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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
四章

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4-8

 目の前で膝着き、頭を垂れるのは、私と同年代と思われる少女だ。

 少女の名はリリー・ギュンター。ギュンター家の新当主たる大将閣下である。


 その口はコンラートへの恭順を誓う。

 ただおもねるような口調ではない。感情を押し殺したような平坦な声音。


 伏せられた顔は、はたしてどんな表情をしているのか?

 とっても興味があるわ。


 ふふんと、私は内心意地悪く笑う。



 七将家の一つが、コンラートに頭を垂れた。

 その意味するところは大きい。


 建国以来マグナ国王へ絶対の忠誠を貫いてきた七将家。

 そんな七将家の一つであるギュンター家が、コンラートに頭を垂れた。

 その事実は、コンラートの正統性に大層箔を付けることだろう。


 最高の戦果だ。コンラートへの良い土産ができた。

 その上、ギュンター家の抱える第七軍将兵というおまけ付き。

 私の上げた功績は、他の追随を許さぬものだろう。


 そう、武勲第一位は揺るぎない。

 さてさて、一体どれほどの褒美を要求したものかしらね?


 明るい未来を想像して、思わず口の端が吊り上がる。

 すこぶる機嫌が良い。


 そのせいか、私がギュンター将軍に掛けた言葉は優しいものとなった。


「頭をお上げ下さい、大将閣下。閣下ほどの方が頭を垂れるのは、コンラート殿下の御前ぐらいのもの。我々に対し、そのような態度を取る必要はありません」

「しかし……」


 私は渋るギュンター将軍に歩み寄ると、手を取って立ち上がらせる。


「ギュンター家の帰順を、殿下に成り代わり歓迎致します。殿下も大層お喜びになられるでしょう」

「……だと良いのですが」

「そうに決まっています! 勿論、私も嬉しいですよ」

「魔女殿が?」


 私はギュンター将軍の目を見詰めながら、柔らかく微笑む。

 ……あら、やだ。この娘、目のハイライトが消えてるわ。怖い、怖い。


「ええ。同年代同性の戦友は珍しいですから。閣下が仲良くして頂けたら、尚のこと嬉しいです」

「そう…ですね。そう言って頂けて、私も嬉しい」


 だったら、少しは嬉しそうな顔をしなさいな。


 ……どうやら、リリー・ギュンター大将に女優の才能は皆無のようである。




 所変わって、私に宛がわれた天幕の中。

 そこで私は、戦後処理の報告書を読み耽っていた。


 報告書によれば、あの大発破で隊列を散々にされた騎兵隊の死傷者は、私が予想するより少なかったよう。

 ふむ、ただばら撒いた黒色火薬を爆破しただけでは、威力はそんなものか。


 まあ、問題ない。

 死傷者が少なくても、ああまで隊列を崩されれば、無力化したに等しい。

 十分効果的な攻撃だ。


 それに、予想よりも死傷者が少ないのは嬉しい誤算だ。

 だって、残った兵力は、今や我々の味方なのだから。


 ……逆に、第七軍の歩兵部隊の被害は大きい。

 倍するラティオ共和国軍の圧力を一手に引き受けたのだから無理もない。


 とはいえ、幸い死者は少ない。

 しかし、次の戦いで戦力とは見なせない負傷者の数がすこぶる多い。

 はあ、これは面白くない事実ね。


 報告の内容を纏めると、概算だが第七軍の残存戦力は一万二千といった具合だ。


 勝利したとはいえ、共和国軍も被害は皆無ではない。

 特に、こちらは騎兵隊が痛めつけられた。

 纏めると、共和国軍の残存戦力は三万五千程度。


 ……両軍合わせて約四万七千か。

 まあ、会戦前より増えたことだし、良しとしますか。


 それもこれも、ダマー少将とかいう老将が内通してくれたお陰。

 早々に降伏してくれたからこそ、この程度の被害で済んだ。

 本当についている。


 ふふふ、完全に天秤はこちらに傾いたわ。


 私はにやりと笑むと、報告書を投げ出す。

 そして地図を机の上に広げた。


 マグナ王国の西の抑え、第七軍が降伏。

 これで、王都まで遮るものがなくなったわけだ。

 私は現在地から王都までを、真っ直ぐ指でなぞる。


 敵の予想される対処法としては……。

 今度は指をマグナ王国南部に当てる。


 アルルニア諸侯軍に当てた三軍から軍勢を引き抜くしかない。

 一軍か、あるいは二軍か……。


 マグナ王国正規軍一軍の公称は二万。

 一軍だけで、私たちの相手は厳しいだろう。

 しかし、二軍引き抜けば、今度は諸侯軍の相手が厳しくなる。


 どちらを選択しようにも、片方の戦線はマグナ王国軍不利となる。

 ……これは、マグナ王国は詰んだんじゃないかしら?


