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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
四章

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4-9

 机の上に広げられた羊皮紙。

 マグナ王国南部を詳細に記した地図である。

 その上にいくつかの駒が置かれている。

 黒と白、二色に分けられたそれは、敵味方を表す。


 ふと、王立士官学校に在籍していた頃の軍机演習を思い起こす。

 あの頃は遊戯ゲーム感覚で軍机演習に臨んだものだった。


 人の命も国家の行く末も背負わぬ盤上遊戯ゲーム

 何とも気楽に過ごしていた頃の記憶。


 あの時分の僕は、まさか王太子の僕が本物の戦の矢面に立つことになるとは、夢にも思わなかったものだが……。


 人生とはどうなるか分からない。

 どうも神様とやらは、人が運命に振り回されて右往左往する様を見るのが楽しみらしい。


 さもありなん。山なし谷なしの演目を観劇しても、ちっとも楽しくないだろう。

 だからといって、少々演出過多なきらいがある。


 思い返せば、僕の辿ってきた道もまた、中々波乱に富んだ道のりだ。

 まさかの簒奪事件。命からがらでの王都脱出。在野での潜伏生活。

 そして――あの娘に出会った。


 柄に無く、運命というものを信じてしまいそうになる。


 弟の傍にアカネが現れたように、僕の傍にはシズクが現れた。

 そして今、王国の覇権を賭けて、その二組が争っている。


 これが運命だというのなら、果たして二人のどちらが勝利の女神なのだろうね。


 ……いや、二人とも女神なんて性質じゃないか。

 あの二人は魔女。目に付いた人間へ気紛れに、時に栄光を、時に破滅を齎す存在。


 さてさて、僕は破滅しないように気を付けないと……。


「殿下?」


 おっと、ライナスが訝しそうにこちらを見ているじゃないか。

 いけない、いけない。軍議中に別の事を考えていては駄目だね。


 ふむ、取りあえず、適当にはぐらかしておくか。


「ああ。何でもないよ、ライ…」


 言葉は途中で途切れた。

 ドタドタと、軍議の場に駆け込んできた闖入者が現れたからだ。


 列席したアルルニア諸侯、軍人の目が闖入者に注がれる。


「軍議中失礼します!」

「構わない。火急の知らせかな?」


 伝令と思しき闖入者に、報告を促してやる。


 僕から直接声を掛けられたからだろうか?

