変身、アルタネイティブ・ブルー-05
レッドは、突き付けられている拳銃が撃たれた場合、変身している状態でどうなるか、答えが見つからなかった。
エネミーの打撃にある程度耐える事の出来る装甲を身に着けている、と言うのは理解している。
だが銃口を押し付けられている場所は、装甲で覆われていない部分で、しかも脳天と来た。
一か八か避ける事は出来るかもしれないが、それを試す勇気がどうにも湧かない。
「これが最後の忠告です……アルターシステムを渡しなさい」
「嫌だと言ったら」
「弟さんの脳みそが、貴女の綺麗なお顔を汚すことでしょう」
「フ――ざけてんじゃねぇぞこのハゲがぁっ!!」
志木へと罵声を浴びせながら、力強く立ち上がった恵梨香。
その動きを見て取った粧香は、アルタ・レッドの頭頂部に押し付けていた9㎜拳銃のトリガーを引こうとした。
瞬間、恵梨香の右手から何かが投げられた。
今時珍しい、ストレートタイプの携帯電話である。
携帯電話は、投げられた際の運動エネルギーを保ちながら、粧香の脳天へぶつかり、衝撃によって僅かに粧香がよろめく。
銃口がレッドから逸れる瞬間、その場から飛び退いたレッドと、恵梨香が身を翻して動いたのは、ほぼ同時。
引き金を引くタイミングがズレた事により、一瞬遅く放たれた銃弾は、轟音と共に恵梨香の足元に着弾。カーペットを貫通し床へとめり込む。
刹那、9㎜拳銃を持つ粧香の右腕を、自身の右手で握りしめた恵梨香の動きに反応し、粧香は左掌を恵梨香の顔面に向けて素早く押し出した。
が、その前に恵梨香の左手が動いており、粧香の掌底を受け流し、その体をがら空きにさせる。
粧香の右足を、同じく右足で引っ掛ける恵梨香。
バランスを崩し、地面へ倒れ込んだ粧香の背へ圧し掛かり、左手で持つ拳銃を奪い取る。
一連の動きは、僅か三秒の間に行われた。
恵梨香は、先ほど粧香がレッドへしたように、彼女の頭頂部へ銃口を押し付け、冷たく、刃物のような目つきで、彼女を見下した。
「その程度? 日本の自衛官も、大したことないわね」
「っぅ……!」
声にならない悔しそうな音が、彼女の口から漏れた。
恵梨香は冷徹な目付きをそのままに、志木へ再び視線を向けた。
「アンタの部下、大変手癖が悪いみたいなのよね。この落とし前、どうしましょうか」
「大変失礼した」
「この部屋のカーペット、血と脳みそで彩り直しましょうか。アタシの顔もそれで化粧しようとしてたんだし、その程度の覚悟、あるわよね」
「落ち着いて話をしましょう、久野恵梨香さん」
「アタシの可愛い弟、もう少しで脳みそぶち撒けられてたのよ? これでも冷静な方だと思ってるわよ……!」
引き金に指をかけ、今にも撃てる状態にしつつ、恵梨香は粧香の表情を見据えた。
絶対に屈服はしないと言わんばかりに恵梨香を睨み付けている。
鋭く、野心を持った者が宿す眼光を見て、彼女はハンッ、と鼻で笑う。
「覚悟は出来てるようね」
今彼女は、引き金にかける指に力を入れ、その眼光を絶やしてやろうとした、その時。
「やめろ姉ちゃんっ!!」
彼女の背後から、愛おしい弟の声が聞こえた。
洋平は、その左手にアルターシステムを持っていた。変身を解いた、と言う意味だ。
「これが欲しいんだろ」
志木へとそう尋ねると、彼は安堵したような表情でホッと息を吐きながら「そうだ」と短く答えた。
「別にこんなもんいらねぇよ。アンタらがきちんとエネミーを退治してくれんならそれでいい」
「助かるよ、洋平君」
「別に、アンタらを助けたわけじゃない。俺は姉ちゃんを助けたんだ。――だから姉ちゃんも、その人を離せ」
恵梨香は、洋平の言葉を聞きながらもう一度粧香の表情を見つつ、溜息をついて彼女の身体を解放した。
「命拾いしたわね」
「……別に。惜しい命ではありません」