 いやいや、詰んだは言い過ぎか。

 しかし、俄然こちらが有利な形勢になった。

 そう、誰の目にも明らかなほどに。


 いける。ただでさえ、ハインリヒ王の、纂奪王の統治は万全ではないのだ。

 こちらが有利な状況なら、切り崩し工作も上手く行く!


 少なくとも進攻ルート上に領地を有するマグナ貴族は、己が身の可愛さに、簡単に内応の呼びかけに応じるだろう。


 そうなれば、後は一気だ。

 手の平を返したように、マグナ王国内の諸勢力は旗色を変えるはず。


 そうして、コンラートは玉座までのきざはしを登っていくことになる。


 ああ、コンラートの、私の、私たちの勝利だ。

 その栄光は、最早手の届く場所にある。


 私は目を瞑り、輝かしい栄光を夢想するのだった。




 この時の私は、この先に起こる事態を全く予期できていなかった。

 勝利に溺れて油断したのだ。

 私が、私こそが、その危険性に気付くべきだったのに。


 私を赤く染めた少女の存在を、失念していいわけがなかったのに。



****



「報告します! 敵の第二軍が退却、第五軍も一部の兵を残して退却! 敵正面戦力は第六軍のみに!」


 顔を紅潮させながら、伝令兵が叫びの様な報告をする。

 

 僕は隣のライナスと視線を合わせた。


「殿下、敵三軍の内二軍が退却したということは……」

「うん。リルカマウスちゃんが上手くやってくれたみたいだね」


 いやー、助かった、助かった。

 第二、第五、第六の三軍に攻め寄せられて、生きた心地がしなかったもの。

 これで一心地着ける。いや、むしろ……。


「残ったのは、第六軍。レグーラ大将の軍勢ですか」

「そうだね。彼の将軍は、殿とか、撤退戦とか、遅滞戦闘とか、守勢の戦いに関してはピカ一だからね。妥当な人選だよ」


 そういえば以前、レグーラ大将の為人ひととなりをリルカマウスちゃんに話して上げたら、退きサクマが何たらと言っていたかな?

 何でも、彼女の故郷に似たような将軍がいたらしいけど。


「守勢の達人ですか」

「ああ。数に勝るとはいえ、不用意に攻めかかれば手痛い被害を受けかねない」

「では?」


 ライナスが問い掛けるような視線を向けて来る。


「うん。かといって、ここで攻勢を採らないわけにはいかないよね」

「はい」

「……三万の兵を第六軍の牽制に当てる。残る一万を分散し、各自王国南部地域の諸都市に向かわせる」


 ライナスが一つ頷く。


「成程、第六軍を牽制している間に南部各地を攻略するわけですね」

「攻略? 違うよ、ライナス。攻略ではなく解放さ。纂奪王からのね」

「これは失礼しました」


 ライナスが深々と頭を下げる。

 僕は軽く手を振って、気にしていない旨を伝える。


 さて、第六軍を牽制している間に、南部各地に兵を向かわせる。

 レグーラ大将はこれを防ぐ手立てはない。

 そう、南部各地を正規軍が守ることはできない。

 その事実を知れば、王国南部の貴族たちはこちらになびくだろう。


 そうやって、着実に地盤を固めていく。

 そうすれば、自然と兵力も増すに違いない。

 遠くない内に、レグーラ大将でも僕たちを抑えきれなくなるだろう。


 僕はテーブルに広げた地図の一点を指差す。


「特に、ここは真っ先に解放しなくちゃね」


 指し示したのは、南部有数の景勝地として知られるウィッラ領。

 僕が幼少期を過ごしたフィーネ離宮がある、かつての王太子領だ。


「はい。皆も、殿下の帰りを心待ちにしているでしょう」


 ライナスには珍しく、綻んだ様な笑みを見せる。


「そうだね……。よし! そうと決まれば、諸侯を召集してくれ。早速軍議を開こうじゃないか」

「はっ!」


 ライナスは一礼すると、僕の前から立ち去る。


 僕は一人、席に腰掛けながら目を瞑る。


 いよいよ。いよいよ僕は、俺は、弟に奪われた物を取り戻す。

 その時がやってきた。


「ハインリヒ、悪いが、最後は俺が勝たせてもらう」



 宣言するように、そう呟いたのだった。


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