 闖入者の表情が緊張にこわばる。


「は、はっ! ……後退しなかった第五軍の残留部隊に動きあり! ウィッラ領に真っ直ぐに向かっている模様!」

「何だって……」


 その報告に、思考を高速で回転させていく。


 第五軍の残留部隊……か。


 第二軍と共に退却した第五軍。

 しかし、全軍ではなく、一部の部隊を残していったと報告を受けていたが……。

 成程、このためだったか。


 今後僕たちが、マグナ王国南部への切り崩し工作を行うのは明白だ。

 そして、その工作で間違いなくこちらに靡く土地が有る。


 かつての王太子領、ウィッラがそうだ。


 確実に敵に回ることが分かっているのだ。

 こちらと合流する前に潰しておこうというのも、当然の動きか。


 敵戦力の削減。そして、王国南部の諸勢力への脅しにもなる。

 裏切ればどうなるかという、一種の見せしめになるわけだ。


 ……これを見過ごすわけにはいかない。


「……第五軍の残留部隊は、確か二千ぐらいだったかな?」

「はい。斥侯の報告では、その程度の兵数だろうと」


 ライナスが返答をする。


「そうか。……メイエリング卿」

「何でしょうか、殿下?」


 僕の呼び掛けに、アルルニア諸侯のまとめ役、メイエリング侯爵が落ち着いた声音で応える。


「卿には、私が戻るまでの間、本軍の指揮をお願いしたい」

「それは……どういう……?」

「私は別働隊五千を直率して、ウィッラ領への救援に向かう」


 僕の発言に、ざわりと場が騒然となる。


「殿下、それは……!」

「危険ですぞ! 救援部隊は他の者に!」

「御気持ちは分かりますが、どうか御自重を!」


 矢継早に、反対意見が飛んでくる。

 僕はゆっくりと右手を上げることで、それらを黙らせた。


「私は何も、自身に縁ある土地を攻められて動転しているわけではない」


 ゆったりとした口調で、そのように話す。


「戦術戦略上、私自ら出張ることにメリットがあるが故のことだ」

「……そのメリットとは?」


 メイエリング侯爵が尋ねて来る。


「私が救援部隊に居れば、ウィッラ領の民たちは、我ら救援部隊が味方なのだとすぐさま理解できよう。合流する上で、面倒事は減るはずだ」

「それは確かに……。では、戦略上のメリットとは?」


 重ねて問い掛けて来るメイエリング侯爵。


「私自ら兵を直率しての救援。私が、私に味方しようとする者を、決して見捨てないという姿勢を見せる。そこから得られる声望は、今後の切り崩し工作をスムーズにするだろう」

「むう……」


 メイエリング侯爵が唸り声を上げる。

 

 理屈は分かるが、それでも危険性を考慮すれば簡単に頷けない。

 きっと、そんな所だろう。……もう一押しするか。


「二千に対し五千。それに、ウィッラ領の者も合流すれば更に戦力差が広がる。滅多なことはあるまい」

「されど……」

「唯一の懸念は第六軍の存在だが……。他でもないメイエリング卿に指揮を取ってもらえれば、こちらの本軍で封殺できよう。ウィッラ領に援軍の派遣など到底できまい」


 最後に、ぐだぐだと五月蠅い老人を持ち上げてみせた。

 満更でもないのか、老人の表情に喜色が見え隠れする。


「むう。そこまで仰るなら、仕方ありませんな。この老骨めが、必ずや第六軍の牽制を全うしましょう。殿下も、どうかご用心を」

「ああ。頼りにしている。卿も気を付けよ」


 僕は一つ頷くと、メイエリング侯爵にそのように返した。


「メイエリング卿も認められるなら……」

「不安も残りますが……。確かに殿下の言通りメリットは大きい」

「うむ。殿下御自らの御出馬も止む無しですな」


 メイエリング侯爵が折れると、他の諸侯も渋々ながら僕の意見を認めていく。

 やれやれ、面倒な説得に貴重な時を費やしてしまったね。


「よし! そうと決まれば、時は一刻を争う。軍議はこれまで! ライナス、お前はすぐさま救援部隊を編成せよ!」

「はっ!」


 深々と一礼すると、ライナスは足早に去っていく。

 僕もその後を追うように、ゆっくりと歩き出す。


「殿下、どうか私の倅もお連れ下され」

「小官も是非御傍に!」

「なれば小官も!」


 諸侯や、軍人たちの幾人かが、売り込みトークをしてくる。

 失敗したな。僕もライナスのように飛び出していくべきだったか。


「先述の通り、救援部隊の編成はライナスに一任した。部隊に参加したくば、ライナスに申し出ると良かろう」


 それだけ告げると、僕もその場を逃げるように去る。

 

 悪いね、ライナス。面倒事の処理も君に任せた。

 なんて、生真面目な部下に内心で謝る。



 そのまま歩き続けていると、ようやく一人となった。

 やれやれと、空を仰ぎ見る。


「おや、もう日暮れか……」


 落ちていく太陽を見ていると、理由なくもの寂しい気分になる。

 これほど鮮やかな色合いを見せるのに、不思議なものだ。


 そもそも、毎日見ることのできるものなのに、どうしてこうも特別に感ぜられるのだろう。

 

 ……リルカマウスちゃんも、今頃この夕日を眺めているのだろうか。


 なんてね。うーむ、どうもセンチで、ノスタルジックな気分になっているね。

 全く、これから戦だというのに。


 まあ、下手に昂り過ぎるよりはマシか。


 僕は夕日から目を逸らすと、逆に地面へと視線を下ろす。

 西日が作る僕自身の大きな影を横目に、止めていた足を再び動かし始めた。


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