シェリルは、そこで少しだけ遠い目をしながら、空を見据えていた。


憂いを帯びた表情。彼の表情を見据えた上で、志木は一度退室しようと粧香に目配せをした所で――耳元に付けた無線機から、慌ただしい声が響いた。



「どうした」



 粧香が無線機に声を吹きかけても、誰も返事を返さない。むしろ騒がしい喧騒によってノイズが走り、無線機を外したくなる衝動に駆られた。



「何があったか正確に報告せよ」



 と。志木が代わりに声を吹きかけた、その時、VIP病室のスライドドアが、乱暴に開け放たれた。


扉を開け放った男は、二メートル近い巨躯と、右目に取り付けた眼帯が印象強い少年だった。


 所々が破け、そして血に塗れる玄武高校の制服を着込んでいる少年の事を、その場にいる三人は知っている。



「お前がシェリルだったのか」



 彼の言葉を聞いて、一瞬で現実へと引き戻されたシェリルは、自身の名を言葉にした少年へ問いかける。



「えっと。菊谷君……だったかな」


「あぁ。そう言うお前も、あん時の女は、洋平と同じく変身してたお前……って事でいいのか」


「ええ、そうです。所で、君はどうして、ここに」


「お前がここに居るって知って、見舞いに来てやった」



 扉を一度閉めた荘司。だが粧香は今一度扉を開け放ち、その廊下を見据えた。


廊下の床に倒れ込んでいる、大柄な男達。黒ずくめのスーツを着込んだ、四六が有する屈指の兵士たちの姿である。倒れている数は――十二人。



「戦闘に長けた我々の構成員、しかもこの人数を、貴方一人で……!?」



 粧香がそう尋ねると「大した事なかったぞ」と荘司が軽く答えた。



「ちょいと、今回の事を説明をして貰おうと思ってな。あと、洋平がどこにいるか、知ってるならそれもな」


「それは私が説明しよう。菊谷荘司君」


「誰だオッサン」



 荘司の目の前に立ち、ペコリとお辞儀をした志木。



「申し遅れた。私は防衛省情報局、第四班六課の課長を務めている、秋山志木だ。……そうだな、シェリルの協力者をやっている自衛隊の部隊長、と思ってくれればいい」


「あぁ、その方が助かる。小難しい話は嫌いなんだ」


「洋平君は我々が手配した駅前のホテルに、お姉さんと共に移ってもらっている。彼の自宅は」


「リフォーム中なんだってな、それは知ってる。じゃあアイツの携帯は、もう繋がるって事でいいのか」


「預かった携帯電話は電源を切った状態で返却をしているから、もしかしたら今も消しっぱなしと言う事はあるかもしれない」



 洋平も荘司も、機械には疎い。携帯電話の使い方を白兎から教わる事も少なくないので、それは有り得る事だろうと仮定した荘司は小さく頷いた。



「分かった、それはいい。――本題を話せ」


「その前に、一つ。私の質問に答えて貰っても構わないかな?」



 志木がそこで彼の質問を遮り、反対に質問をし返した。



「なんだ」


「君は、あれ程の非現実的な事態に遭遇したのに、なぜ関わろうとする。君が死人となるかもしれなかった、危険な事態であった筈なのに」


「別に、率先して関わろうとなんかしてねぇさ。けどそれこそ、あんだけの事態に遭遇して何も知らねえのは居心地ワリィし」



 そこで彼は、フッと笑みを浮かべた。



「どうせ、洋平は首を突っ込もうとしてんだろうしな。俺もある程度は知っておいた方がいいだろうよ」


「彼がこの一件に関わる事を望んでいるとしても、なぜ君も関わろうとするかどうかの答えには繋がらんよ」


「繋がるさ。洋平がやろうとする事は、俺がやるべき事でもある」



 ――洋平は俺が守るからな。



そう言い切った彼の言葉に、シェリルはしばしの沈黙を破り、コクンと頷いた。



「……そうですね。洋平君にも説明をしたと言うのならば、彼にも知る権利があります」


「いいのか、シェリル」



 シェリルの返答に、志木が確認する。エネミーの事を知ってしまえば、彼も無関係では無くなってしまう。



「彼も洋平君も、ボクが巻き込んでしまった子供だ。そして子供にも、知る権利はありますよ」

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