「可愛くない女。泣き言の一つでも言えば良かったのに」
スクッと立ち上がった粧香は、乱れたスーツを正しながら洋平へと近付き、彼が持つアルターシステムを受け取り、志木へと目配せをした。
「試してみなさい」
コクンと頷き、右手の中指にアルターシステムを装着した粧香は、アルターシステムを左掌に押し込んだ。
――が、何も無い。
光も放たれず、変身もせず、しん……と静かな時間が流れるのみだった。
「なぜ……なぜ変身しない!?」
「あれ? おかしいな……やり方は間違ってないんだけど」
「洋平君。もう一度変身して貰っても?」
「ああ、別にいいけど」
志木のお願いに頷き、粧香から一時返却されたアルターシステムを、再び右手の中指に装着。左掌に押し込んだ。
放たれる光。変化する体。光が弾ける様に消え去ると、その場に立っていたのはアルタネイティブ・レッドである。
問題なく、変身出来ている。
「そういう事か。考えたな化け物……!」
その姿を見据えて、悔しそうにギリギリと歯を鳴らしていた粧香。
彼女と比べて冷静に分析していた志木が、ふむんと顎に手を置いて呟きを漏らした。
「初期起動者によるアクティベートロックか」
「えっと、つまり……一番最初に変身した俺にしか使えなくなってる、って事?」
洋平が変身を解きつつ訊ねると、志木はハァと溜息をついて、頷いた。
「そう言う事だね。先ほどのまでのイザコザは全く無駄骨だったという事か」
「ハンッ、残念だったわね」
心底嬉しそうな表情で笑った恵梨香は、再び椅子に腰かけた。
「帰る前に修繕費と、家のリフォームしている間に使う仮住まい先を手配して貰いましょうか。こんだけ無礼を働かれたんだから、さぞかし袖を振ってくれるんでしょうね」
「そうですな。残っているローンも一括で清算させて頂きましょう」
「あらホントぉ? まぁどんだけ泣きつかれてもそのつもりだったけど」
「ええ。――何せ、これから私は、恥の上塗りを、しなければならないのでね」
志木は、デスクから立ち上がると、洋平の目の前に歩き――その膝を、手を、額を、カーペットに押し付けた。
「か――課長!? 何を」
「お願いだ、洋平君。我々四六と共に、戦ってほしい」
「何を言ってるのかしらこのハゲは」
土下座だ。彼は面を上げる事も無く、ただ洋平に向けて懇願する。
「シェリル一人では、今後のエネミー討伐は非常に困難を極めるだろう。
シェリルいわくエネミーの絶対数は少ないらしいが、こちらにはエネミーに対する有効な手段が、君の持つアルターシステム以外に無いのだ」
「この力が、俺しか使えないってんなら、俺に戦ってくれって……そう言う事か?」
「その通りだ。部下の非礼はお詫びする。こちらで出来るサポートは何でもしよう。……頼む」
薄く、頭皮すら見える頭を見せつけながらも、彼はただ土下座を続ける。
その姿を見て、懐柔されたわけでは無い。無いが――
「俺にしか、出来ない事なら、やるよ」
「洋平!」
洋平の言葉に、恵梨香が立ち上がって彼の肩を掴んだ。正気なの、と問いかけようとした時。
彼の瞳が、強く輝いているのが、手に取るように分かったのだ。
「誰かを守れる力――それが俺にあるなら、俺はそれを、正しく使いたい」
「それはこいつ等の都合よ。アンタが戦う必要なんて無い」
「そうやって、誰かに任せて、人を助ける事が出来ないのが、俺は一番悔しくてたまんないよ。
――俺がなるんだ、ヒーローに」
決意を持って、思い切り握りこんだ拳を、その瞳に映した洋平。
――ずっと憧れていた、ヒーローと言う存在。
その存在になれることが、洋平にとって、嬉しかったのだ。
恵梨香は姉として、そんな弟の願いを――夢を、否定する事が正しい事なのか、それをただ自問していたが。
答えなど、簡単には出ないものだ。




